第3話 飯島達也とWeb小説賞

 昼下がりの街の中、ぼくは自転車を走らせてタっちゃんのいるハンバーガーショップへ向かう。三月の日差しは冬用のパーカーの下の身体を汗ばませるが、寒さを含んだ風は袖を捲って露出した肌を凍えさせる。春と呼ぶにはまだ早いようだ。

 ぼくは駐輪場に自転車を止めて店内に入る。まだ混雑している店内を見渡すとタっちゃんはいた。肩ががっちりとし、スポーツ刈りがよく似合う男。胸元をはだけさせた白いウインターシャツから見えるごつい鎖骨からして、元スポーツマンだと誰の目から見てもわかる。

 タッちゃんは窓際のソファー席で退屈そうにスマホをいじっており、テーブルの上にはセットメニューが並んだトレーが見える。ぼくが近寄って「よう」と声を掛けると、スマホから視線を剥がし、いつものニヤついた笑顔で見返してきた。


「ソーヤ早いじゃん。待ってるから注文してこいよ」


 そう言いながらトレーの上にある包み紙に包まったハンバーガーを掴み、口元に運ぶ。チーズが少しばかり遠慮してくらいに挟まったチーズバーガーだ。

 そのニヤついた笑みでタっちゃんの次の行動が読める。ぼくが注文をしている間に見せたいものを準備するのだ。「わかった」と軽くうなずいて注文カウンターに向かった。


 注文カウンターの列に並び五分。アルバイトの少し年上くらいの男性にいつものメニューを注文すると、数分もしないうちに注文の品が届く。さすがはファーストフードだ。

 ぼくはトレーを持ってタっちゃんの居る席へと向かう。

 タっちゃんを見ると、やはりぼくを待ち焦がれていたみたいで、スマホを片手に持って何の気のない素振りを見せている。


「お待たせ。あの話はなに?」


 そう言うと、待ってましたかといわんばかりにタっちゃんはスマホの画面をこちらに向ける。そこにはライトノベルを主に扱う書籍会社が主催する長編web小説の新人コンテストの賞の発表ページだった。

 僕はタっちゃんの手からスマホを取り、画面をじっと見つめる。発表日を見ると一週間前のことだ。この賞の受賞者は賞金十万円とその作品の書籍化が決定するものであった。今回で第八回目となるこのコンテストの名誉ある作品タイトルと著者には『「月と影の隙間に」/大寺おおでら そう』とあった。

 大寺曹。これが彼女のペンネームというやつなのだろうが、まるでぴんとこない。


「これ、ほんとうにその大沢澄香なのか?」とぼくは半笑いでスマホを返す。

「あぁ、ごめん。これだよこれ」とタっちゃんは指をさした。


 タっちゃんはウェブ画面を閉じ、SNSアプリの画面を開く。

 そこには僕らと同じクラスメイトで女子の浜崎はまさき琴葉ことはとのやりとりを見せてくれた。浜崎という女の子は同じクラスのいつも下品な笑い声をする、噂話が大好きな子だ。そこには大沢澄香が大寺曹というペンネームで投稿型のインターネット小説サイトで小説を書いている事と、受賞したことが書いてあった。


「けっこーすごくね? これ有名人じゃん」


 タっちゃんが興奮気味にいう。ふと思えば、彼女はかなりの読書家だ。趣味の一環で執筆をはじめていてもおかしくはない。ぼくは「なるほど」とうなずく。


「確かにすごいな。けど、タっちゃんって大沢さんと絡みがあったっけ?」

「いいや、ぜんぜん」


 あっけらかんと返すタっちゃん。なんだか脱力してしまった。ぼくは苦笑を浮かべ「なんだ、タっちゃんの気まぐれか」と呟いてハンバーガーの包みを開け、口元に運ぶ。


 タっちゃんもカッカッカと笑って誤魔化す。やがてぼくらは別の話題に盛り上がり、これからどうするかを話し出した。三月も残すところ一週間もない。四月に入れば、また高校生活が再開される。この休みのあいだに出来るかぎり遊んでおきたい。

 だが、いつだってぼくらには明確な目的はない。ただ、その日その日をどうにか楽しく過ごしたいだけ。学校生活だってそうだ。明確な社会への目標がないのに、きちんと学校に行って勉強は真面目にやるのだ。遊ぶことにだって、理由はないけど、楽しくしたいという目標を持って真面目にやるのだ。

 ぼくたち二人は談笑しながら食事を終えると、そのままハンバーガーショップを出て、街をぶらついた。その頃には大沢澄香という少女の話題などすっかりどこかへ消えてしまっていた。

 昼下がりの晴れ渡った空の下をふたり並んで歩く。

 ふと見上げたうす青色の空間に、自分では想像がつかないような未来が映るのではないか、なんてくだらない想像をしながら。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その日、ぼくらはゲーセンや雑貨屋をうろつきまわり、太陽が沈み切った頃には別れて家路につく。外の空気に等しく、財布の中も寒かったので仕方ない。

 家に戻ると、すでに母が沸かしてくれていた風呂に入って着替えたあと、夕飯ができるまで自室の座椅子に座り込んでスマホをいじった。

 SNSのタイムラインにザッと目を通して、友人の発信やお気に入りのアカウントの発言にハートマークのいいねをポチポチと押したあと、大型掲示板の書き込みをまとめたサイトを閲覧していた。そのどれもがこじんまりとした世界。アニメを視聴した報告から、他県で起きた珍事件。ソーシャルゲームのガチャの結果画像に、自動車における違反行為の論議。身近な幸せから個人の内面吐露。身近にあるはずなのに、どこか遠い世界のように感じる。ぼくに触れているようで、すぐそばで流れている風のように掴めない。


 そんな半透明な世界に半ば退屈を覚えていると、ふと今日タっちゃんから聞いた大沢澄香の話を思い出した。可愛いけど、どこか地味な女の子の顔が目に思い浮かぶ。そんな彼女が描いた作品はどんなものだろうか?

 そう思うと興味が止まらず、昼に聞いた彼女のペンネームを検索欄に打ち込んだ。すぐに彼女の作品が掲載されている会員登録性の投稿式小説サイトが表示された。

 ページを開くと『月と影の間に』というタイトルの下に短くあらすじが書いてある。あらすじを要約するとこうだ。

『過去に事故で一部記憶を失った青年に一人の若い女が現れる。その女は失った青年の記憶に関係があり、青年は女を思い出す為に過去の事故を探っていく』

 画面の下にはこの作品に対する評価を表す星マークがあり、星五つ中、☆四,七とかなり高い評価を得られていた。隣の感想ページには三十二という数字がある。おそらく寄せられた感想の数を表しているのだろう。

 早速一ページ目を開く。物語は青年の視点から始まり、その女性との会話の場面だ。おそらく、これから始まる物語の中盤にあたるシーンを切り抜いたものだろう。出だしからなかなか人を惹きつける文章だ。僕には到底思い浮かばないような言葉を巧みに使っている。

 次のページには主人公の事故の回想シーンに切り替わる。悲惨な事故は架空の物語ならでは独特な描写が、現実ではない魅力でその世界に誘う。ぼくはどんどんページを進めていく。

 夢中になって読んでいるうちに夕飯を作り終えた母の呼ぶ声がドアの向こうから届いた。名残惜しかったが、スマホを閉じて階下に向かう。食事中も読んでいたいが、残念ながらぼくの家には食事中はスマホを見てはいけないという家訓がある。続きは食事のあとだ。

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