第2話 魔法使い サメー・ロチカ②
ロチカは先の戦いの後、王宮に呼び出された。王宮は外の砂世界とは一線を画し、太陽が何個もあるかのような明るさに満ちていた。
王座には巨大な王が座っている。ロチカは玉座の手前でひざまずいた。
「サメー・ロチカ……何故ここに呼ばれているかがわかるか?」
「いえ」
王は強大な魔力を持っていた。天才的なセンスを持っているロチカでさえ、王の力には敬意と恐怖を抱いていた。王にこうやって呼び出されたりすることを腹立たしく思うが、戦ったところで勝てないのだ。
弱者は強者の前でひれ伏すしかない。
初めて王を見たのは戦場だった。思い出すだけで体が震える。敵を血祭りにあげる王の形相は、強者であった。
ロチカは心の中で舌打ちをした。
しかし、だからこそ、王が先陣に立って戦わないことが不満なのだ。
もしかして戦争にビビっているのか? まさか……。
ともかく、弱腰な王の力ではなく、自分のおかげで戦争は有利に進んでいる。王が文句を言う筋合いはない。先の戦もあそこで魔物の軍勢に敗れていたら、重要な拠点を失うことになっていた。
王に呼ばれた理由は決まっている。賞賛、褒美、激励。「いえ……」と言ってみたが、本当はこれから起こることの全てくらいはわかっている。
王が言った。
「お前を、流刑に処す」
「………………えっ」
ロチカは予想と真逆の事態にわかりやすく動揺した。
「な、ど、ど、は?」
何故、何処へ、どうなって、は?
一斉に様々な疑問が頭に押し寄せ、言葉にすることができなかった。そうもがいている内に次第に困惑は怒りへと変わっていった。怒りがロチカに言葉を与える。震える声でロチカは尋ねた。
「何故ですか」
王は静かに答えた。
「お前の戦い方は非常に……残酷だ。先の戦いでもそうだったが、毎度お前は敵を散々にいたぶってから殺す。道徳的ではない」
「道徳的ですと?」
ロチカは苛立った。
「何故戦争に道徳があるんです? 戦争を始めた時点で道徳は失われている。奴らは敵です。奴らの方が残忍で……最悪だ。奴らがやった行為を何百倍にして返さなければ、死んだ民の思いが晴れないでしょう」
「ならば仲間をも殺すのはどう説明するのだ?」
「勝利が先決です。戦争は勝たなければ意味がない。勝者に全ての権利が渡されるのです。俺は、勝利するためならば仲間をも殺し、見捨てます。そもそも、巻き込まれるような弱い魔法使いでは、その後どのみち死んでゆきますよ」
王は小指でこめかみを掻いた。
「ロチカよ。敵のことをどれだけ知っている?」
「全て知っています。体の構造、弱点、繁殖方法、得意な戦闘方法も、大切な家族を容赦なく殺すような残酷な性格も」
王は唸る。
「質問を変えよう。お前はこの国の歴史を知っているか?」
突然の趣旨がわからぬ質問に困惑しつつも、ロチカは自分の意見を持っていた。
「歴史ですか? 知りませんし、今は必要ありません。戦争をしている今、歴史なんてどうでもいいことです。必要なのは自分の過去と力だけ。憎しみを力に変えることだけを今は考えています」
「力か……」
王は椅子に深く腰を下ろした。
「えぇ」
「お前は力を持ちすぎたんだ」
「俺が望んだことじゃありません」
「お前から力を奪ったらどうなる?」
「終わりです。何もかもが……」
「うん、君にはそれが必要だ」
「は?」
「君は誰の話も聞かない。物事の奥行きを決して見ない。力だけでは意味がないのだ」
「戦争においては、力こそ、全てです」
「私は、戦争を終わらせたいのだ」
「俺だって……」
「いや、お前は何もわかっていない。言葉だけでは伝わらん」
王は勢いよく椅子から立ち、今までよりさらに図太い声で王宮を震わせた。
「君を今から、人間界へと流す!」
「に、人間界⁉」
震えた空気に押しつぶされるロチカ。
どうなっているんだ。
もし、魔法界のそこそこの生物が人間界にきたとしたら、その生物は瞬く間に人間界の頂点に立ち、征服し、あるいは破滅させることができるだろう。魔法界と人間界の力量は、大昔から魔法界が圧倒的優勢だ。それ故に、かつての魔法界の住民たちは、人間界を征服することをもくろんだ。造作もないことのはずだった。
しかし、それは不可能だと気がついた。魔法界と人間界は裏と表、互いに均衡を取り合う世界。つまり、一方の世界がもう一方の世界に干渉しすぎると、両方の世界が滅亡してしまうのだ。
過ちに気がついた彼らはすぐに人間界から撤退。なんとか世界は消滅せずに済んだ。それ以来、魔法界は人間界への過度な干渉を固く禁じている。
要するに、人間界にとんでもない魔力を持ったロチカが参上することは、世界の終焉を意味しているということだ。
しかし、王は言う。
「大丈夫だ、お前の力の大半はここに置いていってもらう」
「は?」
「ロチカよ。歴史を知り、今を読み解け。時間の全てを見通す広い目を持つのだ。そこで初めて……自分で自分を選ぶ権利を得る」
「はぁ?」
ロチカにはまだ言いたいことと、聞きたいことが五万とあったが、王はその余地を与えなかった。ロチカが口をパクパクさせている内に、王は両手を上にかざし、威厳ある厳しい形相で何やら呪文を唱えた。その姿と声のあまりの怖さに、ロチカは何の抵抗もなくその場で目を見開き、王を見上げることしかできなかった。
ロチカの周りに突如として生じた、暗黒の勾玉とほとばしる電流。世界中の鳥が一斉に泣きわめいたかのような甲高い音が耳を封じ、意識を奪っていく。ロチカは最後に自分が燃えているような激しい熱さを感じ、発狂する直前に意識を失った。
実際ロチカの体は燃えていた。黒い勾玉が熱で溶かされ、火だるまに染みこむ。黒い火だるま。
燃え尽きる頃には、ロチカはそこにいなかった。
王は汗を拭い、呟く。
「これは、賭けだ……」
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