第33話 クズ

 月曜日の帰り道。


 今日は、唯奈ちゃんは、妹の唯花ちゃんのお絵描きに付き合うらしい。驚かせたい

らしくて僕には未完成の絵は見せてくれないみたいだ。


 だから僕は、自分が住むマンションの玄関を開けて、外に出ようとする。


 「最近は忍び込んでないな…」


 一階の管理室に置かれた一冊のノート。


 僕にとっては、少しだけ特別な、ノート。


 毎日、自由に書き込んでいたそれは、唯奈ちゃんと仲良くなってからはどこかおろ

そかになっていた。


 「まあ、いっか」


 僕は外へと、散歩へ出かけた。


 僕の住んでいる町は、少しだけ街中で、少しだけ静かな空間で、言ってしまえばち

ょうどいい。


 僕の家は、一年後くらいに引っ越すらしい。校区は同じらしいが、商店街の近くに

あるマンションから、閑静な住宅街の一軒家へ。


 引っ越したいと言っていたのは母さんだった。僕の通う小学校の校区とは少し外れ

た今のマンションは、通学するのは大変だからという理由で。行かせようとしている

中学校はもっと遠いらしいから。


 今のマンションから近い学校は、僕が入学する前の年に、大規模ないじめがあった

らしく、僕を近くの学校には入学させなかった。


 僕なら大丈夫なのに。


 イジメられたって、全く無抵抗なわけじゃない。


 だって、僕には…。


 僕になら、四人で群がって何やら小さな生き物のようなものを大人げなくイジメて

いるような中学生なんかあっという間にやっつけられる。


 足元は、茂みに隠れて見えないが、猫でもイジメているのだろうか、足で軽く踏み

つけてじりじりと、サッカーボールを転がすように弄ぶ。


 本当に、何をやっているのだろうか。


 僕は、相手に気付かれないように、そっと足元が見える位置に移動した。


 …。


 …。


 「なに…、やってんだよ…」


 頭の中が、どうにかなりそうだった。


 少しでも平静を保てなくなると、遠慮なく供覧してしまうほどに、僕は…。


 激怒した。


 「やめろよ!!!!」


 僕の友達を、唯奈ちゃんを踏みつけていた中学生の身体にしがみつく。


 しかし、非力な小学生を難なく振り払う中学生。


 尻もちをついた僕に、高い背丈の彼らが見下ろす。ゴミでも見るかのように。


 「なに…、やってるんですか…?」


 声が、上ずった。


 すると、彼らはサルが興奮したような嬌声を上げて笑い始めた。


 「なに笑ってるんですかぁ~、だってさ! ぎゃははは!!」


 「やべえ! 腹いてえ!!」


 双眸を細めて笑う四人の男たちに、恐怖で声の上ずった僕は、とうとうその恐怖を

凌ぐほどの怒りが、身体の底から込み上がってきた。


 僕は、彼らの内のリーダー格の男を睨みつける。


 「てめえ、なに睨んでんだ?」


 彼はそれに気づき、僕の頭の高さまで屈んで、僕の怒りを否定するほどの怒りで僕

を怯ませようとする。


 それでも僕は、負けずに睨み続けると周りの中学生たちは、事の詳細を、事実を捻

じ曲げずに堂々と打ち明けた。


「わりいのはそっちだろ? そこの小さいガキの絵が、ちょっとボールに当たっただ

けだろ?」


 「そうそ! で、この背え高い方の女のガキがしつこく俺たちの足にくっつくから

よ」


 地面に伸される唯奈ちゃんと、少し離れたところで怯える唯花ちゃんの身体と顔と

を見て、特に大きなけががないことを確認し、安心する。


 謝った方が、いいのだろうか。


 どれだけ相手に非があっても、どれだけ相手が憎くてたまらなくても、暴力が強け

れば、善人が謝らなければいけないのか。


 僕は、歯噛みした。


 「あれれ~。何も言えないのかな~?」


 「まあ、逆らったら竜也君にボコボコにされるからね~。自分の弟にも容赦なく暴

力振るえるやつだから、お前、今日死ぬかもよ?」


 「ははっ、言えてる!」


 脱力して項垂れる僕に、竜也というリーダー格の男は、僕の胸倉を掴み、その逞し

い腕で僕の全身を簡単に宙へと持ち上げる。


 「二度と俺たちに構うなよ? 次構ったらぶっ殺す。そこの女のガキにも言っと

け」


 先ほどまで高鳴っていた心臓は、スイッチを押したように一瞬で静かになる。


 恐怖の絶頂に来たからではない。


 僕の心は、笑っていた。


 こいつらになら。


 「使ってもいいよね…」


 口元がゆがんだ。


 「なに笑ってんだ?」


 「怖くなって、頭がおかしくなったんじゃね?」


 「ははっ、バカみてえ」


 恐怖は喜びに変わった。


 相手を傷つける恐怖に苦悩した僕は、圧倒的な正義を手に入れたことにより、容赦

と躊躇の箍を完全に外した。


 一日、一回だけ使える僕の『チカラ』。


 「ねえお兄さんたち」


 顔がさらに歪んだ。


 「お兄さんたち、不細工だから、おうちに帰って鏡を見た方がいいよ?」


 どうせ自分のことが最も大切なゲスどもに、そう言い放ち、


 「てめえ…、歯ぁ食いしばれっ…!! …あれ…」


 四人の汚いゴミクズどもの、今日一日の記憶と、こいつらの最も大切な存在の記憶

を、消し去った。


 僕に殴りかかった中学生たちは、酷く混乱していた。


 「なっ…!」


 掴んでいた僕の胸倉を、慌てて離す。


 「どうなってんだ? 俺? 確か、昨日、布団で寝てて…、夢の中か? これは? 

おい、お前らも知らねえか?」


 「いや、分かんねえな…。俺らも、なにがなんだか」


 他のやつらも、全く見当がつかないと言った様子で混乱し続ける。


 「お、おい! どうなってんだよ! クソったれ!」


 混乱は、少しずつ恐怖と焦りに変わっていった。


 彼らはそのまま、サルのようなアホ面で、僕に記憶が消されたことにも気づかない

で、しごく滑稽な体たらくで公園をあとにした。


 「謝罪もできないようなクズが」


 愉快だった。


 僕のことを見下すクラスの馬鹿どもには、何度か使ったことがあるものの、中学生

相手に使うのは初めてで、ちゃんと効果が発動してくれるか緊張したが、満足のいく

結果に終わってくれて良かった。


 僕は強い。誰にも負けない。


 この『チカラ』があれば、誰と争ったって、誰にでも勝てる。


 暴力だけが強い馬鹿を、あんなにも蹂躙できてしまう。


 本当に価値のある人間が誰なのかを、分からせてやることが出来るんだ。

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