第15話 懇願

 「のぶ~」


 「はいよ~」


 今は、草野球チームに参加している。


 近所のおじさん。正確には、チナツの親父が、俺のことを心配してくれて、誘って

くれたのだ。


 ボールは、たまに落球する。


 向かってくるボールの落下点が、分からなくなっていた。ボールを追いかけようと

思い立った瞬間に、あの秋の日の光景が、蘇ってくる。


 「カバー入る」


 チナツの親父が、俺の後ろに回り込み、もうバウンドしてしまったボールを取り、

内野へと中継する。


 「すいません」


 「いいって。いっぱい打てばいいんだから」


 「はい…」


 やはり、エラーをすると少しだけ肩身が狭くなる。


 それでも、チナツの親父を始め、他の大人たちも俺に優しく接してくれる。それに

はたびたび救われたのは言うまでもない。


 草野球でも、結構厳しいチームがあるのだが、ウチは弱小で、楽しくできればいい

のを念頭に置いているから、エラーしても怒られることはない。


 「きゅーけーい!」


 のんびりとした一声で、最年少の俺は、水分の元へと集まる大人たちについて行こ

うと駆け足した。足はもう、痛くはない。後遺症もなかった。


 「あれ…、あいつ…」


 河川敷の上の方から、いつものようにチナツが手を振っている、わけではなかっ

た。誰かがいることには変わりはないのだが。


 「昨日の…」


 目が合うと、その肌の白い男子は、芝の生い茂る傾斜を、目を疑うほどの勢いで、

駆け下りてきた。


 「ああっ!!」


 そして、勢いのついたまま体勢を崩し、転がりながら、こちらへと近づいてきた。


 「お、おい! 大丈夫か?」


 俺は、心配になるも、男子はむくりと立ち上がり、俺にずい、と一歩前進した。


 「蓮井信孝くん!」


 「お、おう…」


 急に大声でフルネームを呼ぶ少年。暑さにでもやられたのか?


 「クラスマッチ、何すんの!?」


 そして急に、来週のクラスマッチについての質問を浴びせてくる。


 俺は、しぶしぶと答える。


 男子は、野球とサッカー、二つの競技の中から一種目を選んで、グラウンドで行

う。クラスメートたちの推薦を拒否した俺は、答える。



 「サッ…」


 「野球でしょ!!?」


 食い気味に、俺の声をかき消すように、少年は声を上げた。そして顔が近い。


 「いやいや、サッ…」


 「そうかー! 野球か!」


 「だから、サッカーだっての!」


 「僕も野球なんだ! よろしく!」


 「よろしく! じゃなくて、人の話聞けっつの!」


 なんなんだ、こいつは。


 一体何のために、出会って一日しか経たない仲の俺に、そんな必死な表情をしてい

るのか、疑問だ。


 「チナツに頼まれてここに来たのか?」


 「いや、そうじゃなくて…」


 「じゃあなんなんだよ?」


 溜息を洩らしながら、ふとベンチの方を見ると、チームメイトたちの視線が俺たち

に向いていた。


 「はあ?」


 視線を戻すと、男子は、まるで失敗を謝るときのように大きな角度で、頭を下げて

いた。


 「君の…」


 背筋を直角に曲げた男子は、俺に懇願した。


 「君の記憶を消したいんだ! どうか、頼む!」


 意味が、分からなかった。

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