第二章 赤井千夏は、少年を救いたかった

第6話 違和感

 僕の学校では、一学期の期末テストは早い時期に訪れる。



 彼女に会って一ヵ月、来週には梅雨が終わって、テスト直前の期間に入るわけだ

が…。


 商店街のあのカフェではなく、商店街のファストフード店のテーブルに、ノートと

教科書を広げる僕たち。


 桃井さんのノートの女の子らしい丸文字を目にした僕は、違和感を感じた。


 いや、気のせいだろうか。この違和感は…。


 彼女に直接、確かめていいのだろうか…。


 「ここが、こうだから…、こうなんだよね?」


 彼女が口を開き、僕は彼女の言葉に咄嗟に応答する。


 「いや、そうじゃなくて…」


 指摘する。


 「うう…ごめんなさい」


 「僕の方こそ、ごめん。でもさ、桃井さんって、実は勉強でき…」


 「ああああああ…」


 両手で頭を抱えて狼狽する。漫画でしか見たことのようなオーバーリアクション

は、小柄で童顔の彼女には意外と似合っていて、痛々しいとは全く思わなかった。


彼女が勉強できないのは意外だった。


 「ご、ごめんってば…。桃井さんって勉強できそうなイメージだったし、小説とか

を娯楽として楽しむ人だから、てっきり…」


 「そのフォローが余計に傷つく!」


 桃井さんは潜り込んで隠れるように、平らなテーブルに頭を突っ伏して狼狽した。


 「白木君の『チカラ』、まだ完全に抜けきってないんじゃない? 私」


 「いや、それは無いと思うな。思い出す時は全部思い出すから」


 「でも副作用みたいなやつあるかもよ?」


 「こら、人のせいにしない。はい、次の問題出すよ」


 少しだけ唇を尖らせて文句を言う彼女に、僕はシャーペンの先を、教科書の『基本

問題』と書かれたタイトルに突き立て、勉強を促した。






 「ごめんね、白木君」


 梅雨明け前の暑い雲の下。桃井さんは僕に謝った。


 「え」


 「だって、まだ誰の悩みも解決してないから」


 一か月前、あの夕陽の指す坂道で交わした約束。


 僕が挫折し、絶望した、『チカラ』による救済。望まれないこの『チカラ』で、誰

かのことを救うという、人殺しである僕の、せめてもの償い。


 それを彼女は、一緒にやってくれると、言ってくれた。


 一点の曇りも、嘘も見当たらない声と表情で、僕の目を真っすぐと射すくめるよう

にして、言った。


 そう約束したものの、未だに成果が出ないことに彼女は焦りを感じていた。僕のた

めに慌ててくれていた。


 「ありがとう」


 だから僕は、嬉しくて、つい笑みがこぼれてしまった。


 「でもさ…」


 「ん?」


 そして、カバンからノートを取り出す。


 「そんなことより、優先順位ってもんがあるだろ?」


 そのノートを、ドラマでよく見る、刑事が警察手帳を容疑者に突きつけるようにし

て、彼女に突きつけた。


 「うげっ…」


 今まで聞いたことのない彼女の嗚咽が、新鮮で、面白おかしかった。




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