第12話 主人公×筋肉至上主義

 誰にも言えない秘密、というのは誰にでもあるものだ。


 例えば学校や外では自信満々で偉そうな奴が、実は趣味はネット小説の引き篭もりだったり、恋人がいるのに他の女子が好きだったり、ナルシストだったりと例を上げればキリがない。


 何にしても、誰かに見せる自分の顔というものは、本心の何割も見せていないのが普通じゃないだろうか。


 自分の心に蓋をして、出来るだけいい格好をした自分を見せる。本当の自分を見せれば、友達だと思っているやつも一歩引いてしまう。


 そんな臆病とも言える心の在り方を誰もが持っていて、そのせいで本当の自分を曝け出せなくなって、結果として上っ面な笑顔で距離を測りながら会話をするようになってしまう。


 別にそれが悪い事だとは思わない。むしろ相手を気遣うと言う意味では、間違いなく推奨されるべき行動とも言えるだろう。


 空気を読む、というのは社会に出ようがこうした学園生活を送ろうが、ある程度は必要なスキルの必要なのだから。


 まあ、空気を読むなんて単語、この学校では無縁と言ってもいいのだが……


「デュフフフフ、大男ビックマン殿。お主もロリータについて一緒に語りませぬか?」

「すまないが、僕は筋肉にしか興味がないんだ。ほら見てくれこの最近育て上げたこの大臀筋。僕の意志に従ってピクピク動く様は可愛いだろう?」


 そう言って、何故か制服ではなく体操服でいつも授業を受けている石渡大男ビックマン不可思議光線ふかしぎこうせんに向けて尻を突き出していた。若干動く様はかなり気持ち悪い。このクラスで一、二を争う変態の不可思議光線も嫌そうな顔をしている。


「お、男のお尻を見せつけられても何にも嬉しくないでござる」

「む、これは失礼」


 謝罪を一つ入れて小さな体で尻を引っ込める大男ビックマン


 クラスの男子では一番背の低い五厘狩りの彼と、長いボサボサの髪にもやしのように細いが高身長の不可思議光線ふかしぎこうせんが正面から立ち会うと本当に対照的で少し面白い。


 帰りのホームルームが終わり、各々が自由に時間を使っている放課後。まだ部活が本格的に始まっていない事もあり、教室にはかなりの人数が残っていた。


 部活動紹介の冊子を読みながら楽しそうに話している女子グループ。卑猥な話をしている男子グループ。自分の趣味について語り合う奴。


 多種多様な変態達が集まるこのクラスに統一感という概念は存在しないようだ。


 この身長の低い筋肉や不可思議光線も、ここが学校という事実を忘れているんじゃないかと思わずにはいられない程、普段から変態的な言動を繰り返している。まあ、それでも大男は怪しい洗脳とかしない分まだマシだが。


 そんな風にクラスメイトを偏見な目で見ていたら、大男ビックマンと目が合った。ニコっと擬音が付きそうなほど爽やかな笑みを浮かべると、嬉しそうに声をかけてくる。


「やあ主人公ヒーロー君。もしかして僕の背筋に見とれてた?」

「……俺は筋肉に興味はないんだ。そう言うのは紅弾丸クダンと話してくれ」

「あっはっは! 面白い冗談だね主人公ヒーロー君! 僕の腹筋が捩れそうだ。頼むからそんなに笑かさないでくれよ!」


 何が面白いのか、突然一人で大笑いをする大男ビックマンにクラスメイト達も何事かと遠巻きに見てくる。


 ここで空気が読めて、かつリーダーシップが取れるやつなら俺を助けてくれるのだろうが、このクラスでそれを期待するのは馬鹿な話だろう。


筋肉至上主義キンニキストである僕にはわかる。君は筋肉を愛しているだろ? なんでそんなウソを吐くんだい?」


 キンニキストってなんだ? ついでに言うと俺の何を見て筋肉好きだと思ったのか。あまりにも自信満々かつ自然な笑顔で聞いてくるものだから、周囲のクラスメイト達もそうなのかもしれないと思ってしまうじゃないか。


 ……一応言っておくと、確かに中学時代は結構鍛えてきたが、それは周囲を見返して己の立場を確立させるためだ。決して筋肉が好きだったわけでもナルシストだったわけでもない。ましてやキンニキストなどと言う得体の知れない変態では決してないから!


「なあ大男ビックマン。なんで俺が嘘吐いてると思ったんだ?」

「ふふふ、分からないかい?」


 ドヤ顔でムカツク笑い方をするこいつが殴りたい。流石にまだそこまでしないけど。


「君ほどしなやかさと上品さを兼ね備えた美しい腹筋は見た事がないよ。そんな筋肉を育て上げた一流の筋肉ブリーダーである君が、筋肉を愛してないはずないじゃないか」


 それに、と続ける大男ビックマンは少しだけはにかみ、頬を染めて、まるで恋する乙女のような表情をしながら、禁断の言葉を口にした。


「どうやら僕の腹筋フッキーが君の腹筋ふきこに恋したようだ。どうだろう、ここは筋肉同士の交流を深める為に、お付き合いをしてみないかい?」

「こ、断る! これ以上俺の傍に近づくな! あと俺の腹筋を変な名前で呼ぶんじゃない!」


 ぞわぞわ、っと背筋に嫌な感覚が這い寄ってくる。こいつヤベエよ! このクラス変態ばっかなのはもう知ってるけど、ここまで自分の体を心配したのは初めてだよ!


 そんな風に俺が戦慄していると同時にボキッ、と何か硬い物が折れる音が教室に響き渡った。


「はっ?」


 ざっと周囲を見渡すと、珍しい人物が教室に残っている事に気が付いた。


 窓際に座り窓の外を眺めている少女。名前は確か小塩紗冬シュガー。この学校が始まって一週間が経過しているが、誰かと話している姿は見た事がなく、いつも授業が終わると早々に帰ってしまう。


 クールビューティーという言葉が良く似合い、俺の中では今のところ常識人ランキングでもトップクラスに位置している存在だ。


 誰とも話さない少女が常識人っていうのもどうなんだろうか……


 彼女の手元のシャーペンが根本から折れている。どうやら先ほどの音は彼女がペンを折ってしまった時に発生したらしい。シャーペンって普通折れるっけ?


「……これは驚いた。あの紗冬シュガーが笑ってるなんてね」


 大男ビックマンが茫然と口にするとおり、確かに紗冬シュガーは笑っていた。口元をほんの少しだけ緩め、普段なら滅多に見られないその姿に俺も目を丸くしてしまう。それほど彼女が表情を緩める事は珍しいことなのだ。


 いつも無表情で退屈そうに窓の外を見てて、誰とも関わりを持とうとしない少女の事は少しだけ気になっていた。別に惚れたとかではなく、何となく彼女が自分を押し殺しているような気がしていたのだ。


 まあ、そんな俺の考えなんて相手からしたら余計なお世話だろうけど。ただ、笑った顔は無表情よりもよっぽど綺麗だなと思った。


「あっ」


 そんな風にじっと見つめていたからだろうか。紗冬シュガーが気付いたようで一瞬目が合う。瞬間、彼女はまるで不味いものを見られたと言わんばかりに慌てて笑みを消し、無表情で睨んでくる。そしてさっと鞄を手に持つと、急ぎ足で教室から出ていってしまった。


「そんなに見られたくないのか? 別に笑い顔くらい恥ずかしがることでもないだろうに……」

「そうだよね。筋肉同士のお付き合いなんて別に恥ずかしい事じゃないよね」

「それは間違いなく恥ずべき事だ!」


 今日この日、俺の中で大男ビックマンの変態指数が最上級に上がった。

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