第13話 童貞とドMと天使の忠告

 昇降口を出て五分もすれば魁鳴学園の寮に辿り着く。紅弾丸クダンはサッカー部の見学に行っている為、今日は一人だ。


 唯一神ゆいか武蔵むさしの所属する剣道部の見学。俺も一緒に行こうと思ったのだが、女子剣道部を男子が見学するのはオカシイだろと武蔵に剣を向けられたので諦めた。


 学生寮はかなり立派なもので、大きなエントランスホールには左右に分かれた階段がある。


 右に行けば女子達が生活する部屋が、左に行けば男子の生活する部屋が存在する。


 当然と言うべきか、異性の部屋がある方へ行くことは禁止されており、寮で男女が絡むのは広いロビーと食堂だけだ。


 俺がロビーに入ると、ソファに座った天使エンジェルちゃんが四つん這いになった守州丸マシュマロを足置きして小説を読んでいた。


 彼女の後ろには知らない男子が天使エンジェルちゃんの肩を揉んでいる。多分違うクラスの男子だろう。流石に上級生ではないと思いたい。


「やあ天使エンジェルちゃん。随分と良い身分だね」

「あ、主人公ヒーロー君お帰りー。ちょっと喉渇いたから紅茶買ってきてー」

「いいともー」


 俺は少し離れた自販機で紅茶を買って天使エンジェルちゃんに渡す。どうやら彼女の望んだ銘柄だったらしく、もう一度買って来いと言われることはなかった。


「ありがとー。もうあれだよね主人公ヒーロー君。下僕根性が染みついてるのかな? 普通いきなり飲み物買って来いなんて言われたら怒るよねー」

「……はっ!?」


 あまりに自然にパシらされた事に驚愕する。なんだよこの子、マジでいつかナンバー1キャバ嬢とかになってるんじゃないか?


「でもーまあ今のところ下僕は十分いるしー、主人公ヒーロー君はいらないかなー」


 それはもうとても綺麗な笑顔でいらないと言われて、ちょっとだけ悲しくなった。


 内容的には嬉しい筈なのに何故だろう。もしかして本当に下僕根性が染みついているのだろうか? それとも俺が気付いていないだけでドMなのだろうか。

 

「そ、そうだ! 天使エンジェルちゃんの足置きは僕の役目だからな! 絶対に譲らないぞ!」

「おいコラ足置きが勝手に喋るんじゃない。そこの主人公ヒーロー君と交代したっていいんだよ私はさ」

「ぶ、ぶひぃ! ぶひぃ!」


 思いっきり蔑んだ表情で踵を背中に落とされた守州丸マシュマロは、まるで至上の喜びを得たかのように満足そうな顔をしていた。


 ……うん。これが本物のドMだから、少なくとも俺は違うな。守州丸マシュマロを見てとホッとした。ただ、自分の立場が追いやられそうだからか、守州丸マシュマロが凄い目付きで睨んできた。


「俺、足置きになる気はないからさ」

「ぶひぃ!」


 安心したようで守州丸マシュマロは笑顔になると、足蹴りされることに集中していた。後ろで肩を揉む男子生徒は、この一連の流れを見ても眉一つ動かさずに天使エンジェルに対して奉仕活動を続けている。もはやここまで来るとプロだ。ちょっとだけ尊敬する。


「ふーん……私の足置きになりたくないんだぁ。下僕候補の癖に生意気だなぁ」


 一方、天使エンジェルちゃんはちょっとだけ不満そうだ。とはいえ、こっちにだって男としてのプライドがある。簡単には懐柔されてやるつもりはない!


「……ま、いっか。あっちこっちタンポポの綿みたいにフラフラ優柔不断な主人公ヒーロー君なんて別に今はいらないしー」


 心を強く持って天使エンジェルちゃんを見つめると、彼女は俺に興味を失ったようで視線を小説に戻す。


 そうすれば俺にももう用はない。部屋に戻る旨を伝え、天使エンジェルちゃんの横を通り過ぎる。


「あ、そうだ主人公ヒーロー君。紅茶買ってくれたお礼に一つだけ忠告してあげる」


 背中越しに聞こえてきた気になる単語に俺は振り返る。そこには今まで見た事のない程真剣な表情の天使エンジェルちゃんがいた。


「忠告?」

「うん。あのねぇ、主人公ヒーローねぇ……紗冬シュガーに狙われてるよ」

「……は?」


 狙われてる? 今まで一度も会話をしたことのない紗冬シュガーに? 俺が? 


「なんで?」

「ふふふー。それは内緒。あ、狙われてるって言っても惚れられてるなんて可愛い理由じゃないか勘違いしちゃ駄目だよ童貞君」

「ど、どどどどどどどどっどどどど!!」

「……動揺し過ぎ。本当に気持ちわるーい。忠告は以上だからぁ、これ以上何か聞きたかったら本人に直接問い詰めてねぇ」


 そんな意味深な言葉を残した天使エンジェルちゃんは立ち上がると、自分の部屋に戻っていってしまった。残ったのは残念そうな顔をした守州丸マシュマロと名前も知らない男子生徒。そして童貞と見抜かれてしまった俺だけだった。


 しかし、紗冬シュガーがねぇ。今まで接点らしい接点は何にもなかったはずなんだけど、狙われてるってどういうことだ?


 天使エンジェルちゃんの不意打ち口撃によって俺はこの日、気になってあまり眠れなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る