第8話 佐々木……

 昼休みが終わる二〇分前、俺達は誰に言われるまでもなく廊下に整列し桜葉教官を待った。無駄口をいっさい叩かず、その姿は従軍中の軍隊そのものだ。


 チャイムが鳴る十分前、桜葉教官が現れ、俺達の姿を見て満足気に頷いたのを確認し、行進を始める。


 予鈴が鳴る五分前、俺達は各自の判断で椅子に座り、それでようやく張り詰めていた気を緩め周囲の人間と話し始めた。


「ふふふふふ、部活動か。どんなのがあるか少し楽しみだ。この私を満足させることが出来る部があるとは思えないが、まあそこは仕方ない。有象無象の者共と合わせてやるのも天上の者の宿命だからな!」

「有象無象って言葉好きだなぁお前」


 隣に座る唯一神ゆいかは俺の隣でワクワクと笑みを浮かべ、綺麗な銀髪を揺らしている。そんな子犬のような仕草は大変可愛らしいが、偉そうな言葉使いは相変わらずみたいだ。


 結局、俺の告白もどきの友達宣言は、男子だけでなく女子全体にまで広がってしまった。というのも、俺が友達宣言したあと、他の男子達が盛り上がり自分も自分もと唯一神ゆいかを囲んでしまったからだ。


 当然そんな騒ぎになれば着替えを終えて戻ってきた女子も気付く。扉も開いていたので、何事かと入ってきたら、一人の女子を囲む男子達の群れだ。まさか集団暴漢かと早とちりをした女子がいたとしても可笑しくはない。


「あー頭痛い」


 例えばその女子が実家で剣道をやっていて、今日も部活動見学を終えたらすぐに剣道部に入ろうと考えていたとしても可笑しくはない。


「頭痛いなー」


 また、そのために持って来た竹刀を全力で振るい、いたいけな少女を救おうと暴漢を倒すのも、可笑しくはないのだ。


「頭が割れそうなくらい――」

「……すまない。だが貴様達にも責があるのだからいい加減許せ」


 俺がわざとらしく頭をさすっていると、俺の椅子の二つ隣からやや萎れた様子の声が聞こえてきた。視線を向けると、やや困惑気味な表情をしている少女と目が合う。


 自己紹介で佐々木ささき武蔵むさしと名乗ったこいつはどこからどう見ても女性である。ついでに言うなら小次郎でも宮本でもない。だがその実力と人を斬る事に関しては本物で、俺達男子をその卓越した竹刀捌きで一蹴し、唯一神を救出した剣術家だ。


 黒髪を後ろで結ったポニーテールや凛とした瞳は昔ながらの女傑を思い浮かべさせる。唯一神ゆいかとはタイプが違うが、人を惹きつける美貌は決して負けておらず、男子よりもその凛々しい顔立ちは女子に受けそうだ。お姉さま的な意味で。


 武蔵むさしとは今まで話したことがなかったのだが、事情を話すため昼食を共にし、なんとか誤解を解くことになった。このとき唯一神ゆいかも一緒がいいと言ってきたので、なにかあった時の元凶にしようと思って逃げようとする紅弾丸クダンを巻添えにしておいたと言っておこう。


 武蔵には女子に優劣を付けるとは何事かと説教されたが、優劣ではなく好みを言い合っていただけだと言い張り、不承不承ながらもなんとか納得してくれたらしい。


 黒板に自分の名前が載っていなかったことについては追及してこなかったところを見ると、特に選ばれなかったことに対して怒っているわけではなかったようで、このクラスにしては珍しく他者を思いやる心を持っているようだ。


「せめて事情を聞いてから殴ってくれればよかったものを……」

主人公ヒーローは実行犯だから諦めろよ。俺なんか離れて見てただけなのにこいつにやられたんだぜ。完全にとばっちりじゃねえか」

「うぅ……だからすまないと言っている……そもそも、醜悪な気配を漂わせた鬼達が女子に群がったときみたいに卑猥な気配を感じさせる貴様等も相当悪いのだぞ?」

「いや、殺気立ってたの俺じゃないから。他の変態共だから」

「俺に関しては完全に傍観者」

「……うっ」


 俺と紅弾丸クダンの反論に間違いはない。変態共が群がったあたりで俺はやつらによって弾き出されてたし、紅弾丸クダンに至っては椅子に座って見ていただけなのに竹刀で叩かれたという完全な被害者だ。


 とはいえ、男子が唯一神ゆいかが怯えさせたのもまた事実。それに武蔵むさしも悪気があってやったことじゃないし何度も謝っているので、この辺で止めておこう。


「このクラスは変態が多いからな、女子が警戒するのも無理ないか……よし、この話はもう止めようぜ」

「……正直、唯一神ゆいかに向けた告白内容を聞いた今としては、貴様も変態仲間の一人に数えられるのだが……」

「ああ、それは俺も思うぜ。あれは男の俺から見てもキモかった」

「そうか? 恥ずかしかったし思いには応えられなかったが、私は嬉しかったぞ。ちょっと勢いがあり過ぎた気もするが……やはり男ならあれくらいの方が格好いいと思う」

「止めようって言ってんのにお前達は何故蒸し返すのか!?」


 あれは一時の気の迷いだったんだ!


「ふんっ……ちょっとした仕返しだ」

「俺はお前のせいで叩かれたようなもんだからな」


 両側に座っている二人が順番にテンポよく言い返すと、笑みを浮かべる。からかって満足したらしい。唯一神だけは何故俺が恥ずかしがっているのか分からず首を傾げている。


くそ、後で弄って顔を真っ赤にさせてやる。


 そしてチャイムが鳴り響き、部活動紹介が始まった。

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