第4話 輝かしい明日に向かって

 隣に座る紅弾丸クダン以上にガタイのいい体は衰えを知らないように鍛え上げられている。袴姿が凄まじく似合っていて、長く白い顎鬚を軽く撫でながら鋭い眼光で生徒を見渡す。


 え、なにあれ。魔王かなんかじゃねえの?


 ゲームのラスボスのような貫禄を身に纏った理事長が一歩前に出た。

 その手には何も持っておらず、前だけを見ている。どうやらカンペも何も読まずに話すらしい。


「諸君。まずは入学おめでとう。ワシはこの魁鳴学園の理事長兼校長をやっている魁鳴かいめい崇徳すとくと言う。まず最初に問いたい。君たちは……自分の名前が好きかね?」


 好きなわけがない。この名前のせいでどれだけ苦労をしてきたか。少なくとも小学生の時の苛めは間違いなくこの名前が原因だったのだ。


「すでにクラスで自己紹介をしてわかっただろうが、君達は普通の学生とは少し違う名前を持っている。外国人に似たような名前、大自然に合わせた当て字、果てはアニメやゲームのキャラクター名。近年流行りだしたこれらの名前は、一般的にキラキラネームと呼ばれるものだ」


 とんでもなく渋い声から、キラキラネームとかいう単語が出てきて違和感がある。しかしカリスマと言うべきか、魁鳴理事長が発する言葉には力があり、目が離せなくなかった。


「このキラキラネームは今や社会現象とすらなっている。我が子に珍しい名前を付けたいと願う親は昔からいたが、ここ数年は特に顕著だ。難解な名前は苛めの対象となり、社会的信用すら失いかねない」


 そうだ。キラキラネームというだけで就職活動は不利になるってこの間のニュースでもあった。


 だがまあ、わからないでもない。

 どう考えてもマトモな感性の親ではない以上、本人に問題がなくとも育った環境を疑われても仕方がないのだ。


「だが、儂は思う! 例えどんな名前であっても、その人間そのものを否定する材料には決してならん! むしろ、古来より名前には力が宿るものだと言うではないか! ならばこそ、これからの将来を担うのは、お主達キラキラネームを持つ若者ではないのか!? 両親によって凄まじい力で籠められた名を持つお主達は、衰退し始めたこの国を救う英雄達に成長するだろう!」


 恐ろしい形相で語る理事長だが、言ってることは滅茶苦茶だった。

 そんなわけない、と一笑していいものでしかない。

 なのに、どこまでも真剣に話す姿は俺の心を揺さぶるものがあり、決して笑うことが出来ないでいた。


「今はお主達も自分の名前を嫌っているかもしれん。きっとその名前のせいで辛い事もたくさんあっただろう。だが、そんなお主達だからこそ誰より優しく、そして強くなれるとワシは信じておる。自信を持ってほしい。お主達の名前は個性であり、力である。決して人と違うことを恐れないで欲しい。愛によって生まれたお主達の名は、間違いなく両親の愛が籠められた名前なのだ。ここには多くの仲間がいる。共に笑い、共に泣き、共に競い合い共に悩み、そして共に愛し合え。そのために儂はこうして学園を設立し、お主達が入学出来る準備を整えた。この高校生活の三年間で、お主達が自分の名前を好きになって欲しい、儂が願うのはそれだけだ」


 自分の名前を好きになる。それは多分この学校にいる者達にとって凄く難しいことだと思う。


 この名前のせいで付いた傷は、そう簡単に塞がるものではない。だが、この理事長の言葉には力がある。


 もしかしたら俺達みたいな人間も、いつかは自分の名前を受け入れられるのかもしれないと思わずにはいられない。


「自分を信じよ! お主達の未来は他の高校の誰よりも明るい! 友を信じよ! それが将来何よりも信頼出来る財産となる! 我が魁鳴学園の子供達を! お主達の名前を! 日本に、そして世界に認めさせるのだ!」


 新入生達が立ち上がり、万来の拍手と共に歓声が沸き上がる。信じられないほどの熱気の渦が体育館を包み、館内の温度が上昇する。


 俺もその中の一人だ。興奮で体中の血液が顔に集まっているのか、異常に顔が熱い。だが不思議と心地よかった。


 まだ自分の名前を好きになったわけではない。それでもここでなら、少しは自分が変われるかもしれない。


 そんな期待を胸に秘めていると、魁鳴理事長の送辞が幕を閉じた。


 そして教頭が生徒会長祝辞という言葉と共に、新たな人物が現れる。


 この雰囲気の中で壇上に上がるのは凄まじい勇気がいるだろう。だが、壇上に向かう女性の背筋はピンと伸び、緊張の色さえ見せずに自然体で歩いていた。


 歩くたびに腰まである癖の強い黒髪がゆらゆらと揺れる。恐らく一七〇センチほどで女性にしてはやや長身だが、短いスカートの下から覗く足や腰回りはかなり細い。

 それでいて男子生徒の夢が詰まったボリュームのある胸は、嫌らしい視線を独り占めしていた。


 壇上に立つと、顔がはっきりと分かる。

 クラスメイトの唯一神ゆいかとは違ったタイプの、日本人らしい美女だ。


 新入生と保護者、それに教師を含めたら五〇〇人はいるというのに、彼女は臆することなく壇上で堂々と立つと、急に子供っぽい笑みを浮かべた。


「新入生のみんなー、入学おめでとー! 私はこの学園で生徒会長をやってる城見愛鈴アイリーンでーす! 二年生と三年生は君達の入学を心から歓迎するよ!」


 聞いてるこっちまで楽しくなってしまう、そんな可愛らしくも弾んだ声だ。第一印象は妖艶な美女って感じだったが、どうやら無邪気なタイプらしい。


 あんな人に歓迎されたら鼻の下が伸びるのも仕方ない。ほら、周りのやつらもデレデレしてる。


 俺はそれを見ても気持ち悪いなんて思わない。他ならぬ俺自身、あの愛らしい生徒会長を見てだらしない顔をしている自覚があるからだ。


 あ、今こっちに手を振った。やっべぇ、手を振り返した方がいいか? と思ったら周りの男子が皆すでに手を振ってる。出遅れた!?


「さっき理事長が言ったけど、ここにいる皆は多分自分の名前があんまり好きじゃないと思うんだー。私もね、正直言うと最初はこの名前凄く嫌いだったの。だってどう考えても周りと違う名前だしね。だけどこの学園に来て、今はこの名前大好きになっちゃった。一年生の皆はなんでか分かるかなー?」


 ――わかりませーん!


 俺を含めた男子生徒の多数が声を上げて生徒会長に返答する。何人かが違うことを言っていた気がするが、大多数の意見に消され上手く聞こえなかった。


 正直女子の冷めた目が怖いが、気にしない。こそこそ男子キモイとかガキみたいとか言われても気にしない。


 なぜなら生徒会長が俺達を見て楽しそうに笑うから。それだけでご飯三杯はいけます。


「あははー、みんなノリいいねー! 私が自分の名前を好きになった理由は、素敵な仲間達と出会えたからだよ! この学園の校風は個性を活かしと自由に生きろ。誰もが自分を偽らずに声を出して主張出来る学校なんだ。きっと君達の想像以上にドキドキとワクワクが待ってるから、一緒に楽しい学校生活にしていこうね!」


 新入生とは比べ物にならないほど大人な容姿だというのに、愛らしい笑顔を浮かべる生徒会長に、俺達はもうメロメロだ。


 これから一年間彼女と同じ学校に過ごして、もしかしたら恋人になっちゃって……とかは流石にないな。


 けどまあ、トップレベルのアイドルが学校にいるようなもんだ。

 遠目から見るだけでも十分素敵です生徒会長。ファンクラブあったら入ろ。


 もはや入学式がアイドルのコンサートのような盛り上がりを見せていた。


 これが学園長の言っていた名前にある力なのだろうか。

 もしそうなら俺の名前にはどんな力があるんだと考え、嫌な思い出が頭をよぎり考えるのを止めた。


 その後の進行は多分、普通の高校の入学式とそう変わらないのだろう。

 答辞を任された新入生代表は一組の男子だった。あおきむせい君と言うらしい。


 ……まさか青木夢精じゃないだろうか。

 漢字まではわからないが、もし本当に名前には力があるのなら……後はわかるな?


 夢精君 (仮)は緊張しているのか、生まれたての小鹿のように体中を震わしている。


 先ほどまでの理事長や生徒会長と比べると、酷く頼りない。

 が、逆の立場だったら俺も同じように緊張していただろうから責められないか。


 そもそもこの学校は一般入試なしの推薦オンリーなため、新入生代表を成績優秀者で決めることは出来ないはずだ。


 つまり夢精君 (仮)が選ばれたのは、一組の中でも出席番号が一番だったからなんだろう。


 一組に所属だったら俺が代表じゃん。危ない危ない。


 あおき君の答辞は普通だった。

 いや、普通が悪いわけじゃない。むしろ変な名前の俺達は普通を望んでいたはずだ。


 だが何故か少し物足りないと感じてしまったのは、早くも理事長と生徒会長に感化されてしまったのかもしれない。


 すべてのプログラムが終了し、教頭に退場の指示が出た。


 体育館に入るときは一組からだったが、出る時は逆に六組から順番になる。退場までしばらく時間がかかりそうだ。


 長くて退屈だと思っていた入学式だが、終わってみればあっという間だった。


 時計を見るとすでに一時間以上経過している。

 とはいえ、ずっと姿勢を維持しながら座っていたため、体がやや痛い。

 軽く体勢を崩して力を抜きながら周囲の喧噪に耳を向ける。


 理事長や生徒会長の言葉に興奮しているのか、騒めきは中々大きい。今まであんなことを言ってくれた人はいないから、尚更だ。


 みんなこれからの学校生活に期待してるようだ。


「なんかよ、すげー学校だなここ」


 隣で紅弾丸クダンがその他大勢の漏れず、楽しそうに話しかけてきた。確かに、この学校に来るまで俺は不安だった。それは紅弾丸クダンも一緒だろう。


 俺達は名前のせいで苦労してきた。だけどそれ以上に、もしかしたら俺達はこの名前のおかげで色々頑張れたかもしれない。


 まあだからと言って簡単には受け入れられないが、もう少し前向きに自分の名前と向き合ってもいいかもしれない。


 そんなことを考えさせられる入学式だった。



―――――――――――――

【後書き】

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