第3話 入学式

 クラスで自己紹介が終わった後、俺達は入学式のために体育館へ集まっていた。


 ちなみに、唯一神ゆいかさんの自己紹介に凍った空気は、桜葉教官の一声によってぶち壊されることとなった。もはや誰も教官には逆らえないのだ。


 校歌の練習が終わると、俺達は桜葉教官に怒られる前に廊下に整列し、どこよりも一糸乱れぬ行進によって体育館へと到着することとなる。


 早くも自分と同じく調教されているクラスメイト達を見て、今後は仲良くやっていけそうだ。

 ……後ろ向きなことを前向き風に考えているだけだという自覚はあった。


 全部で六クラスある中で、二組の俺達は比較的早い段階で椅子に座る。


 時間と共に増えていく生徒達を見て、これが全員キラキラした名前だとしたら、日本はもう駄目なのかもしれないと将来が不安になった。


「すっげぇ。ここにいる全員キラキラネームかよ。中学の時俺以上に変な名前の奴とかいなかったぜ」


 そんな風に俺が思っていると、隣から声がかかる。

 声の方を見ると、ガタイの良い男が感心した様子で周囲を伺っていた。


 一瞬自分が声をかけられたのかと思ったが違ったらしい。

 でもまあせっかく隣に座っているし、体育館の時計を見るとまだ入学式まで時間があるので話しかけようと思う。だが、名前が思い出せなかった。


 木を隠すなら森の中。


 一般的な名前の中に一人キラキラネームがいれば目立つが、クラス全員キラキラネームだと、逆に顔と名前を一致させるのが難しい。


 ありえないレベルで複雑な名前が多いから尚更だ。今まで名前を呼び間違われたことのないため、知らなかった。


 相手の名前が分からないため中々声をかけ辛い。

 そうして俺が躊躇っていると、目が合ってしまう。


「どうした?」

「あ、悪い。えっと、名前なんだったっけ?」


 俺がそう言った瞬間、男は人懐っこい笑みを浮かべた。


「木下紅弾丸クダンだ。一回自己紹介したのに名前聞かれたの初めてだからなんか嬉しいぜ。お前は主人公ヒーローだったよな」

「……よく覚えてるな」


 まさか俺の名前はあのクラスをして異端なのだろうかと不安になる。


 俺の中では正直、クラス内でもせいぜい中堅レベルだと思っていたのだが、上位陣に食い込むのかもしれないと思うと顔が引き攣っていた。


「まあお前は一番最初の自己紹介だったし。さすがにそれ以外だとちゃんと顔と名前が一致しねえよ。まあ、後はせいぜい、最後の唯一神ゆいかくらいか」

「確かに、あの自己紹介は中々のインパクトだったな」


 第一声が『この私と同じクラスになれるとは、君達は己の幸運を感謝するがいい』だからなぁ。

 あれじゃどんなに綺麗でも友達出来なかったんじゃないか?


「つーかよぉ、お前自己紹介で渋りすぎだって。俺なんて心の中で、俺以上に変わった名前なんてあるわけないんだからちゃっちゃとしろよ、とか思ってたし」

「ひでぇ。普通に考えてみろよ。高校生活最初の自己紹介でいきなり『俺の名前はヒーローだっ』なんて名乗る奴は絶対に遠巻きに見られるぜ」


 俺の言葉がツボに入ったのか、紅弾丸クダンは軽快に笑う。

 ガタイがよく、短髪をワックス逆立て、正にスポーツマンといった感じだ。


「くっくく……違いねえ。俺も中学の時は最初の自己紹介でえらい目にあったからな。すげー笑われた」

「俺も。だから自己紹介した後、ああ、これで俺の高校生活も終わったな、とか思っちゃったし」

「したらその後が、天使エンジェルだもんな。お前が叫んだのも何考えてたのか想像つくわ」

「あれは衝撃だった。一人でも俺みたいに変な名前のやつがいれば注目度も減るのに、でも無理だよなぁ……とか思ってたら不意打ちだぜ」

「ま、おかげで俺らはだいぶ楽させてもらったんだけどよ」


 ニヤリと口を歪める姿が堂に入っている。きっとこいつは自分の名前に負けず、中学時代もリーダーシップを取っていたに違いない。


 俺と紅弾丸クダンが話していたからか、周囲のクラスメイト達も少しずつだが会話をし始め、騒めきだす。


 皆、これまでの経験から警戒していたのだ。こんな特殊な名前のやつ、小学校や中学校で苛めの標的にされないわけがない。


 俺自身、小学校の高学年に入った頃、一時期はかなり苛められた。


 それが嫌で勉強もスポーツも誰にも負けないように、死ぬ気で努力したもんだ。

 基本的に苛められる対象ってのはなにかしら弱みを付けこまれることが多いからな。


 おかげで中学に入る頃には名前で弄られることはあっても、一目置かれた存在って事で苛められる事はなくなった。

 これでも苛められたら、あとは徹底的に反撃するしかないって考えてたからよかった。


 俺達みたいな名前だと最初が肝心だ。 


 下手な態度は苛めの元となる。特に中学時代もずっと苛められていた奴なんか、高校でも苛められるのではないかという恐怖に身が竦んでいたに違いない。


 だから最初にクラスに入った時など、誰一人会話せず、黙って担任が来るのを待っていた。

 耳が痛くなるほどの静寂は俺だってきつかったが、下手に会話して自分の名前をばれたくないので、黙っているしかなかったのだ。


 だけど自己紹介を終えて、自分が周りと同じだという意識が生まれたみたいだ。

 ようやく俺達はクラスメイトの仲間としてお互いを認識し、警戒を解いたのだ。


 そうなると最初の話題はやはり、俺達と同じように自分の名前と先ほどの自己紹介。

 他に共通の話題などないのだから、当然と言えば当然だと思う。


「おい、そろそろ時間みたいだぜ」


 紅弾丸が言うのとほぼ同時に、チャイムが鳴る。

 慣れ親しんだ中学時代とはだいぶ違う音に違和感があるが、これもすぐに慣れるだろう。


 話すのを止めて姿勢を正す。

 すると壇上にあるマイクの前に壮年の教師が立ち、話し始めた。


 若干頭部が薄くなっているのが見えるが、そこはまあ仕方ないのかもしれない。

 どうやら話を聞く限り、あの頭の毛が薄いのはこの学校の教頭らしい。


 挨拶が終わると校歌斉唱が始まる。


 入学式の前に練習したとはいえ、わずかな時間だったし、歌詞カードがあるとはいえ上手く歌えなかった。

 他の皆も似たり寄ったりだ。そんなことを考えていると、どこからか殺気のようなものが感じられる。


 背中から嫌な汗を流しながらそっと視線を教師席に向けると、恐ろしい眼光で睨んでくる桜葉教官の姿。


 見なかった事にしよう。


 視線を壇上に戻す。すると新入生の担任を紹介するため、先生達が壇上に上がり始める。当然、我らが担任である桜葉教官もだ。


 桜葉教官の顔が怖くて見れない。あの人多分元々軍隊にいたんだと思う。

 そうでなくとも、間違いなく一人は殺している。絶対だ。じゃなきゃあの殺気は出せない。


 今もほら、新入生の担任紹介で一人だけ俺達のこと射殺さんといわんばかりに見てる。

 他が微笑ましい目で見てるのに対して、一人だけ目付きがヤバイ。多分校歌斉唱が上手くいかなかったからだ。


 ――赤信号、みんなで渡れば怖くない。だから車に引かれるときも一緒だよ。絶対に逃げないでね。


 早くも二組の心が一致したのを感じる。

 嬉しいことだが、それ以上に他のクラスが羨ましくて仕方がない。担任代わってくれねえかな。


 担任紹介は意外な事に無難に終わった。てっきり桜葉先生は他のクラスに宣戦布告でもするのかと思ったが、そんなこともなく壇上を去ったのだ。


 さすがの鬼軍曹も上司がいる前では大人しいらしい。口に出せばどんな目に合うかわかったもんじゃないので言わないが。


 次は理事長の挨拶だ。教頭が呼ぶと、教員席から老人が壇上に上がる。



―――――――――――――

【後書き】

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