第2話 自己紹介
俺が名前を書いた瞬間、背後でざわめきを感じた。
当然だろう、俺も高校一年の自己紹介で、自分の事を主人公とか書くやつ見たら動揺する。
「
「ああ、言い忘れていたな。この学校では校則で苗字やあだ名で呼び合うことを禁止している。これからは全員、互いの事を名前で呼び合うように」
「「はぁっ!?」
俺の声以外に、クラスメイトのほぼ全員から同じような驚きの声が上がる。そんな校則がある学校など聞いたことがない。
文句を言おうにも、この教師の眼光が鋭すぎて顔を背ける事しか出来なかった。このヤクザビッチがっ。
「よし、
桜葉先生は俺らの声を意に返さず、すぐに次の女生徒を呼んだ。
俺は自分の席に戻りながら、この学校はどこかおかしいと思い始めた。
そもそも俺はこの学園に受験すらしていないのだ。
中学校の教師から推薦状を貰い、両親に渡したら喜んでこの学校――私立
俺としても受験せずに入れるんだから悪い気もしなかったし、何よりこの学校、中学の教師が言うにはかなりいい学校らしい。
らしい、と言うのはこの学校が都内にあり、俺が他県から来たからあまり情報を得られなかったのだが。
一応学校のホームページを見たが、全寮制であること以外特に変わった情報は乗っていなかった。
だから中学教師の熱心な勧めもあって気にせず入学したのだが、ここに来て色々不自然な部分が多い。
例えばクラス分け通知表だが、寮のポストに手紙が入っており、一緒に最初の席が書かれていた。
不自然なのは、俺の名前だけしか書かれておらず、他のクラスメイトの名前が全然わからないことだ。
まるで意図的に他の生徒達の名前を隠しているようにも感じ、不思議に思ったのをよく覚えている。
「相崎! 早く教卓まで来んか!」
「は、はいぃ!」
唐突に桜葉先生の声が静かな教室に響く。
どうやら相崎さんも俺と同じように自己紹介を渋っていたようだ。
だがやはりこのクラスの暴君には勝てないのか、嫌々ながら教卓へと向かう。
自分が怒られたわけではないのに身が竦むのは、俺にやましい心があるからなのだろうか。
いや、そんなものはない。そう思いつつ俺は自分の名前のせいで、この先の高校生活が不安で仕方がなかった。
それにしても教卓に立った相崎さんはパッと見てだいぶ可愛い。
小柄な身長と背中まで伸びた艶のある黒髪は着物がよく映えそうだ。第一印象は日本人形。
こんな子と付き合っていけたら高校生活も楽しそうだと思うが、この名前では厳しいだろうなとも思う。
せめて俺以外にもキラキラネームの奴が一人でもいれば、注目もだいぶ減るんだがなぁ。そうそう俺並に痛い名前の奴なんて――
『相崎 天使』
「
「いたー!!」
思わず、そこにいたと言う言葉と、痛いという言葉が同時に出てしまった。
「おい
「す、すみません」
怖ぇ……何を握り潰すのか気になったが、聞いたら実行されそうだ。
なんか癒される。背中に純白の羽が生えてるようにも見えた。妄想だけど。
しかし、彼女の名前は
なんか昭和の歌のタイトルみたいだ、などと考えているのは多分俺だけ。
正直、俺は動揺から立ち直れていない。
今まで俺以外のキラキラネームと言うやつには会ったことがなかった。
せいぜい宇宙と書いてソラとか言うのはいたが、俺からしたらその程度でキラキラ名乗ってんじゃねーよと言いたい。
「あの……こんな名前ですけど一年間よろしくお願いします」
そう締めくくると、
なんか一気に親近感が湧いてしまった。
うん、どうやら彼女も自分の名前を気にしてるようだし、出来る限り仲良くしよう。
「次、石渡っ!」
「は、はい!」
石渡君が恐る恐る教卓に上がる。
男だというのに、女子の中でも小柄な
可愛らしい顔立ちもしているので、お姉さん系にモテそうだ。
『石渡 大男』
黒板に書かれた名前を見て、俺は少し残念な顔をしてしまった。
もしかしたら
まあ、当たり前だが、キラキラネームを持つやつなんてそうはいない。
俺らの世代よりさらに幼い世代にはかなり多いみたいだが、それでも全体的には少ないはずだ。
いまいち読み方が分かり辛いが多分、
珍しいし結構無理やり感はあるが、大きい男になって欲しいという親心だ。石渡君は小さいけど、それは今後に期待かな。
「……
……そっか、
想像の斜め上をいく名前だった。身長も足りてないし。
けど
そういえば俺が名前を言った時も、
これまでだったら誰かしらがネタにしてくるんだが、ずいぶんと大人しいクラスなのか?
「次ぃ! 井上!」
『井上 美茄』
「
もちろん彼女も黒髪黒目の日本人だ。綺麗は綺麗なのだが、流石に名前負けしている印象がある。
ああ、でも美しい茄子という意味なら勝ってるな。これから頑張って美と茄子を磨いて欲しい。
「次ぃ! 大森!」
『大森 大地』
「えっ?
黒板に書かれた文字を見て、クラスメイトの誰かが落胆したようにそう呟いたのが聞こえた。
正直俺も同じことを思ってしまった。
今まで滅茶苦茶な名前だった分、逆に印象的な名前にさえ思う。クラスメイトの言葉が聞こえたのだろう、大地君が恥ずかしそうに顔を下に向ける。
「
「……ごめん」
普通って呟いた奴が
そして自己紹介が進んで分かったのだが、呟いたやつの名前は
人の事は言えないが、子供に付ける名前じゃないと思う。野沢家は彼を伝説にしたかったのだろうか。
「次っ――!」
ここまで来ればもう自己紹介を躊躇うやつはいない。
みんな理解したのだ。このクラスメイト達は、真の意味で仲間なのだということを。
次々と自己紹介が進んでいく。
ご飯時に困る名前が多いな。あと一人何回も誘拐されそうな名前の子がいるけど大丈夫なんだろうか。
「よし、お前で最後だな。夜明!」
そしてついに最後の一人が苗字を呼ばれ、立ち上がる。
ちなみにこのクラス、天使が四人いた。
女子が三人で、それぞれ
もしこのクラスじゃなかったら絶対四大天使(笑)とか呼ばれて馬鹿にされてただろう。
でも大丈夫。このクラスじゃそんな苛めみたいなことは絶対に起こらないからな。
最後のクラスメイト、夜明さんが教卓に立つ。
もはや皆どんな名前が来ても驚かないに違いない。と思っていたのだが、俺達は別の意味で驚くことになった。
夜明さんはハーフなのか、日本人ばかりだったこのクラスの中で唯一の白い髪と青色の瞳だ。
青いゴムで長い髪の片側を括り、肩の前に流している。
なにより、俺とは対角線上の席に座っていたため気付かなかったが、テレビで見るアイドルなど目ではないほど整った美貌だった。
これなら多少の名前でも決して負けることはないだろう。
最も名前で勝ち負けってなんだろうとも思うが。
ちなみに、俺の斜め後ろに座る
誰もが黙ってしまい、静寂がクラスを支配する中、夜明さんは黒板に己の名前を書く前に声を発した。
「この私と同じクラスになれるとは、君達は己の幸運を感謝するといい」
「「……はっ?」」
唐突に言われた言葉が理解出来ずにいると、そんな俺らを気にした様子を見せずに黒板に名前を書く。
『夜明 唯一神』
「私の名前は
ふふん、と自信満々で自己紹介をする唯一神さんを見て、俺は心の中で思った。
あ、こいつ可哀想な奴だ、と。
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