第60話 義元の理想と三河守任官運動
その頃、方菊丸は善得寺という禅寺に入っていた。入山したのはまだ四歳か五歳。現代の満年齢でいえばようやく自分の名前が言える三、四歳というところだろう。
領主の子のうち嫡男(長男)でない男子は、一つは将来起こり得る家督相続の争いを避けるため、そして何かが起こった時に当主候補がまだ残っている状態を保つため、さらに学問を身に付けてもらうため、ほぼ慣例のごとく寺に入った。
今川家の五男に生まれた彼が寺で修行をすることになったのは当然の成り行きだった。
善得寺は現在の富士市、富士山の麓といえる場所にあった。今川家の官寺であり、富士川以東の駿河の中では当時最大級の寺院だった。
父氏親は方菊丸のため、専任の教育係を京から呼んだ。
九英承菊は今川氏親にとって家臣であり血筋にも繋がる
唐突のことであり、まだ修行中の自分に人を教育する力があるとは思えなかった。そして何よりも自身の修行をまだ続けていたかった。
が、氏親の熱意に押し切られ、承菊は京から戻ることになった。彼は幼い方菊丸と共に善得寺の住持
出自が出自だけに彼は他の渇食のように下働きをすることはなかったが、生活そのものはそれまでにない規律と厳しさがあった。
師である九英承菊の意向も大きかったのだろう。方菊丸の一日は、朝、日の出る前に起き、毎日が読経、禅、そして読み書き学習の繰り返しだった。
この時期の方菊丸は、当然ながら母には年に一度も会えなかった。しかしその少ない機会が『竹取物語』を読了した直後にあった。
方菊丸は幼い彼なりにしっかりと挨拶をしたあと、母に尋ねた。
「駿河は田舎なのでしょうか」
母が都から嫁いできた人であることを方菊丸は知っていた。だけでなく、幼い彼の自慢でもあった。
母は突然そんなことを言うわが子をいぶかしんだが、ゆっくりと言葉を選び、方菊丸に理由を聞いた。
方菊丸は竹取物語を読み終えた時そう思った、と言った。当然母もそのラストを知っている。方菊丸の言いたいことがなんとなく分かる気がした。彼女自身、嫁ぐことが決まった時には、駿河の地が想像もつかない僻地のような気がして不安だった。
母は右手を口元に添えるようにして微笑み、
「あなたはお国に自信がもてないのですか」
幼いわが子をじっと見つめた。
「この国は都の公達がこぞってお住まいになる、都以上に都らしい国だと私は思っております」
何も言わない息子を優しく諭すように言葉をつなぎ、
「時がたてば分かるでしょう。駿河は他のどの地よりも富貴であることを」
四十を過ぎた義元は、母とのそんなやりとりをすっかりと忘れていた。しかし、彼が『都』にあこがれる気持ちは未だどこかにこびりついている。
それは彼が実際に見た京の街や伝え聞く今の京ではなく、彼の心の中にある『王都』という極めて抽象的なものだった。
あえて言うなら『雅』という言葉で表現される世界の中心、ということができるだろう。
そして今、その王都に一番近いのが我が駿河である、と義元は本気で思っている。
公家の
季遠は甲斐の武田家に下向し一年以上滞在していたのだが、京に帰るということでその途次駿府に立ち寄った。彼は義元と漢詩会や連歌会などで古くから親交があり、旧交を温めるためということだったが、それはあくまでも名目、実際は別の目的をもっていた。
義元は自身と息子氏真の官位任官への働きかけを依頼し、季遠がこれに応じた。
ことに義元が欲しているのは『
義元は三河という国を天子のお墨付きで支配しようとしていた。
三河を地盤としている松平家の当主元康は、今川の寄子として三河に赴任する仕組みにしようと考えている。
当然義元は幕府や朝廷への様々な献上品と共に、季遠自身にも膨大な贈物を用意している。
「久しぶりの駿河の地ですが、空も街も相変わらずやらかい印象で、よろしおすな」
形式的な挨拶の後、上座にいる四辻季遠は最後にそう言った。
四辻家は藤原北家につながる
そんな今川義元が今、自分の下座にいる。しかも、両手をついて畏まっている。
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