第47話 向山の砦
次の報告は意外な場所からやってきた。
「申し上げます。小河城の水野勢約五百、城を出、西に向けて進軍しております」
小河城周辺に放っていた密偵の一人だった。
「こちらに向かっている模様か?」
信元が直に聞く。示し合せた攻撃か、と瞬時に思った。
「分かりませぬ。しかし弓や槍、鉄炮などの武具に加え、囲い用と思われる木材や荷駄の数が多いように思えました」
信元の質問に密偵は緊張した声で答える。
「ほう」と一声発した信元は、
「ということは、夜討ちではないように見えた、ということか」
「は、
では、どういうことだ、と信元は自問する。
確かに夜襲を仕掛けるならもっと深い時間だろう。
そういえば小河城が周囲の木を切って城内に入れているという報を以前に受けていた。
その時は城の防備をさらに固めるか、などと考えていたが、これのことだったのか、と思い返している。
(ということは、砦づくりか)
しかし、どこに造る気か?
鳴海の周りには中継の中島砦を合わせて三つ、大高には計四つの砦がある。織田はこれで両城の囲みを完成させたのだろう、とこれまで信元は見ていた。
(囲むだけなら今で十分なはずだ。これ以上どこに造ろうというのか)
と、
「申し上げます。織田の軍勢、熱田の浜より分乗し、舟で移動するようです」
新たな一報が来た。
星明りの下、織田の軍勢は何艘もの舟に分かれて海上にいる。
月はまだ出ていない。この日は下弦の月(月齢約二十一日)のため、昇るのは亥の刻あたり(二十二時頃)だろう。
到着予定はその半刻ほど前。大高城の南に上陸し、水野の軍勢と合流する予定となっている。その時海は満潮になっているはずだ。闇の中、舟を目的地のすぐ近くまで寄せることが出来る。
兵たちには熱田まで進軍したところで初めて作戦を告げた。大高城のすぐ南、
さらに鳴海城と大高城を囲むすべての付城には今夜一晩かがり火を欠かさないように指示をした。大高はもちろん、鳴海の岡部も援軍を出すことは出来ないだろう。もちろん、熱田にも兵を配し、笠寺、星崎の三浦
――さて、駿河はどう出るか。
ややもすると方向感覚を失い、舟に乗っていることも忘れそうな闇の中、信長は次への思案に集中している。
村木の戦いの際、熱田の船乗りたちは大嵐の中すべての兵を上陸させた。そういう信頼もあるが、
『死のうは一定』
という意識が彼の奥底に常にある。
「以上が使者からの口上でした」
平伏した姿勢で
「向山というは、そんなに大高に近いのか」
しばらくの沈黙の後、義元が口を開く。
「は、堀のすぐ向かいといえる場所とのこと。月明かりの元、織田方の動きを逐一見ることが出来たそうです」
「ふむ」
寧ろ月夜を選んで見せつけていたのかも知れぬな、織田は、と義元は思う。
大高城の前で合流した織田勢と水野勢は、下弦の月が昇る頃から一晩かけて向山の地に縄張りの柵造りを行った。朝日の上がる時分には大高城に向かう柵に逆茂木も配置され、さらに堀も掘り始めていたという。
結局その間大高城は織田・水野勢の動きを睨むことしか出来ず、鳴海や笠寺などから援軍を出すことも叶わなかった。
「使者は待たせております。引見なされますか」
元政が尋ねると、
「……いや、よい」
少し思案して義元は答えた。
「そなたも下がってよい。ご苦労だった」
「は」
元政が居室から下がると、義元は凭れていた脇息から腕を離し、座禅を組み始めた。
姿勢が良い。背筋がピンと伸びている。
義元は普段鷹揚とした態度をとる。
元々は意識していたが、今や無意識のうちにそうなっている。太りだしてきた最近は脇息に体重を預けていることが多い。
しかし独りの時は僧侶時代に培った座禅の姿勢を取ることがままある。この方が落ち着き、頭を整理しやすい。
対策が必要だ。
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