第46話 出陣の報せ
鳴海城の東、およそ二里の位置には山口父子と共に織田から今川へ降った近藤景春が城主を務める
つまり鳴海・大高は、西の今川領土と東の橋頭堡をつなげる中継基地としての城であり、この両城が囲まれるということは、織田との膠着状態が続いている最前線が寸断されてしまうということだ。
(しかし、
地の利は織田方にあるといえるだろう。鳴海城と笠寺・星崎の間には天白川が流れ、大高城との間には海に続く黒末川が横たわっている。
今川の要所それぞれを川が分断する形となっているため、このように砦を造られると城同士が連携することが難しくなる。使者などの行き来が監視されるためだ。
逆に織田方はしっかりと砦の線が結びついているため、連動した攻撃や防御が可能だ。
(こうしてみると、笠寺や大高は遠い)
夕日の下に笠寺の城、そして目を西南へ向けると海の手前に大高城の一端が見える。どちらも川さえなければ左程時を有しない距離なのだ。
山に阻まれて見ることは出来ないが、大高城を囲む織田方の砦もかなり築造が進んでいると聞いている。
最初に造られた鷲津・丸根の砦は堀や
なぜなら駿遠からの船は南から来る。海の監視や妨害は定石といってもいいだろう。
(それにしても、この夏は雨が少なかった)
空梅雨のため、六月はじめには京都で盛大な雨乞いをやったという噂も聞いている。いずれにしても天候が織田に見方をしているようで、元信としてはあまり気分がいい話ではない。
(しかしさすがに夕方になると過ごしやすくなるな)
織田が砦を造りだしてからこっち、具足姿が普段着のようになっている。夏場は蒸れて具足の隙間から湯気が出そうなほどの時があった。
今も昼間は暑い時が多いが、さすがに具足が苦しいと思うほどではなくなった。
西に広がる伊勢湾の海が茜色に染まっていき、その向こうに見える鈴鹿山脈が影のように黒く見える。七月もそろそろ下旬(現在の九月初旬頃)になろうとしている。
明日も晴れそうだ。
元信が物見台を降り城内に入ると、それを待っていたかのようなタイミングで城門に駆けつけてきた者がある。
商人風のその男は、清須に放っていた密偵だった。
「申し上げます。清須より織田の軍勢およそ一千、熱田の方へ向け進軍しております」
「いつ出た」
「およそ一刻(二時間)前、
申の刻はこの時期なら現在の夕方四時近くとなる。何の前触れもなく清須城の城門が開いたかと思うと、長槍隊を先頭に軍勢が続々と城から出てきたという。
「どこへ向かっているかは分かるか」
「分かりません。申し訳ございません」
「そうか」
普段ならば出陣の時点で情報を得ていないのは職務怠慢だといわれるだろう。出陣前には農村への兵の徴集や家臣の城への伝達など何らかの前触れがある。
しかし元信は密偵を責めることが出来ない。近頃の織田にはそういう手配りが見られないからだ。
清須城内に武士ともいえないような無頼の
いったいあの連中は何の役に立つのかと常々思っていたが、と元信はやや苦々しい気分でいる。
「他の城には」
元信は他の城や砦にも使者が遣わされているかを聞いた。男は、
「笠寺、星崎、大高および沓懸には別の者が向かっております」
密偵は第一報ということで駆けつけてきた。後から別の密偵が続報を持って来る予定だという。
報告を聞き終えた信元は、すぐに城内全員での防戦準備を命じた。
足音やざわめき、怒声など様々な音が耳に響く。
(さて、どう出る。織田は)
近臣たちが信元の左右に並んで座る。信元は城内の喧騒を聞きながら用意された床几に座り、頭の鉢巻を固く締め直していた。
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