第42話 織田の砦、義元の見解
二人の会話をじっと聞いていた義元は、親永の言葉に一つ頷くと、
「鳴海大高の兵糧は大丈夫か」
朝比奈親徳に目を向ける。
「それなれば心配はいらぬことかと」
朝比奈親徳は小さく頭を下げ、広間の片隅に控えている庵原元政に目を向けると、
「そうであるな」
声のボリュームを上げて同意を求めた。
「はい。このあたりは米の取れ高も多く、当面は心配ござりませぬ。ただ、この秋の収穫は、先ほども申し上げました通り、笠寺・星崎から年貢を取ること出来ましょうが、鳴海・大高は回収すること難しいと思われます」
元政は答えた。
砦を造るメリットの一つとして、城と周辺の村落を分断するという機能がある。当然信長はそのことも計算して砦の場所を選定しているし、今川家の重臣たちも分かっている。
「鳴海・大高の兵糧はいつまで持つと思われる」
「笠寺、星崎の砦などの蓄えもありますゆえ今年いっぱいは問題ないとのことです。ただ来年春や夏までとなると、何らかの倹約が必要ということです」
想定内の質問だったのだろう。親徳の問いに元政はスラリと答えた。
元政の返答を聞いた親徳は、袂から扇子を出すと絵図に向け、
「そう、もしもの場合にしても、鳴海城はこの黒末川と天白川の合流点にあり、満ち潮になると城のすぐ下が海になり申す。海上からの輸送が容易ということです。また大高城は浅瀬にありますが、補給を遮断されるということはないでしょう」
扇子で鳴海城、大高城を指しながら言った。
「確か織田は、あまり船を持っていないようだったな」
義元の問いに親徳は、
「ええ、人や物の輸送は専ら商人の船で、織田家自体が持っているのはせいぜい小舟程度と聞いております。まずもって、海上から鳴海大高の両城を封鎖することは不可能かと」
「そうか」
親徳の言葉に義元は頷いた。
(確かに、村木の砦で戦ったときも、奴らは熱田の商人の舟で来たのだったな)
義元は五年前の織田との戦いを思い出した。
(それにしても織田の意図は分かりにくい)
義元は織田の砦つくりの最大の目的は挑発ではないかと推測している。
具体的にはこちらの軍を呼びこもうとしているのではないかと考えている。そうでないと理解できない。
確かに織田が造っている砦は、鳴海・大高両城の動きを封鎖するほどではなく、見張りという役目くらいしか果たせないように思える。
大体鳴海・大高両城を封鎖するなら海上のことも考えなければならない。しかしほとんどの砦は山側にあり、河口にある中島も鳴海城に近づく舟を妨害することはできないだろう。
しかし五つの砦は鳴海城に通じる鎌倉往還と東海道、大高城に通じる大高道沿いに配置されている。つまりは三河から鳴海・大高に通じる街道に備えるように砦が造られている。
だが、だからといって今川家の軍勢で立ち向かえば砦の突破は造作もないだろう。このことは織田の大将である信長もよく分かっているはずだ。それだけに、信長の意図が推測できない。
やはり、街道沿いに造られているところからみても、この砦は我が方を呼び込む挑発なのではないか。
しかし、評定で意見が出たように、今いくら頭を働かせても、信長が実際に何をしようとしているのかは判断がつくはずもなく、やはりしばらくは織田の動きを見ているしかあるまい。
「よし、この辺で大体よかろう。庵原、口上を考えるゆえ祐筆を連れてまいれ」
義元は区切りを付けるように声を上げた。廊下側の片隅にいた庵原元政は素早く一礼すると、すぐに引き戸を開けて廊下へと消えていった。
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