第24話 信長と斉藤道三 国譲りの噂

 この話には、続きがある。

 会見後、斎藤利政と信長はお互いを助け合う協力関係を築くようになった。

 例えば一方に戦いがあったとき、もう一方が加勢を出すということが度々あった。

 これは利政が家督を嫡男義龍に譲り、自身は剃髪、名を道三と改めた後も続いた。

 信長は岳父である道三を完全に信頼していたようで、出陣の際、城の留守居を美濃勢に依頼したりしている。

 もし道三に城を掠め取られたとしても、この時代、むしろ世間は信長が愚かだったと言うだろう。しかし、道三も信長の信頼に応え、そのような素振りをすることがなかった。

 このような情報も駿府の義元を瞠目させるに十分であったが、さらに義元が驚いたことがある。

 道三はその死に際、美濃一国の譲り状を信長に送っていたという。


 前述のとおり、道三は家督を嫡男義龍に譲った。しかし道三は義龍よりも次男孫四郎、三男喜平次を溺愛した。

 それだけならまだしも、道三は喜平次に一色氏の姓と官途を名乗らせた。一色氏は将軍足利家の支族であり、幕府の特権階級である四職ししき(一色氏、赤松氏、京極氏、山名氏)の筆頭となる家だった。道三が元々仕えていた土岐氏にも血の繋がりがあった。

 義龍は危機を感じた。自分より高い位を弟に与えるということは、近い将来自分は廃嫡され、喜平次が後継になるのではないか、と。

 義龍は行動を起こした。体の具合が良くないと言い、そのうち床に臥せ自室から出なくなった。

 斎藤家の居城である稲葉山城(金華山城)は標高三二九mの金華山山上にある。

 道三が麓となる井ノ口の私邸に行った時、この機を逃すなと義龍は、家臣に命じて二人の弟を呼び寄せた。

「もう命は長くない。会って二人に伝えたいことがある」

 義龍の病床に入った二人は、義龍の目の前で、家臣によって切り殺された。

 義龍は偽りの床から起き上がり、父道三を討つための兵を挙げた。弘治元年(一五五五)十一月二十二日と記録されている。

 知らせを聞いた道三はすぐに手元の兵を集め、私邸のある井ノ口周辺を放火して回り、二十㎞弱北にある大桑おおが城に身を隠した。

 何の準備もない彼に出来たのはその位しかなかった。

 そして翌年四月二十日、道三と義龍は激突した。

 信長も援軍として道三の元へ進軍している。しかし信長は義龍軍の抵抗に阻まれ、道三を救うことが出来なかった。二日後の二十二日、斉藤道三は長良川畔において、壮絶な最後を遂げた。

 その戦いの前日、道三は信長宛の遺書を送った。『美濃一国を譲る』という内容だったという。


 その報告を聞いたとき、義元は最初意味が分からなかった。

(あの男が、血も繋がらぬ娘婿に美濃を譲るというのか)

 本当か、と疑った。

 確かに道三は、嫡男義龍が本当に自分の子供であるのか疑っていると聞いたことがある。

 義龍の母は元々道三が仕えていた土岐頼芸よりよしの愛妾だった。道三が頼芸から貰い受け、すぐに彼女は懐妊した。道三は当初から「早すぎる」と思っていたらしい。頼芸の種ではないかということだ。

 義龍も『本当の父は道三が追い落とした土岐頼芸ではないか』という思いを持っていたらしい。

(しかし、だからといってあの男あの男に美濃を譲るということにはなるまい)

 道三には義龍や殺された次男、三男の他にも子供がいる。そのうち二人は僧籍に入っているが、この時代、いつでも還俗することが出来る。現に義元自身がそうだった。彼には僧侶の時代があった。

 義元は、美濃の譲り状は信長が流した噂ではないか、とも思った。

 しかし、そのような書状があろうが無かろうが信長は美濃を攻めるだろうし、そんな大義名分を欲しがるだろうか、とも思う。

 道三最後の戦いの時、信長は救援のために自ら軍勢を率い駆けつけた。しかし義龍軍に阻まれ、間に合うことが出来なかった。

 また、信長は美濃から逃れてきた道三の末子新五を引き取っている。清須に来たときはまだ前髪が取れていなかった新五を元服げんぷくさせ、名も長竜ながたつに改めた。

 このことだけを見ても、信長は道三のために労を惜しまなかったことが想像できる。

(これは、道三から譲り状を受け取ったからか)

 末子を逃し、信長に託すためにそのような書状を書いたとも思われる。

 義元はそこまで考え、いや、違うな、と思い直した。

 例え書状があったとしても、信長が道三を信用していなければ斎藤の末子など取り立てなかっただろうし、逆にそんな書状がなくても信長は、道三に厚意を尽くしていたのかもしれない。

 いずれにしても道三と信長は、血の繋がった親子以上の信頼関係を持っていたように思えるし、だからこそ出てきた噂なのかもしてない。

 ――道三の認めた男か。

 義元は、信長という人物を簡単には評価できないと考えるようになった。

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