第23話 信長と斎藤道三 正徳寺の会見
三間半の長柄槍が五百本、弓・鉄炮五百挺、御伴衆七、八百という大行列が利政たちのいる小屋の前を延々と通り過ぎていく。
利政は、息を呑んだ。
(あの槍は我が方よりも数段長いのではないか。しかもあの種子島の数)
当時鉄炮はまだ高価な物であり、有力な家であってもまだこれだけの数を揃えている軍はないはずだった。
(話には聞いていたが、ここまで仕立て上げていたのか)
利政は息を詰めて信長が見えるのを待った。
行列の中程、赤で統一された御供衆と思われる鎧武者の一団が現れたとき、その中央に信長らしき男を見つけた。
すぐに分かった。やはり噂通りだ。
萌黄色の平打紐(平たい組み紐)で巻き立てた茶筅髷。湯帷子は片袖を外し、あらわになった腕には太い麻縄が巻きつけられている。腰には金銀で飾った大刀と脇差、どちらも長い柄にぐるぐると
そんな男が整然と隊をなす武者達の中央で、平然と馬に乗って進んでいる。
利政は行列の見事さと信長の姿のギャップに目を見張った。
正徳寺に着いた信長は、少数の小姓だけを控え部屋に入れた。部屋を出たとき、周囲で待機していた信長の家臣たちは皆一様に息を飲んだ。
このとき信長は、生まれて初めて
折目正しい正装だった。
肩衣姿の美濃侍たちが平伏している廊下を、信長は歩く。
威圧されていたのは寧ろ美濃の家臣たちだった。長袴の信長が歩く衣擦れの音だけが廊下中にこだました。
信長が廊下から御堂の縁側に移る時、そばに控えていた利政の重臣春日丹後が
「早くおいでなされ」
とせかした。同じく重臣の堀田道空も睨むように信長を見ている。
が、信長はそ知らぬ顔で二人を含む美濃衆の前を抜けると、柱の前で止まり、腰を降ろしながら柱にもたれかかった。
じっと見つめている美濃の家臣たちには目も向けず、信長は立て膝ついて庭を見ている。
しばらく間。
屏風の後ろにある襖が開く音がし、斎藤利政が現れた。
事前に信長の姿を見、利政は自分も平服でいいだろうとタカをくくっていたところ、信長が正装だったため、あわてて正装の
利政、いつになく落ち着きのない表情だったが、柱にもたれかかる信長を見ると、途端にむっつりとした普段の顔になった。
信長は利政に顔を向けない。利政もそ知らぬ顔で上座の席に向かい、端座した。
「三郎殿、斎藤山城守でござる」
堪りかねた堀田道空が声をかける。
庭を見ていた信長は、その目を道空に向けると、
「デアルカ」
と答え、ゆっくりと立ち上がり、敷居のうちに入った。
下座に座った信長は、両袖をたくし上げると、形式どおりに挨拶を述べた。
「うむ、儂も会えてうれしい。帰蝶は元気か」
利政は言った。
「はっ」
とのみ信長は答えた。そして双方無言となった。
対面はほぼ無言のまま湯漬けを食べ、盃を交わし、何事もなく終わった。双方無駄な言葉はない。
利政は何事もないような平然とした顔で
「また、やがて会おうぞ」
とあいさつを述べ、先に席を立った。
しかし、帰りは利政自身が信長を二十町ほど(一・五~二㎞)見送った。
このとき、美濃と尾張の軍勢を同列に見ることが出来たが、町外れのあばら屋で感じた通り、美濃勢の槍は織田に比べ明らかに短い。利政にとっては不機嫌極まりないことだった。
帰途、利政の顔は優れない。
(疲れた)
と思っている。戦いの後にもめったに感じたことのない疲れだった。
途中、
「やはり上総介殿は、評判通りのたわけでござりましたな」
と言った。彼としてはあまりに難しい顔をしている利政が気になり、ちょっとくだけた話しをしようとしただけかもしれない。
しかし利政は兵介に顔を向け、
――ほう、
と声を上げると、
「されば無念なことだ。我が子らは皆、あのたわけ殿の門前に馬を繋ぐことになるだろうよ」
つまりは家来になる、ということだ。言外に、お前には見抜けなかったのか、あの男の資質を、という意が込められている。
兵介は絶句した。
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