第17話 鳴海城始末

「止めを刺す」

 信長は柴田勝家の報告に大きく頷き、言った。

「権六(勝家の通称)、岩倉を囲み、敵がを上げるまで揺さぶりをかけよ」

「はっ」

 信長の命に柴田勝家は腹の底から声を出した。

 信長が軍議や事前の相談などなく、自らの考えだけで命令を出すということには慣れている。林秀貞はあまりいいようには思っていないが、勝家は信長の決断力にいつしか信頼を置くようになっていた。

 信長は勝家の平伏する姿を見ると、ついと立ち上がった。

「殿、他にご指示はありませぬか」

 林秀貞が信長に顔を向けて尋ねた。

「ない」

 信長は歩き出し、そのまま評定の間を出た。

簗田やなだはいるか」

 信長は廊下の傍らで控えている小姓頭の岩室いわむろ重休しげやすに顔を向けた。

「待たせております」

「どこか」

「は」

 重休は立ち上がり、信長を先導して歩き出した。

「こちらです」

 重休は部屋の板戸を手で示すと、腰を落とし自ら板戸を開けた。

 信長が中に入ると、簗田政綱が平伏して待っていた。信長はその姿を確認すると上座に腰を下ろした。

「つつがなくご上洛……」

 政綱が祝いを述べようとすると、

「よい。どうだった」

 信長は政綱の言葉を制し、報告を促した。

「は、ではまず鳴海城ですが」

 政綱は少し頭を上げ、信長に視線を向ける。

 簗田政綱は、清須城に近い九之坪くのつぼ城(現北名古屋市)の城主。これまで武功というよりも調略や策略で出世してきた。

 元々は尾張守護である斯波しば氏の家臣だったが、若衆や家老たちを懐柔して信長に内通。当時は斯波義銀よしかねの居城だった清須城に織田勢を引き入れ、周囲の町を焼き払って裸城にした。この乗っ取り計画は成就しなかったが、彼は織田の家臣となることができた。

 この時期、政綱は主に諜報活動などで信長に仕えている。

「城主には岡部五郎兵衛ごろうひょうえ(元信)が就きました。山口親子の誅殺が岡部、三浦に伝えられると、二人はすぐに鳴海や笠寺にいる山口の家臣を鳴海城に集め、このことを伝えたそうです」

 信長は脇息に肘を掛け、黙って聞いている。

「家臣共の驚きは大きかったようですが、岡部、三浦の元、全員が安堵されると聞くと、誰も異を唱えず、今現在これといった悶着もありません」

 政綱はここで一息ついた。信長は眉一つ動かさない。政綱は続けた。

「なお、山口親子の妻子一族は川向うの戸部城に押し込められ、鳴海城からは見えない近くの河原で磔になったとのこと。今は岡部が城主として鳴海に詰めております」

「大高、沓掛はどうか」

「はい、大高の城主水野大膳だいぜん(吉守)は山口親子との結託を疑われ、現在詮議にかけられております」

「ほう」

 はじめて信長の眉が動いた。

「続けよ」

「はい。大高には三浦左馬助さまのすけ(義就)が入城し、直に吟味しているとのこと。仔細は分かりませんが、漏れ伝わるところでは、かなり厳しく問い詰められているようです。噂では、良くて追放、もしかすると命を奪われるのではないかということです」

「沓掛は」

「沓掛は、今のところ動きはありません。なんでも城主の近藤九十郎(景春)は、山口親子の誅殺を聞くと、すぐに笠寺、鳴海などの主だった人物にまいないを添えて釈明状を送ったとか。そのような噂がございます」

「詮議は受けていないということか」

「そうでございます」

 うむ、と信長は少し考える素振りを見せたが、すぐにまた問いかけた。

「水野に動きはないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る