第15話 山口父子、謀殺

 使者口上の翌日から、山口父子は駿府への伺候準備に忙殺された。

 使者は挨拶だけの身軽な形でよいと口上していたが、それはそれで難しい。

 三浦義就や岡部元信にも相談した結果、とにかく早く駿府に着くに越したことはないだろうとの理由で、最低限の随行と献上品で行くことになった。

 三日後、山口父子は出立した。留守を預かるということで、鳴海城には岡部元信が残り、三浦義就はすでに笠寺に戻っていた。

 馬上、教継は不機嫌だった。というよりも、ずっと考え事をしているようだった。実は、使者の口上を聞いた時から教継はずっと嫌な予感を持ち続けている。

 一日目、吉田城。二日目、曳馬城と、宿のため訪問するたびに歓待された。

 しかし、今川の将兵が親切であればあるほど彼の不安感は増大していった。彼の頭の中には一昨年に起こった戸部政直の事件がある。

 弘治三年(一五五七)、戸部政直は突然駿府に呼び出され、二度と戻ってくることはなかった。

 後に、粛清されたと聞いた。織田信長へ密書を送り、謀反を企てたという。

(本当のことか)

 最初にその話を聞いたとき、教継はいぶかしんだ。殺されたのは事実だろう。不審なのは戸部が裏切ったということだ。

 まさか、ありえない、と思った。

(妹婿といえども、容赦なしか)

 とも思った。

 いや、娘といっても血がつながっているかどうかは分からない。家臣の娘を養女とし、調略などのために嫁がせるのは当時の常套手段といえる。いずれにしても事の真相は、教継のもとに全く伝わってこない。

(要するに、我らは外様なのだ)

 山口教継は、今でも戸部は無実だと思っている。

 密書は信長自身が捏造したものであり、今川義元はまんまとその手に乗ってしまった。

 これは戸部政直が殺されてから日時も経たぬ間に噂となったことだが、教継は、義元が事実を分かっていて断を下したのではないかと疑っている。

 そして今、彼ら自身が駿府への道を歩んでいる。

 

 駿府の入口といえる安倍川を越えると、山口父子は鎧姿の今川勢に迎え入れられた。

 義元は、近くの寺で会うという。

 武装の集団に連れて行かれたのは、河原に程近い寺の別院。中に入ると、大小を預けられ、しばらく一室で待つように命じられた。

 親子はそれぞれ二人ずつの小姓によって当時の礼服である素襖すおう姿に着替え、頭には烏帽子えぼしを着装した。床の板敷きは足元から凍てつくような冷たさだが、一言も会話を交わさず並んで待った。

 やがて、槍を正面に向けた鎧武者が次々と入ってきた。教継の顔は強張り、教吉は目をキョロキョロとさせている。

 鎧姿が部屋をぐるりと囲むと、中の一人、頭とみられる男が口を開いた。

「貴殿らは織田上総かずさ(信長)への密通を企てたとして、既に処分が決まっております」

 押し殺したような声だった。

(やはり、)

 教継は即座に思った。

「ま、まさか」

 教吉の声は上擦っていた。

「やれ」

 男が言うと、武者たちは槍先を揃えて一歩教継たちに近づいた。

 と、突然、

「はっはっはは」

 教継が腹の底からの声で笑い出した。

「今川家でいうところの馳走とは、こういうことなのですな」

 彼も知謀体力共に優れているひとかどの戦国武将といわれている。くわっと槍を構える武者たちを睨み据え、

「これで分かり申した。戸部殿はやはり無実であったのですな」

「やれ」

 教継の言葉を遮るように男はもう一度言った。

 教継の気迫に気圧されたようになった武者たちは、目が覚めたように槍を持ち直した。


 その報告を今川義元は黙って聞いていた。深夜も遅い時刻だが、眠気は全くない。

 山口教継父子らはこれといった抵抗もなく討ち取られたという。お付きの者も全員討ち果たされ、主要な者は首を首桶に入れた。こちらに死者はなく、手負いもなかった。

「首を御覧になりますか」

 正面で平伏している庵原元政が、少し頭を上げて言った。

「いや、よい」

「はっ」

「後は任せる」

「はっ、承知しました」

 元政は再び頭を床につけた。

(さて、尾張の若造の思惑おもわくどおりにしてやったが、奴はどう出るか)

 庵原元政が部屋を出た後も、義元はしばし座ったまま、立ち上がることをしなかった。

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