第11話 再び、京へ

 生野銀山は十七年前の天文十一年(一五四二)、但馬国の戦国大名山名やまな祐豊すけとよによって本格的な採掘が始まった。石見から灰吹法の技術者も移住したという。

 この時期、採掘とともに坑道の拡大が続けられている。余談となるが、八年後の永禄十年(一五六七)、生野銀山で日本最大級の鉱脈が発見され、信長の権勢に大いに役立つことになる。

「南蛮人は明で白糸(生糸)や絹物、陶磁器、それに火薬や硝石なんかを安く仕入れて日本で高く売り、今度はその儲けで銀をたらふく積み込むそうな。いや商売人ですわ」

 この時代、南蛮人と呼ばれているポルトガル人は、中国の品々を日本に輸出し、日本の銀を輸入する仲介貿易で大利を得ていた。

 日本で得た銀は中国や東南アジアで交易に使った。中国では世界的にも大量な銀が集まっていたという。インドでは主に胡椒などの香辛料を取引した。そしてポルトガルは自国に持ち帰り、銀製品や硬貨などに使われたという。

「日本の銀は良質やから、どこでも高い値段で取引されるらしいですな。これは噂ですが、なんでも南蛮や明では銅から銀を取り出す技術もあるそうです。そういえば明とのあの貿易、銅の値段が結構高く取引されてたんですわ。向こうにすればそれでも全然安い買物かいもんやったんちゃうかな」

 事実とされている。後に南蛮吹と呼ばれる技術で、日本には豊臣秀吉の政権時に伝承された。

 信長は笑顔や驚きなど、普段見せたことのない豊かな表情で話の中に入っていた。

 酒もいつも以上に飲んでいる。

 しかし、意識の奥底では、

(この地や奴ら商人たちを牛耳る者が天下を統べることとなるのだろう。それは俺でありたい)

 と静かで冷たい炎が灯されていた。


 翌朝、信長は今井宗久の屋敷内で鉄炮、火薬の買値に関して宗久と簡単な交渉をし、あとは家臣に任せて堺を後にした。

 雨が降っている。しかし信長一行はここでも馬を乗り継ぎ、まっしぐらに京を目指した。フランシスコ・ザビエルは堺から京までの行程を二日間と記録している。しかし翌日の朝には京の街並みが見えてきた。

 京に入ってもまだ雨は続いている。

 信長は上京裏築地町の宿舎に入り、京に待機していた村井貞勝を呼んだ。

「どうか」

「は、抜かりなく事は進めました」

「そうか」

 村井貞勝は平時の政務ができる織田家でも数少ない人材だ。今回の上洛では全体の事務管理とともに、幕府の重臣や三好長慶側の主だった人物、公家や貴人などに挨拶や贈り物をし、よしみを通じておくことにあった。

 またその中で様々な情報を入手しておくのも大事な任務だった。

 貞勝は成果の要点を簡単に述べ、得た情報を簡潔に報告した。。

 一つは、将軍義輝と三好長慶の和平の証として、新しい将軍御所を建造するという話があり、実現の方向だという。

 次に、長慶の嫡子孫次郎は今回将軍へお目通りをせず、次の上洛時に拝謁することになった。段階的に孫次郎を披露することで、正式な三好家の家督相続者として知らしめる意味合いがあるという。

 また、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)が、近々上洛してくるという。

 そして、

「美濃斎藤に関してですが、やはり近々上洛を図る予定です。今京にいる美濃衆もその事前準備が主な任務ではないでしょうか」

「うむ」

 やはりか、と信長は思った。将軍拝謁の後、美濃の本当の目的は上洛準備なのかもしれないと思い、奈良に立つ前、貞勝に調査を指示していた。

「それと、殿が不在の間に尾張から急報がありました。行き違いになってはと思い、ここにて留め置きました。これです」

 一通の書状を信長の前に出した。信長はそれを手に取り、黙って字を追った。

 読み終えると、

「聞いたか」

 使者から内容を聞いたか、と言っている。

「は、読んではおりませぬが」

「うむ」

 貞勝は大まかな内容を聞いて、猶予を争うというほどのものではないと判断したのだろう。それは正しい、と信長は思った。

「わかった。一刻(約二時間)ほど後に出発する。所々に知らせよ」

 信長は立ち上がり、そのまま寝所へ向かった。

 すぐに京を出立し、できるだけ早く尾張に戻ろうと思っている。そのため半刻(約一時間)ほど仮眠をとっておくつもりだった。

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