第4話 信長の推理

「調べましたところ、主な討ち手は六人いるようです」

 兵蔵は一人一人の名前を上げた。信長は聞くともなく聞いている。

――多分、斎藤義龍からの指令は、京での俺たち織田勢の動きの把握と、将軍義輝や実質京を支配している三好長慶、そして上洛が噂されている武将たちの情報を集めることだろう。

 信長はそう考えている。

 まず、団体で来たということがおかしい。

 もし暗殺が目的なら、固まって京に来ることはないし、同じ舟になどまず乗らないだろう。宿泊場所にしてもそうだ。三十人もの人数が一つ所に固まっているなど考えられない。

 実際、目の前の兵蔵のような男に怪しまれ、つけられているのだ。

 次に、こどもが暗殺しに来たと言ったことも怪しい。

 こどもが喋ったこと自体は事実だろう。しかし暗殺が本気なら、こどもに本当の目的は言わない。何も喋らないか、別の目的を教えるだろう。信長を殺しに行くぞ、と誰かが言ったのを真に受けている、というところではないか。

 将軍の許可を得て鉄炮で撃つと会話していることもそうだ。

 まさか奴らは今から将軍の許可を得るなどということが、本当に可能だとは思ってもいないだろう。いくら本覚寺の住職が身内とはいえ、美濃のそんな申し出に、将軍が一つ返事で許可を出すわけがない。

 つまりこれも一種の軽口のようなものだ、と信長は思っている。

 だからこそ兵蔵はその会話を聞くことができたし、無傷でこの場にいるともいえる。

――多分奴らは『今なら信長を殺せる』と言い合っているのだろう。気分が高揚して本来の任務を取り違えている。

 そのため自分たちの周りの警戒が、おろそかになっているのだろう。

 信長には一つの思い付きがあった。いたずら心といえるかもしれない。

「さきほどこの男が上げた名前の中に、知った名はあるか」

 信長が横に控える金森、蜂屋に顔を向けると、

「おります」

 端座していた金森長近が頭を下げて答えた。

「では五郎八(長近の通称)、夜が明ければこの者を連れ、美濃衆の宿に行って参れ」

「承知っ」

 再度長近が頭を下げる。

 信長はその後、相手の出方によっての対応策を三人に話した。夜の闇はすべてを覆い隠すように深まっている。


 夜明け近く、金森長近は配下を引き連れ、丹羽兵蔵の案内で美濃衆の宿舎に向かった。

 前述の通り二条蛸薬師には信長が将軍謁見のために向かう将軍義輝の仮御所本覚寺がある。一行は寺院を横目に見ながら静かに歩を進める。

「ここでございます」

 長近の隣にいた兵蔵は門にある傷を指差しながら小声で言った。

「……」

 長近も無言で頷いた。

 顔は正面のまま右手の手の平を後ろに向け、付いて来ている部下たちに待機するよう指示をし、長近は門の戸を開けた。

(なるほど)

 信長が示唆していた通り見張りは一人も見当たらず、警戒の様子が全くない。

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