第11話 治世と乱世
「君のいとこは・・・幕末に生まれたら世の中を動かす人間になっただろうね」
ケンさんより二歳年下の妻は、社会科の先生からそう言われたという。子供の頃は近所に住んでいて、小中と同じだったそうだ。妻にはさらに弟がいるが、弟の時にはその先生は転勤してしまっていた。だが先生は、妻が女の子だからそういったのかもしれない、同じ男だったら、きっとこんなことは言わなかっただろう。
何故なら、それはもはや子供に対してではなく、男としての最大級に近い賛辞であるからだ。社会科の先生という歴史を楽しみとして学ぶ人は、幕末にしろ他の時代にしろ、世に出てくる人間は幼いころから「伝説を作る」ことを知っている。
「君は治世の能臣、乱世の奸雄」
と占い師に言われた若き曹操は
「それもいい」
と 笑ったと伝えられている。三国志の英雄はやがて魏の王となった、日本では卑弥呼の時代である。
また幕末は、鎖国開けの国内で血が流れた時代、多くの魅力的な人物が現れた。
戦国とともに、その血が呼ぶのか、人の心を掴み続けている。
ケンさんは成績優秀だった、だがもちろんそれだけではない。
社会科の先生が「幕末」と言ったのは、格闘の力もあったからだ。だから幕末の志士の中に入れても引けを取らないと思ったのだろう。では喧嘩三昧だったか、というとそうではない。空手教室に数年通い、その後は自己トレーニングだったらしい。
そして在学中、妻の中学と、隣の中学同士で喧嘩があった。妻は一年生で、ケンさんは三年生、その日、いかにもという格好の中学生がぞろぞろと敷地に入って来て、怖かったそうだ。案の定乱闘騒ぎが起こった。
ケンさんは風紀委員長だった。先生達から力を見込まれてのことである。
だが、その喧嘩にケンさんは一切関わりを持たなかった。
小規模の小競り合いは特に重症者もなく、短時間で終わったが、もちろん風紀委員としてケンさんは呼び出された。
「お前、事前にやつらが来ることを知っていたんじゃないのか? 」
「知りません」
これはケンさん本人から聞いたことだから確実とは思う。実はこの喧嘩の日取りは前もって知らされており(戦国の戦のようだ)腕のたつケンさんは「加勢してくれ」と普段は取り締まる側から懇願されたそうだ。しかし事前に断っていた。
「どうして止めに入らなかった? 」先生の言葉に
「どうせ子供の喧嘩でしょ。大したこともなく終わった。俺が出ていったら、結構な数のけが人がでる、そっちの方がまずいでしょ?」
先生達はその言葉で黙ってしまい、他の生徒会の人間は正直に話したため、廊下での正座という古典的なことをやらされたそうだ。ケンさんはそれを逃れた。
「すごいですね」
「二十歳過ぎたらただの人だよ」
以前、彼は私の前笑ったが、彼が妻から社会科の先生の言葉を聞いた後、言ったセリフについての質問は喉の奥からは出てこなかった。
「俺は今の時代だって名を残すよ」
これは少々若気の至りに聞こえたためもある。
社会科の先生は今をどう思っているのか知らないが、「乱世」か「平和」かどちらかであると断言できる人間は少ないはずだ。
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