第10話 緊張


「家族に会ってくださるとは思わなかったわ」


「三毛様も覚えていてくれたんだな、それはこの子に会ってみたいだろう、おまえが母親になったってことを喜んでくださっている証拠だ」


「そうね、あの頃は母親になれるとも思っていなかった。公園のベンチで会ったのが最初だったんだけれど、三毛様って気が付かなかったの」


「男か女かの区別がつかなかったって言っていたもんな、おい、どうした? 車に酔ったのか? 」


息子は昨日の夜とは打って変って、借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。


「三毛様に会える! 僕三毛様に会えるんだよね!! 」

「でも・・・悪いけど、お友達には内緒よ」

「うん! 僕たちだけの、おじいちゃんとおばあちゃんだけの秘密なんだよね」

とにかく興奮気味で、夜も寝るのが遅くなっていた。そのせいなのかもしれないが、


「お父さん、緊張しないの・・・だって三毛様だよ、世界でも有名なんだよ」


「あ! お父さんも世界的に有名な人、じゃなかった猫に会うの初めてだった! 」

子供の方が、こういうことには敏感なのかもしれない。私たちは会う日の二日前から妻の実家に泊まることにした。しかし家に着くと、息子はいつもの元気になった。



「お母さんが三毛様のところの猫人だったから、おじいちゃんもおばあちゃんもあんまり話してくれなかったの? 」

息子は祖父母に尋ねたが、

「私たちは、猫人だけど、お前のお父さんと一緒で、ほとんど猫様のところで仕事をしたことがない。田舎でお屋敷からちょっと離れているからね。お母さんはバスで行っていたよ、一時間くらいかかるけどね」

犬人、猫人の場合は、こういう人も多い。

「お前が三毛様のところに行っていたからかしら、後で生まれた身内がほとんど猫人なのよね」

「そうなんですか、自然が豊かなところなのに」

「自然だからこそ、私たちの力はいらないのかもしれないな」


子供には難しい話になったので、義父は息子と一緒に虫取りに出かけた。


「本当によかったわ、お前が三毛様のところに行くたびに元気になって。

小さな町だから、子供の人間関係がこじれると、大変だったものね」

義母はしみじみと話し始めた。親に心配はかけたくない、との幼い妻の心は、やがて極端に孤独となり、一番行ってはいけない方向へと歩き始めていた。


「思いつめすぎていたのね、気にしすぎていたわ。今考えると、深刻にとらえすぎていたのかもしれない。時は過ぎていくのに、ずっと子供のままでもないのに」


「その頃は、そんな風には思えないさ、子供は世界が狭いから。それを三毛様が広げてくれたわけか」


「ええ、本当に。感謝しても、お礼を言っても言い尽くせないわ。あの子が生まれた時、お手紙を書いたら、返事を下さった。それも大事にとってあるの」

手紙は、人間が書く場合も、コンピューターが音声認識をしながら作成する場合もある。


懐かしい話しであったが、その途中、私はふと気にかかった事があった。


「ケンさんって、あの優秀な方でしょ? 」


「ええ、今人間をどの動物の係にするかと言う仕事をやっているらしいのよ・・・ああ、これはあんまり言わないでね、ケン君が言うには「この仕事が出来ているのは三毛様と繋がりが出来たからだ」って言ってくれているのよ。そう、あの子が聞いてなくて良かった」


孫が不在であることに安堵した義母を見ながら、私は男の嫉妬なのか、敗北感なのか、二度しか会ったことのない妻の従兄弟に、心の中が徐々に荒れていくのを感じた。


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