第1章 希望と絶望
第1話 僕は、人殺しです。
あいつが死ねば良いのに
冗談であっても二人に一人くらいは、
考えたことがあるだろう。
もちろん僕もその中の一人だ、
そして、そのせいで大切なものを失った。
けれど、罰を受けることすらなかった。
むしろ、同情され慰められてばかりの人生だ。
死ねば良いのにと考えただけで
その人を殺したと言えば信じる人はいるのだろうか。カウンセラーに絵を書かされるだろう。僕がそうであったように。
僕は病院の廊下でそんな事を考えていた。病室の前に突っ立ったままドアに手をかけることすらせずに。いつもこの病室に入るのは、一定量の勇気がいる。引き返し家に帰ることはないが、突っ立って看護師に声をかけられることは多々あった。僕は迷惑をかけてはならないと深呼吸をし、病室に足を踏み入れた。
「起きてるか?いつまで寝てんだよ。空」
いくら時間が経っても返事はなく、声が一人寂しく反響する。僕は、ベッドで眠っている空へ目を向ける。いくつものチューブに繋がれ空は、生かされている。目を瞑りたくなるほどの現実が、目の前に存在していた。僕は、それを見てため息以上の何かが、腹の奥底から出てこようとするのをいつものように必死で飲み込んだ。口の中が苦くなるのは、いつもの事だ。
僕は、彼女を見ていつも通りモニターに映る数値を確認し、一定のリズムでなる機械音を聞き、少しの安堵を得てベッドの横にある椅子に座り、彼女の顔を見る。彼女は、1日徹夜をした後シャワーも浴びずに、熟睡したような顔をして眠っていた。顔色も良く、今にも目を擦りながら起きて笑う彼女が目に浮かぶ。そう考えて10年が経った。
その寝顔を見て、僕は、声に出さないよう心の中で悪態を吐いた。目を覚まさないのが僕であったら、どんなに良かっただろうか。悲しむ人は少なく済んで、泣いてくれる人は、きっと父と空くらいだ。でも、泣くのは僕だった。馬鹿で愚鈍な自分勝手すぎる考えに、嫌気がさす。けれど、その悪態が止まることはなかった。
きっと、彼女に怒られてしまう。
だから僕は、深呼吸をしその悪態を心の奥底に押し込むように飲み込んだ。それから、彼女に映画を見たことや教え子が起こした面白いハプニング、自分が面白い楽しいと感じた出来事を彼女に話しかけた。
そうすれば「ズルイ」と言って、飛び起きてくれるのではないかと、僕は今でも彼女に期待しているからだ。それを5年間続けている。歳を重ねるたび、楽しいことが起きる度、嬉しいことが起きる度、幸せだと感じる度、いつもあの日の出来事が、不幸であれと僕に叫び続ける。でも、僕はそれが辛く苦しいものでも、居心地がいいと感じてしまっている。それも、自分が嫌になる一端だ。こうなってしまうと、呼吸をしているだけで、文句を言いたくなってしまう。
けれど、僕の罪を誰も信じてくれなかった。
15年前の夏、考えるだけで人を殺した罪を。
そんなことを言う姿は、側から見れば厨二病だ。けれど、事実として15年前の夏に僕の父親とその父の友人は死に、彼女は今もなお生死を彷徨っている。僕は、彼女が楽しめるはずであった日々を全て奪い取って生きている。誰に自分がやったと伝えても、信じてくれる人はいなかった。むしろ、周りの人達は、同情し不幸な事故だった、自分を責める必要なんてないんだよと優しく僕を慰めた。それでも、僕は僕がやったとしか思えない。そう思う癖に、その罪を償うことすらせずにただ漠然と日々を生きていた。こんな僕に、生きる価値などないと思った。それでも、生きているのは僕が醜いからに他ならなかった。
考えただけで人を殺せるならば @mohoumono
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