番外編 幸穂が『彼』に再開するまで
あの日、彼がいなくなった後も、当たり前のように時間は流れ、過ぎていく。まるで、最初から何もなかったかのように。大事な人を失ってしまった喪失感に苦しさを感じていたが、それと同じくらい、彼から貰ったものを大事にしたいと思っていた。
このまま、泣いて、悲観して、自分の殻に閉じこもることなんてしたくないと、自分自身と闘っていた。だって、私を救い出してくれたのは、彼だ。
彼の為にも、私は前を向いて歩いていくと決めた。
「幸穂。...最近、元気ないね。何かあったの」
心配そうに私の顔を覗き込みながら、友だちが言う。自分では、いつもどおりに過ごしていたつもりだったが、彼女にはばれてしまっていたようだ。
「...うん。ちょっとね。...でも、もう大丈夫だよ」
私がにこりと笑うと、「そうやって、すぐ無理するんだから...」と言いながらも私の頭を撫でてくれた。
「無理には聞かないけど、相談にはいつでも乗るからね。幸穂には、いつも相談に乗ってもらったりして、助けてもらってるから」彼女は笑ってそう言う。
「...ありがとう。その時はお願いするよ」彼女の優しさが、心を少し軽くしてくれるようだった。
私は今、ある物を探している。前に彼が話していた、児童小説だ。最後まで私は彼の名前も知らないままでお別れしたから、彼がいたという存在証明が欲しかった。
このまま、時間が流れて、思い出になって、いつか彼のことを忘れてしまうんじゃないかと思うと、今はそれが一番恐かった。
『彼がなかなか見つからない』と言ってたとおり、探しても、探しても見つけられない。そもそも、タイトルも分からないし、似たような本があっても、主人公の少年の名前が違ったり、彼が好きだと言っていたシーンが出てこなかったりした。図書館を巡ったり、ネットで調べたり、古本屋に行ったりして探してみる。彼がいなくなってからは、本探しが私のライフワークの一つになっていた。
もしかしたら、見つからないかもしれないと、頭を過ぎるようになって、しばらくが経っていたある日。街を歩いている時に見かけた、ぽつりと建つ古本屋。初めて見るお店に入ってみる。たくさんの本達が所狭しと本棚にぎっしり並んでいて、小さな店内には本が溢れるように置いてあった。
ゆっくりと周りを見回しながら、本を探して歩いていくと、絵本や、児童小説などが置いてあるコーナーを見つけた。この絵本懐かしいなあ、これも知ってると思いながら、本を手に取っていると、本棚にひっそりと佇んでいる、白い背表紙の本が目に入った。何気なくそれを手に取って読んでみる。
その本は、私がずっと探していて、彼が好きだと言っていた本そのものだった。私は溢れそうになる様々な感情をぎゅっと堪えながら、本を抱き締めた。
本を買って帰って、家でページをゆっくりと捲りながら、時間をかけて読む。彼との思い出を思い出しながら。
この本は、私の宝物になった。
昼休みにお弁当を食べながらお喋りする。
「ねえ、知ってる⁉最近二年の先輩がかっこいいって噂になってるの!」
「うーん。分かんない」
「えー!まあ、そう言うだろうなとは思ったけど。なんかさ休学してたらしくて、久々に学校来たらしいよー。ねえ、見に行ってみる?」
彼女は楽しそうに笑って言った。
「でも、あなた彼氏いるでしょ」笑いながらそう言うと、
「それはそれ。これはこれ。イケメンは観賞用だよ!」と言われてしまった。
「ねえ、幸穂は誰かと付き合ったりしないの?」
「私?...私はほら、そういうのに縁がないから」苦笑しながら言うと、「何言ってるの。...こういう話あんまり好きじゃないかなと思って言ってなかったけど、幸穂って結構人気あるんだよ」
「またまた、そんなことないって」
「そんなことあるの!幸穂が気付いてないだけだよ。...幸穂って、異性からの好意に鈍感な所があるからなー」
なにやら、ぶつぶつと言っていたが、良く聞こえなかった。
話はまた次の話題に流れていく。
彼とお別れして、もうそろそろ半年が経とうとしていた。
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