第2話
もともと、読書が趣味の私は学校の図書館をよく利用していたが、ここ最近は週に二回ほど、少なくとも週に一回は必ず来ている。理由は『読書仲間』が出来たからだ。
『彼』は私が図書館に行くと、だいたいの確率で出会う。まあ、ほぼ毎回だ。彼が居ない時もあるが、その時は普通に前回借りてた本を返却し、好きな本を借りていく。
彼が居れば新しい本を借りて、少しの間お喋りをすることが、いつの間にか習慣になっていた。
「この間君に薦められた本とても面白かったよ」
楽しげに彼が言う。
「あれは私の中でも特にお気に入りなの。気に入ってくれたみたいで私も嬉しい」
「僕のおすすめも読んでくれた?」
「もちろん。面白かったからあっという間に読んでしまっちゃった」
「だよね。僕も読み終わった時、いつの間にか夜が明けててびっくりしたことがあるよ」
くすくすと控えめに笑い合う。
どうやらお互い好みが似てるようで、互いに薦め合う本は、ハズレなしの面白さだった。
「こうやって趣味を共有する人が出来るなんて不思議なかんじ。今まで一人で楽しんでそれが当たり前だったから」
私がそう言うと。
「僕もだよ。こういうふうに話せる人が出来るなんて思わなかったから、すごく楽しいよ」
ふわっと笑うその表情が彼の内面を表しているようで、その眩しさが羨ましく感じた。
「じゃあまたね」とお互い手を振りあう。
どの学部かも知らないし、年齢も名前さえも知らない。お互いに知っているのは本好きということと、どんな本が好きかということだけ。ただそれだけの関係がとても心地良いものだった。
「最近、ますます本の虫に磨きがかかってるね」
ニヤッと笑いながら言われる。昼休み、ベンチに座ってお弁当を食べていた。彼女とはお互い同じ学部で仲良くなった。
「まあ、確かにそうかも?」
「いや、絶対そうだって。前は買い物に付き合ってくれてたけど、最近あんまりかまってくれないじゃん」
冗談っぽく笑って言われる。
「ごめんごめん。今度は付き合うからさ」
苦笑する私に、「絶対ね。約束だよ。いつ行くか、今決めちゃお」とにこにこする彼女に「そうだね」と私も笑って言った。
「でもほんと好きだよね本読むの」
「うん、好きだよ。服やアクセサリーを買っておしゃれするの好きでしょ?それと同じぐらい好きだと思う」
「それって、そーとーだね!私、自分でもやばいくらい好きって自覚してるもん」と楽しそうに笑う。
「やばいくらいってなによ。私もやばいってこと?」ときゃらきゃらと笑い合った。
忙しくて図書館に行けていない日が二週間ほど続き、なんとか目処がたったある日、返却期限がぎりぎりだし返しに行かなきゃと久々に図書館に向かう。
顔なじみの司書と軽くお喋りし、本を返却する。いつものように本棚を縫うように歩きながら新しい本を探すのだ。紙とインクの匂いなのか独特の空気感がある。この空間が好きだった。
「やあ。ちょっと久しぶりだね」
「うん。最近忙しかったから来れなくって」
少しばかり合わなかった間も、彼はいつもどおりだった。いつの間にか隣に来て自然に話しかける。だいたい見つけるのは彼の方からだった。
「僕が好きな本の中にね、主人公の少年が満点の星空を駆けていくシーンがあるんだ。その場面が忘れられなくてね。もう随分前に読んだ児童小説なんだけど。なんだか読んでる自分も自由になれるような気がしたんだ」彼はきらきらした瞳で話す。
「素敵だね。何ていうタイトルなの?」
「それが忘れちゃって、思い出せないんだ。何度か探してみたんだけど、見つからないんだよね」少し眉を下げて笑う。もし、彼に耳としっぽが付いていたなら間違いなくぺたんと下げていただろう。なんだか実家の愛猫を思い出させた。
「もし、私もそれらしいものを見つけたら教えるね」と言うと彼は「ありがとう」と微笑んだ。
「たまに、昔読んだ懐かしい本を読み返したくなることってあるよね」
「そうそう。それで昔感じたことも一緒に思い出すんだ。子どもの頃は物語に出てくる登場人物たちのマネをしてた」
くすくす笑いながら「例えばどんな?」と聞きかえす。
「さっき話した少年のマネとかかな。小さい頃は本気で空を走れるって思ってたんだ。魔法使いがいて、僕に魔法をかけてくれたら出来る!って。笑っちゃうでしょ」と照れくさそうに言う。
「可愛いじゃない」今の彼よりうんと、小さな彼がきらきらした目で夢見てる様子が容易に想像出来た。大人になった今でも好きなことにきらきら輝く瞳は同じなのかもしれなかった。
「うーん。まあ、僕も子どもだったからね。でもね、大人になった今のほうが子どもの頃読んだ物語より、凄い体験をしてるかもしれない」伏し目がちにそう穏やかに言った。
「夜空を駆けるより?」私がからかい混じりにそう言うと。
ちょっと困ったような笑顔で「うん」と一言呟いた。
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