冷月

  霜月の月の滿てるを見て作れる謌


と共に月をし見むとを呼べど出來いできたらねばひとりこそ見れ


霜月の月とし見つれ月ならね月にありかぬきつにこそあれ



◇短歌



 霜月十六日初更、いづれば望月中天に懸かりて冴〻さえ〴〵と白く、四圍しゐ愈〻いよ〳〵凜然りんぜんと引締まる。


 思へらく、昔者むかし枯野の野晒のざらしかうべの半ば土に埋れたる、空を見上げて玉兎ぎょくとと共に白〻と凍つる夜も幾夜かありけむと。

 あるいは、醉漢の枯尾花のうちなるみちを行くに、橫行わうぎやうなる野干やかんこれを致さむとて冷たき火をいだして月に化生けしやう煌煌くわう〳〵と照らせるを、をとこ陶然と仰ぎて土產の煮〆を失へる夜も幾夜かありけむと。


 斯かる事無き今の世の難有ありがたさ。

 顧みれば、往昔わうせきの未開なる事を嗤はむも、すなはち今の目を以てすれば也。

 吾人の今の目を得つるは、ひとへに吾人自らの功には非ずて、數多あまた先人の積給つみたまひし智慧の石の上に後裔こうえい易〻と座を占むるに過ぎず。

 後の世から今を見ば、かれ、吾人の積みてむ石の上にありて、吾人を嗤ひ、なべて未開也と斷ずべし。


 て、今より往古わうこを思ふ時、古雅にて慕はしきものすくなからず。

 ひるがへりて後の世から今を眺めば、古雅にて慕はしと思はるゝべきは、何如許いかばかりか之あらむ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る