雪ゆ涌くがに

 あどもひ長坂を行き行きて、椎のもりに到る。

 れ、椎の葉は狹物さものあれば廣物ひろものもあり。

 草枕旅にしあれば椎の葉に盛ると歌に言へりしは、椎は椎にても葉の狹物にはあらじ、葉の廣物なりけむ。

 が行くみちの右に左にく繁れるは、 無くばいひを盛るにからむ葉の廣き椎にて、遠近をちこち幾許こきだくも實の落ちつるを、ひりふ人も、けものの、毛の麁物あらものも、毛の柔物にこものも、はた、鳥さへ無ければ、落つるがまゝりつべく、朽ちまく惜しとそ思ほゆる。

 さあれ、ひりひて行くうらもあらなくに、は一つ二つ、或いは二つ三つ程、ひりひて吾があと辿たどきたるらし。

 行き行きて、やがいたゞきに到る。

 あやにたふとし、磐座いはくらあり。

 何如なる神かは御座おはします。

 と共に、ひさごにて持來もちきたる水に手をきよ含嗽くちすゝぎ、しかして、ちて、叩頭み、をろがむ。

 は又、ひりひてし椎の實を大神おほかみ御前みまへに捧ぐ。

 しましくいつけりしのち磐座いはくらを過ぎてなほ行けば、もりにはかに開けて、はるけくも見放みさくるにとほしろし、富士の峰あり。

 頂もいや高に雪の積もりて、眞白なる雲の棚引けるを見つ。

 あなかしこ、あな畏。

 と共にかうべれて靈峰あさまをろがみ、謹しみて歌を詠みて捧ぐ。


 

見放みさくれば不二ふじ高嶺たかねに積む雪ゆ涌くがに見えて雲し棚引とのび



◇短歌




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