捕獲
「ノ"ッ…うわぁぁああ"!!??!どっ、お"ぁぁあ"!!?!!」
「待て、違うんだ、落ち着いてくれ。」
ビリィッ
あ。
…いよいよ終わりだ。万事尽く休す。
突然話しかけ出血させた上に、勝手に部屋まで連れ込んだかと思えば、気付かれたことによる焦りでヨスカ君の服を裂く始末。
僕は少しでも誤解を晴らそうとシャツに手をかけていた理由を説明する。
「い、いや、これは…その、シミになるだろうから、このままではと思って、ね。」
「シ、シミって…なんのシミですかぁあ"!!」
そう来たか…。
無理もない。こんな状況下では、どんな言葉も怪しくしか聞こえないのだろう。
「は、鼻血だよ、信じてくれ…!やましい気持ちはあったが、無理やりにとは思ってなかったんだ!」
最早自分が何を言っているのか分からなかった。馬鹿正直に抱いていた下心さえ暴露しながら、必死に弁明を試みる。やましさが赤裸々になることよりも、ヨスカ君に嫌われることの方が遥かに恐ろしかった。
「だから…嫌わないでくれないか……。」
「え…。」
彼がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、顔が上げられない。
もし、恐怖に歪んでいたら。もし、嫌悪に染まっていたら。そう考えると生きた心地がしなかった。
視界に入るのは服を裂いた忌々しい自分の手と、服の裂け目から垣間見えるヨスカ君の腹。
僕がじっとそこを見詰めたまま動けずにいると、ヨスカ君の手が僕の袖を掴んだ。
「…わけ、ない…。」
ヨスカ君の微かな呟きが、途切れ途切れに耳へと入ってくる。
「え…?」
全て聞き取ろうと顔を上げると、頬を赤らめ、目を逸らしながら必死に言葉を絞り出そうとしている可愛らしいヨスカ君がいた。
「き、嫌いになんて、なるわけないです!!!」
半分やけになったように言い捨てながらも、袖を掴む手は震えている。
狡いな。今まで散々気落ちさせておいて。
随分と避けておいて。
今になってそんな思わせぶりな態度をとられたら、嫌でも期待してしまう。
僕は高まる興奮を抑えながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「どういうことかな…、今までずっと避けられていたから、君には随分嫌われているのだと思っていたんだけれど…。違うのかい。」
僕の袖を掴んだまま震える指を、自分の指で絡め取る。ゆっくりと重ね合わせると、彼の指が僕の手の中でぴくりと跳ねた。
「ち、違、…それは、き、緊張したり、変な声を出してしまったりするからで、ッ…。」
「…それは、どうして。」
緊迫する空気の中、見詰め合う二人。さっきとは相反して、ヨスカ君の瞳から目が離せない。紅色の潤んだ瞳の中でゆらゆらと踊る光が僕を釘付けにした。
突然、長い睫毛に遮られたかと思えば、ヨスカ君が口を開く。
「す、ッ………好き、すぎて……ッ」
「……。」
夢かとも思ったが、頬をつまむ気にすらならなかった。夢でもいい、このまま彼と想いを伝え合えるなら。
「…ヨスカ君」
僕も、君のことが…そう言葉にしかけた時だった。
「やっ!!!!やっぱりうそです!!!!」
「え。」
ヨスカ君の残忍な言葉が脳内に響き、目の前を真っ暗にする。
「ヨ、……ヨスカ君?」
「さっ、さっきのは冗談です!!!ぼ、僕が好きなんて言うわけないじゃないですか!!!?」
「どういうことだい…?君は、僕のことが好きではないのかな…?」
先までの舞い上がった気分とは一転して、暗い気持ちに包まれる。自分でも分かるほど、威圧的な低い声で言及してしまった。
「すっ……す、すすす、す、ッ……………すごく、尊敬しています…。」
「尊敬……。」
尊敬、ということは、恋愛対象としては見ることができないと、そう伝えたいのだろうか 。
ヨスカ君の僕に対する好意は、「尊敬」が関の山だと。
ぶつん
…ー限界だった。これだけ心を揺さぶられ、最後に待っていたのがこんな答えだなんて。きっとこれは何かの間違いか、あるいは悪い夢なんだろう。
だとすれば、試してみようか。
僕の気持ちを伝えたら、彼はどうなってしまうのか。
「…はは、悲しいな…。」
「そそっ、そうですよね!?僕に尊敬されても悲しくなるだけでッ…」
「僕は、君と体を重ねてもいいとさえ思っているのになあ…。」
場の空気が凍りついた。軽蔑されたのかな。あるいは、身の危険でも感じたのかな。貝の様に押し黙って、顔を下に向けている彼。
僕はヨスカ君の顎に指を添え、優しく、しかし強制的にこちらをむかせながら言葉を重ねた。
「『尊敬』止まりの僕では駄目かい…?」
「…ぁ…。」
「…!」
ヨスカ君の顔を見るなり、僕は目を見開く。
なんて顔をしているんだ。今までの杞憂が一気に馬鹿馬鹿しくなる。鼓動が早まり、全身が強ばった。
「ヨスカ君…、お返事を、聞かせてくれないかい?」
ぎりぎり理性を保ちながら、返事を乞う。勿論返事なんて聞かずとも、僕の思い違いでなければこの顔はきっと相思相愛の証だろう。だが、どうしても彼の口から聞きたかった。その美しい瞳に射抜かれながら、その愛らしい口からその言葉を。
「す、……ッ好き…♡好きです…♡本当はずっと、出会った時から、ノーミードさんのことが、好きでした…ッ♡♡」
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