迷える子羊

王水

誘導

暗闇の中で赤く光る印象的な瞳。

ふっくらとした柔らかそうな頬と唇。

誰もが釘付けになりそうな二色の美しい髪。


その全てが僕の心を奪った。


けれど、触れようとして伸ばした手は空を掴むばかりで、一向に距離は縮まらない。


どうして。こんなに愛しているのに。

何故、僕のものになってくれないのかな。


バキィッ


何かを蹴破る音が、僕の意識を現へと呼び戻した。


「おや…またこの夢を見てしまったなぁ…。」


「まだ寝とるのかノーミードォ!!!!

貴様、会議の時間を何分過ぎたと思っている!

そんなに眠りたければ永眠させてやろうかあ!」


鬼の形相で怒声罵声を吐き散らすのは、バディのカシェット。

たまにあの子が通る渡り廊下が、この部屋からはよく見えるので、暇な時はいつもここで窓の外を眺めていた。今日も同様にここであの子が来るのを待っていたところ、うたた寝をしてしまったらしい。時計を見ると、どうやら5分ほど寝坊したようだ。


「まあまあ、落ち着いて。あんまり怒ると男前が台無しだよ。」


「お前"v々÷°×+$\×€=☆○〜!!!!!!」


何を言っているのかも分からないほどの早口で捲し立てるカシェットを適当に宥めていると、窓の外の渡り廊下を歩く人影が見えた。


あの子だ。ここ二日ほど見ていなかったからか、胸が高鳴る。今はお昼時、きっと食堂に向かったのだろう。


「あー、悪いねカシェット。僕、今日の会議は腹痛で欠席するよ。僕の分も戦果報告をしておいてくれ!それじゃあ!」


僕は咄嗟に部屋から飛び出し、渡り廊下の向こうの食堂へと向かった。


「何ぃぃぃい"!?!!?おい待て!!!腹の痛い奴がそんな速度で走れるかぁぁあ"!!!!覚えてろ貴様ぁぁぁ!!!!」


わざわざ呼びに来てくれたカシェットには悪いが、この機を逃すとまた次いつ話せるか分からない。


そう、僕は彼に避けられている。


理由は分からないが、目が合えば凄い声をあげて逃げ去ってしまったり、話しかけたら飛び上がってそのまま気を失ってしまったりと、随分僕は嫌われているのかもしれない。


それでも、諦めきれなかった。

あの子が欲しい。

あの綺麗な瞳に射抜かれたい。

自分本位で実に卑しい考えだということは分かっている。だが、あの子を見つけたあの日からずっと彼の夢を見続けるほど、僕の心は彼に侵されてしまったのだ。日に日に膨らむ想いは胸を裂き、今にも溢れ出そうとしている。この気持ちは伝えなければいけない。今日、今から。


覚悟を決め、食堂に足を踏み入れる。


「あ」


靡くマント、周りに比べると少し小柄な体躯、異質だが美しい白い肌、それら全てが直ぐに僕の目を引いた。彼はメニュー表の前でぴたりと止まり、食べるものを決めかねて居るようだった。やにわに彼の側まで歩を進め、まだ気付いていない彼の肩に手をのせた。


「やあ、ヨスカ君。」


直後、彼はビクリと肩を跳ねさせ、勢いよく振り返った。


「の、ののののの、ノ、ノーミードさん!!?

な、なななんでっ、今会議中ではッ!!!?」


後退りをしながら激しく狼狽するヨスカ君。真ん丸な目に光がきらきらと差し込んでとても綺麗だ。だけど、どうして会議の時間を知っているんだろうか。いや、それよりも会議で僕がいない時間を狙って外出したような言い方が気になった。


「…うん。本当ならそうだったんだけれどね。久しぶりに君の姿が見えて、少し話したくて。」


おもむろに彼の手をとり、優しく握った。

これで逃げ去ることは出来ない。


「びぁああああ!?!!!??!!」


目の前で血飛沫が舞う。これは、鼻血だ。

ヨスカ君が出血している。


「あれ、ヨスカ君」


かと思えば、ふらりと重心が傾き、僕の胸に倒れ込んでしまった。


「…気を失っている…。」


ヨスカ君が、僕の胸の中で。

という事は、当然僕が介抱してあげなければいけないだろう。

ざわめく周囲の声よりも、自分の鼓動の方がうるさく聞こえた。一先ず部屋に運ぶしかない。服も血で汚れてしまっているし、出来れば着替も…いや、まずい、大勢いる場でその先を考えたら大変なことになる。

僕は勢いよくヨスカ君を抱え上げると、足早に自室へと向かった。



ふと、自室の扉の前で立ち止まる。もし、ここに入れば今からは僕とヨスカ君、二人きりの閉鎖空間。何をしても誰も止めには来ない。

いや、決して、決してやましい事をするつもりは無い。この清純な青年を相手にそんな事を考えてはいけない。介抱するだけだ。ついでに気持ちも伝えて、プラトニックに…。


ギィ…


ガチャン


鍵を閉めた。


これで本当に二人きり。


鼓動が早まる。腕の中でまだ寝息を立てながら気絶しているヨスカ君をまじまじと見た。

長い睫毛だ。少し強く触れたら壊れそうなほど繊細に見える。白い肌にも瞳と同じように赤い血がよく映えていて、その滴っている様が妙に性的で。


「はっ…まずいまずい。いけないことを考えるところだった。はは…。」


ずっと抱えていたら苦しいだろう。名残惜しいが、ヨスカ君をベッドに寝かせ、顔や首に滴った血を拭い取る。


「んん……ん……っ」


ヨスカ君が出す嬌声にも似た声に惑わされながらも、何とか拭い取れる所は綺麗に拭った。


しかし問題は…血の染み込んだシャツだ。


「…ヨスカ君…すまないね。このままではシミになってしまうかもしれないから…。」


脱がしやすいよう、少し覆い被さるような姿勢になった。

ごくりと喉を鳴らしながらボタンに手をかける。ゆっくりと一つ一つボタンを外していくと、透けるような肌が少しずつ顕になった。


最後のボタンを外し、いよいよシャツを脱がせにかかる。おそるおそるゆっくりと前をはだけさせると、ほんのりと桃色に色付いた乳首が目に留まった。


ぐらりと理性が揺らぐ感覚。息が荒くなる。身体の芯が一気に熱くなり、心地よい背徳感に身を震わせた。


「ハァッ…、………ヨスカ君…ッ///」


「ん"………………………ノー、ミードさん…?」


『……えっ』


二人の声が綺麗に重なり静かな部屋に響いた。



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