第89話 麦と火遊び

 屋敷の庭では子供達がまばらに集まりつつあり、それぞれ手に荷物を抱えた子供がテーブルの空いている席に座り全員が集まるのを待っていた。

 そのテーブルの脇には屋敷のメイドが2名待機している。恐らくバーナントが気を利かせて付けさせたのだろう。

 子供達の面倒を見ていたリーゼとミミルは圭の姿が目に入ると、圭に声をかける。


「おかえりブルーレット!」


「ああ、ただいま、子供達は大丈夫だった?」


「大丈夫ですにゃ、みんないい子ですにゃ」


「それはよかった、教会に行って話まとめてきたよ。

孤児院の子供を明日移住させるってことになった」


「それじゃ明日また来るんだね」


「そうなるね、全員が集まるまでまだ時間がかかりそうだからバーナントさんと話してくるよ、2人はここで待ってってね」


「うん」


「はいですにゃ~」


 屋敷の中に入った圭はバーナント、そしてイレーヌと3人で軽い打ち合わせをした。

 子供の移住に際して数日屋敷を空けることと、その他の連絡事項を伝えていく。


「……という訳で、子供達の移住はなんとかなりそうな感じでね、まだ数日はバタバタしそうだからその間はいつも通りに屋敷と領地のことよろしくね。

それと移住の件が済んだらその後は、本格的に各村のテコイレに入るつもりだ」


「テコイレとは何ですか?」


「端的に言うと食料問題の解決だね、冬がくる前までになんとかしたいと思ってる」


「食料問題ですか、こちらでも税の返還とそのその方法を協議していたところです。

なかなかいい解決案が浮かばなくて、ブルーレットさんから屋敷の財産を返還に充ててもよろしいとおっしゃていただけましたが、実際のところ流通が滞る冬までに麦の買い付けが出来るのかどうか難しいものがありまして」


「ああ、その件ならもう少し待ってくれるかな、もしかしたらなんとかなるかも知れないから」


「なんとかなるとは一体」


「今はまだ話せないから、確実性が出てきたら話すよ」


「わかりました、取り急ぎは農工会への返還を進めます、こちらのほうは領都内の住人になりますので、現金で行っても問題ないと思われますから」


「オッケー、そっちの対応は任せたよ」


 雑談を交えながら今後の方針をまとめた圭は、子供達が全員集まったのを確認し、再びエッサシ村へと飛んだ。



「ただいまエッサシ村ぁ~!」


 村に降り立ったリーゼが笑顔で叫ぶと、子供達も「エッサシ村ー!」と元気に声を上げる。

 散り散りに家を向かう子供達の中で圭がとある少女に声をかける。


「えーと、確か名前はリタだったかな?」


「はい、リタです」


 圭が声をかけたのは、10歳の少女リタ、緑色のショートヘアで瞳も髪と同じ緑色をしている。

 昨日芝生を成長させた魔法を使った少女である。


「部屋に荷物を置いたらここに来てくれるかな?」


 領主であるブルーレットがなぜ自分に声をかけたのかわからない、といった顔で「はい」とだけ返事をするリタ。



 そして時刻は午後5時くらい、もう小一時間で陽が落ちそうな夕暮れ時に圭、リーゼ、ミミル、リタの4人は村のそばにある麦畑に来ていた。

 刈り取りの終わった麦畑は、圭が収穫の時に乱暴に引き千切った麦の根と茎がそのまま残されている。


「さてと、リタ。

昨日リタが見せてくれた魔法でちょっと試してみたいことがあってね、協力してもらえないだろうか?」


「協力ですか?」


「うん、多分だけどリタの魔法は花だけじゃなくて植物全般に使えると思うんだよね、ってことならこの麦もできるんじゃないかと思ってさ、ちょっとやってみてもらっていいかな?」


「わかりました、やってみます」


 圭、リーゼ、ミミルが見守る中、リタはしゃがんで茎が引き千切られた麦の一株に手をかざして目を瞑った。

 かざした手に込められる魔力が根株へと流れていく。


「お!」


 十数秒の沈黙の後、麦の根株がほんのりと光り茎が一気に伸びる。


「もうだめ、魔力出ない」


 魔力が無くなったリタはそのまま地面に座り込んで、目の前の麦を見つめる。

大きく成長した麦の穂を見つめる目が大きく開かれる。


「ウソ、これを私が……」


「思った通りだね、よくやったリタ、いやマジでコレは凄いぞ」


 座り込んだリタの頭を圭がワシワシと撫でる。


「リタ」


 しゃがみこんでリタの目線まで顔を下げた圭がリタを見据える。

 声色を変えて話しかける圭の目は真剣だった。


「これからリタにはやってもらいたいことがある。

俺が使える魔法の中には魔族の莫大な魔力を与えることが出来る魔法があるんだ。

もしその魔力をリタが使ったら、この領地で沢山の食料を作ることができるようになる。

今、村のほとんどには食料があまりなくてみんな困ってるんだ。

やってもらえないかな?」


「私が、麦を沢山作る……、できるかな……」


「必ずできるようになるよ、ただね、魔力を与える魔法がちょっと厄介なんだよね」


「?」


 ワケがわからないといった顔をするリタに、リーゼが簡単な説明を始めた。

 手の平に火魔法の小さい炎を出して見せる。


「リタ、私の魔力はこんな火しか出せないんだけどね、ブルーレットの魔力を貰ったらもっと凄い事ができるようになるんだよ、ちょっと見ててね。

ほらブルーレット、いつものやって」


 リーゼは恥ずかし気もなくジャージのズボンに手をかけてパンツを露わにした。


「リーゼさん何を」


 いきなり下着姿になったリーゼに驚いたリタはさらに圭を見て固まる。

 頭にパンツを被ったと思ったら禍々しい魔族の姿が人間の青年に変わったからだ。


「え? え?」


「驚かせてごめんね、俺は一時的に人間の姿になれる魔法があるんだ。

それでこの姿でココを1分触ると魔力を与えられる。

この村の人は全員知ってるけど一応秘密にしておいてね」


 圭がココと言った場所はパンツの大事な所だ、そこに指を当てて遠慮なく指を動かしていく。

それを目の当たりにしたリタは口をパクパクさせながら赤面していく。


 固まるリタをそのままに淡々と1分こなした圭は「はいおしまい」とその指をパンツから離した。


「よし来た! リタ、見ててね、貰った魔力使っておっきいの出すから。

せーのっ、おりゃ!」


 両手を天にかかげて掛け声と共に魔力を火に変える。


「おお、こりゃ凄いな」


「大きいですにゃ~」


 上空に現れたのは100メートルはあるかと思われる巨大な炎の塊だった。

 夕暮れの大地を明々と照らし出し、その存在感は莫大な熱を放出しながら太陽のごとく空に鎮座していた。

 近いと熱すぎるのである程度高い位置に出してるのはリーゼの配慮なのだろう。


「凄い、こんな魔法見たことないです」


「リタもできるようになるよ、最初はちょっと恥ずかしいけど、パンツ触るだけだから大丈夫だよ。

私もミミルも、そして村の人も魔力をもらって村のために力を使ってるんだよ」


「村のために」


「強要はしないよ、やるかやらないかはリタ自身で決めてほしい。

仮にパンツ触られるのがイヤだって言うなら、俺はそれ以上は何も言わないし、この話も無かったことにする」


「みんな、村のためにやってるの?」


「全員ではないけどね、村の役に立ちたいって人だけやってもらったりしてる。

でも正直なところ、麦を成長させるなんて魔法は誰も使えないから、これはリタだけにしかできないことだ。

そこらへんも考えてもらえると領主としては嬉しいかな」


「うん、村のために……」


 俯いて少しの間考えるリタ。


「ずっと、ずっと無能だって、要らない魔法だって言われてきた。

パパやママにも要らない魔法だって言われて。

役に立たないからって村長さんにも言われて。

私は要らない子なんだって……」


 段々と声が震えていくリタが、その内に抱えていた感情を吐露していく。


「魔法がもっとたくさん使えたら、もう無能なんて言われなくなるの?

要らない子じゃなくなるの?」


 瞳を潤ませたリタが、圭の瞳を真っ直ぐとみつめる。


「リタ、今まで魔法のことで言われたことは全部忘れろ。

この村ではみんな平等だ、魔法が使えようが使えまいが関係ない。

誰にも無能なんて言わせない、だから安心して暮らしていいんだ。

でももし、そんなこの村で少しでも役に立ちたいって思うのなら。

麦を沢山作ってみないか?

みんな凄い喜ぶぞ」


「喜ぶ?」


「そうだ、みんなリタに凄い感謝するぞ」


「感謝なんかされたことない……、でも」


 言葉を続けるリタの瞳に希望が満ちていくのを圭は感じた。


「うん、やる、私やる! 麦たくさん作る!」


「よし、よく言った! えらいぞリタ」


「グリグリ仲間ですにゃ~」


「だからグリグリっていうなよミミル。

今日はもう陽が暮れるから明日からやろうか、明日朝ごはん食べたら畑に来てやってみよう」


「そうだね、もうこの火消していいかな」


 上空に火の玉を出したままのリーゼが、上を見上げて言葉を漏らす。


「消していいんじゃない。

あ、そういえばフィッツがさ、火の玉を小さく圧縮して白く光る高温の火を出してたな」


「なにそれ面白そう、やってみるね」


 リーゼの魔力制御によって巨大な火の玉が圧縮されていく。

 その色は赤から白へと変わり上空のその一点は太陽のように直視できない強い光を放つようになった。


「眩しいね、熱くなると白く光るんだね、もっと圧縮できるよ」


 リーゼはさらに圧縮をかけていく、すると火の玉の周囲の空気までもが白く光り出しさらに眩しくなる。


「なにこれ、凄く眩しいよ!」


「あー、これは温度が1万度越えたな、原子ってやつは1万度越えると電子が剥がれて電離体って言ってプラズマ化するんだ。

そうするとさらに光を出すようになるんだよ、熱を受けて周囲の空気がプラズマ化しちゃってるねこれ。

って言ってもわからないと思うけど」


「うん、さっぱりわからない!

もっと圧縮したらどうなるの?

できそうだからやってみるね」


「プラズマをさらに圧縮して高温にすると……。

さすがに1000万度超えるのは無理だろうから無いと思うけど」


「超えたらどうなるの?」


「どうなるって、そりゃ水素の核融合が……」


「ねえブルーレット。

ちょっと変な感じがするんだけど」


「変って?」


「魔力与えてる以上にどんどん温度が上がってる気がする」


「へ?」


「どうしよう、なんかこれ制御できないかも、膨らもうとしてる!」


「ヤバイっ! リーゼ! 空に向かって思いっきり吹っ飛ばせ!」


「うん、うああああああああああっ!」


 掛け声と共に最大級の風魔法で吹き飛ばされた火の玉。


「全員目を閉じろ!」


 圭が大声を上げた数秒後に、大気圏を脱した火の玉が強い閃光を放ち、夕暮れの大地を真っ白に染め上げる。

 音のないただの光が不気味に大地へと降り注ぎ、目を閉じているそれぞれの網膜にまで光が届く。

 そして数十秒の静寂の後、恐る恐る皆が目を開けると、元の夕暮れに戻っていた。


「やっべー、マジでヤバかったよ」


「ちょっとブルーレット! 今の何なの!」


「何って、核融合反応の爆発だよ、放射線とか大丈夫かな」


「かくゆうごう? なにそれ」


「非常識すぎて説明できない、いいかリーゼ、火の玉の圧縮は今後禁止。

光が強くなるプラズマ化まではいいけど、それ以上やっちゃダメ。

今の爆発はね、ただの爆発じゃないんだよ、この領地が消し飛ぶくらいのでかい爆発なの。

だから絶対にやっちゃダメなの、わかった?」


「マジっすかブルーレットさん」


「マジっすよリーゼさん」


「危うく全員死んじゃうところだったよ、まさか魔法でこんなこと出来るなんて、魔法マジでパナイな」


「約束する、もう絶対使わない」


「そうしてくれ」


 かくして、明日から麦の生産する約束を取り付けた圭達は村の家へと戻っていった。

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