第88話 神父さんの礼儀作法

 領主屋敷の庭に降り立った巨大パンツ鳥はすぐに圭に収納された。

 村での新しい暮らしに必要最低限の物は用意するが、元々の個人の持ち物などがあるだろうと思った圭は、子供達にその旨を伝えて夕方までにはこの屋敷に戻ってくるように指示を出して一度解散した。

 もちろん如何に孤児とて1人では生きられない、何かしらの街の住人からの援助や補助があったに違いない、そういった関わった人達も突然孤児が居いなくなれば心配するかもしれない、だからその人達にもきちんと挨拶や事情説明をしてくるように言ってある。

 その中で、何人かは特に挨拶する知り合いもおらず、さらに持ち物もない、という理由から屋敷の庭に残った。


 屋敷の庭には昨日ミミルが作成したテーブルと椅子がそのまま放置されている、そのテーブルに居残り組の子供がのんびり待機していた。

 圭とリーゼとミミルもそのテーブルに混ざり、子供達と待つ格好になる。


 ふと圭の前に座った少年に圭が語りかける。


「少年、名前はなんて言うんだ?」


「僕? ラベルだよ」


「ラベルか、いい名前だな。両親に付けてもらったのか?」


「うん、お父さんに付けてもらった」


「両親のことは好きか?」


「……好きだけど」


 ラベルの顔に陰りが見える、孤児となったからには何かしらの理由がある。

 それはただの口減らしだったり、両親と死に別れしたりなど、その物語は子供の数だけ存在する。

 大枠の推察は出来ても、その事象から発生する子供自身の感情までは圭に測ることはできない。


「答えたくなかったら答えなくていいけど、両親は生きてるのか?」


「うん、多分生きてると思う」


「会いたいか? 家族の元に帰りたいか?」


「帰りたい……けど」


「けど?」


「もう僕の居場所はあの村にも家にもない」


 俯いたラベルの顔の真下に雫が零れ落ちる、鉄製のテーブルが何の感情もなくただ雫を受け止め、いくつもの水玉を作っていく。


「お父さんは、口減らしをしろって村長に言われて、兄さんじゃなく僕を選んだんだ。

家の跡取りには兄さん1人居ればいいって、兄さんはもう働ける歳だったし、働けない子供の僕が要らなかったんだ。

帰りたいってずっと思ってたけど、僕は父さんに捨てられたんだ。

いまさら帰る場所なんてない」


「そうか」


 目の前で涙ながらに語る子供を見て、この問題は思ったよりも複雑だと気付かされた。

 圧政が招いた悲劇は家族の絆を壊し、そして子供の心に大きな傷という名の楔を打ち込んだ。

 子供を元の場所に返すのは簡単だ、でも子供にとってそれが最良の選択なのかわからなくなってきた。

 自分の子供を口減らしという死地に追いやることに、何の躊躇いもない親がいるだろうか?

 中には自分の子供になんの感情も持たない親もいるかもしれない、それは現代日本でも同じことだった。

 でもそれはほんの一握りの稀なケースで、大多数の親は子供を手放す事に絶望する筈だ。

 だけどこの世界では村が生き残るために口減らしが当たり前に行われている、そして自分の家族もその恩恵に与り生き延びてきた。

それが自分の番になったら拒否できるなんて許されるはずがない、皆そうやって受け入れてきたのだ。

 その想いがどれほどのものなのか、家族を持たない自分には想像もできない。

 しかしもし自分の子供を追い出すことになったら……。

 あらゆる恨み辛みを親である自分に向けさせ、後腐れなく村や家族に未練が残らないように、あえて子供を突き放すことも必要になるのかもしれない。

 これは平和ボケした日本人の浅はかな想像だ、でもあながち間違ってもいないだろう。

 だからこそわからなくなる、目の前で泣く子供を親元に返すが最良かどうか。

 本当に必要なく捨てられたのか、泣く泣く手放したのか、それによってはこの子の未来が大きく変わる。

 そんな責任まで持ってしまっていいのだろうか?

 時間をかけて考えれば選択肢は多く広がるかもしれない。

 例えば、子供が大人になるまで待って、両親と再会させる、そして大人の立場で話し合いをしてもらう、とか。


「俺はね、出来ればみんな親の元に帰って、幸せに暮らしてもらいたいと思ってる。

そうするための環境もこれから用意するつもりだ。

もうすこしみんなの暮らしが落ち着いたら、元の場所に帰りたいかみんなに選んでもらうつもりだ。

いきなり言われてもすぐに答えが出ないかもしれない。

エッサシ村にはいつまでも居てもいいし、そのまま住人になったっていい。

村と親に捨てられたって事実は変わらないけど、それでもそれを乗り越えて家族に戻れるなら、俺はそれも幸せのひとつの形だど思う。

だからじっくり考えるといい。

俺はこう見えても領主だからな、俺が追い出した子供を引き戻せって命令したら、村はそれに従うだろう。

まあ、そこまでしなくても、もう二度と口減らしが起こらないような領地にしてやる、だから安心しろ」


 圭の話を聞き終えたラベルは真剣な眼差しで圭を見つめた。


「うん、ちゃんと考えるよ」


「それはよかった」


「ねえブルーレット」


 横で話を聞いていたリーゼがふと会話に混ざる。


「どうしたリーゼ」


「ありがとね」


「ん? どうしてリーゼが礼を言うんだ?」


「んー、なんとなく」


「なんだそれ」


 おどけてみせたけど、リーゼがふと礼を言った理由はすぐに理解できた、言葉にしなくてもわかる。

 短い付き合いだけどそれがわかるくらいにはリーゼのことを理解できている自分がちょっと嬉しかった。


「さてと、待ってるのも暇だから俺はフェルミ商会に顔出してくるよ、頼んでた服とか色々あるからな。

リーゼとミミルはここで待っててくれ」


「うん、子供達のこと見てるね」


「ミミルも待ってるにゃ」


「それじゃ頼んだ」



 フェルミ商会へと顔を出した圭は、かき集められた子供服を受け取り、継続して服を集めてほしいと注文をした。

 今回商会が用意出来たのは一般的な運搬用の木箱で12個分。

 それをパンツ鳥で領主屋敷の庭に運んだ圭は、教会へと足を伸ばす。


 教会の入口で神父が圭を迎え入れる。


「これはブルーレットさん、ようこそ我が教会へ」


「やあ神父さん、子供達は元気にしてる?」


「ええ、皆、元気ですよ」


「それは良かった、受け入れの段取りが整ってね、移住の話を詰めに来たよ」


「そうですか、それでは中でお話を聞きましょう」


 前回と同じ応接テーブルを挟んで神父と圭が対面に座る。

 但し、前回と違うところは20歳前後に見える2人の女性が、シスターの衣装で神父の後ろに立っていることだ。


「えーと、後ろの2人は?」


「この前お話した孤児出身の世話役です、あと修道衣を着ていますが、教会に所属しているわけではありません。

対外的に着せたほうがいいと思い私が勝手に着せているだけです。と言えば聞こえがいいのですが実際のところは服を買い与える余裕がない現状なのです」


「なるほど、それは重ね重ね大変だね。

それで移住にあたっては2人も来てくれるんだろうか?

もし来てくれるなら住む場所と食べ物に困らない生活を保障するし、正直なところ子供の面倒を見てくれる大人は多いほうが助かる。

それに子供達も全く知らない人しか居ない場所よりは、よく知っている2人がそばにいたほうが安心できるだろう」


「ええ、その話はすでにまとまっています、2人の希望は子供達と一緒に移住です」


「そうか、それは良かった」


「では改めて紹介します、背の高いほうがオリガで、低いほうがリィスです。二人とも挨拶なさい」


 神父に促されて、背の高い赤毛のオリガが恭しく頭を下げて挨拶をする。


「初めましてオクダ侯爵閣下、オリガと申します」


「ああ、ブルーレットだ、よろしく、てか侯爵閣下とかむず痒い敬称はやめてくれ。

ブルーレットさんでいいよ、この領地の人には全員そう呼んでもらってるから」


「失礼致しました、ではブルーレットさん、宜しくお願い致します」


「うん、これからも子供達のこと頼むね」


「はい」


 礼に伏していたオリガが顔を上げると、次は背の低いほうのリィスが頭を下げ挨拶をする。


「ブルーレットさん、お初にお目にかかります、リィスと申します、宜しくお願い致します」


「よろしくね、もう少し砕けた感じのほうがいいけど、まあ、村に移ったらそのうち慣れるか」


「ブルーレットさん、平民も貴族様も分け隔てなく接することに美徳をお持ちのようですが。

一般的な貴族様と平民の接し方、つまりは作法をご存知なのでしょうか?」


 恐る恐るといった感じで神父が圭に尋ねる、今までの圭のやり取りをみていてふと疑問に思ったのだ。

 砕けすぎているというよりは貴族の礼節そのものが欠けているように見えると。


「うん、そうだな、ぶっちゃけると、俺はさ魔族だからね。

人間の貴族とか平民の作法はまったくわからない。腰を曲げて頭を下げる礼なら知ってるけど」


「やはりそうですか、魔族のブルーレットさんには我々人間の作法が奇妙な振る舞いに映るやもと思っていましたが、納得しました」


「なんとなくの作法ならわかるよ、でもね、俺は肩書きに貴賤を設けるのは嫌いなんだよ」


「魔族であられるブルーレットさんにこんなことを申し上げるのはおこがましいのですが。

我々人間の平民が貴族様に対して取るべき礼儀作法をご存知頂いたほうが、これから領主様として振る舞うにも都合が宜しいかと」


「お、そうか、そうだな、それなら丁度いい、神父さん教えてくれる?」


「え? 私がですか」


「うん」


 そんな経緯でいきなり始まった神父さんの礼儀講習。

 今まで日本人として貴族なんか会ったこともない圭にとっては、知りもしないこの世界の常識。

 簡単ではあるが貴族対貴族の礼の仕方、そして平民対貴族の礼の仕方、実演を交えて神父が解説をしていく


「……このように平民は貴族様に対して片膝を付き、深く頭を下げるのが、お目通りした時の礼儀なのです。

この時貴族様からお許しが出るまで絶対に顔を上げてはなりません。

これは貴族様が王族に対して行う作法としても同様です」


「なるほどなるほど」


「ですから一般的な対応としましては『顔を上げよ』または『顔を上げて立ちなさい』と促すのが平民にかける言葉です。

それ以外の対応を取ると平民は混乱する恐れがあります」


「そーなのかぁ、知らなかったよ」


 片膝を付いた姿から立ち上がりながら神父が言葉を続けていく。


「なのでいきなり『そんなかしこまらなくてもいいから楽にして』とかお声がけされると、どうしたらいいかわからなくなる場合もあります」


「うわー、俺すぐに言っちゃいそうだわそれ」


「楽にしてと言われても、失礼にあたらない基準がわからないからです」


「うん、これからは気を付けるよ」


「この領地にはある程度ブルーレットさんのお考えが浸透していますが、それでも初対面の平民には侯爵様にお目通りすることの恐れ多さは語るまでもなく大変な事なのです。

場合によっては人間側の慣習を再現されて頂いたほうが、平民も安心出来、円滑に事が運ぶ場合もあるかと」


「そうだね、こっちの理想を押し付けてばかりだと対応出来ない人もいるかもしれないってことか、いやはや、これは盲点だったな。

勉強になったよ、ありがとね」


「いえいえ、この程度の事でよければいつでもご相談にどうぞ」


「さてと、そろそろ今日の本題に入ろうと思うんだけど。

移住させる日取りは明日の午後なんてどうだろうか?」


「明日ですか、それは可能ですが」


「それじゃ明日の午後に迎えにくるから、準備宜しくね。

ある程度の荷物も持っていけるから、必要な荷物はまとめて運べるようにしておいてね」


「わかりました、明日の昼までに準備致しましょう。

とはいえ着替えくらいしか荷物はないので、準備というほどの事もありませんが」


「ではまた明日」


「はい、子供達をよろしくお願い致します」



 教会で移住の話をまとめた圭は屋敷へと戻り、子供達が待つ庭へと足を踏み入れた。

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