第86話 その道の玄人
足取りは重く、されど忍び足。
リーゼとミミルを起こさないように家を抜け出した圭は、朝日がまだ昇る前のいつのも井戸広場に来ていた。
このベンチに座るのも何度目だろうか、そしてこの場所で手紙を開けるのも3度目になる。
「奥田君へ、先生より……か」
封筒の裏に書かれている文字を確認したところ、妹、母親と来て今度は先生らしい。
もう3度目だ、いい加減慣れたと言いたいが、動悸が速くなっているのはやはり気のせいではなく、得体の知れない恐怖からくるものなのだろう。
開けるたびにHPがゴリゴリ削られるのは毎度の仕様ではあるが、これを避けて通れるのであればどれほど楽なことか。
諦観の上に覚悟を決めなければならないとか、これが冗談でなかったら一体何を冗談だと言うのか。
「はぁ~、わかりましたよわかりました、付き合えばいいんでしょ」
封筒から取り出した便箋を広げるとそこには見慣れた魔法陣、光が空間に走り立体ホログラムが人型に浮かび上がる。
「シエル先生、おはよう御座います」
「あら、奥田君、ちゃんと挨拶できるなんて先生驚いたわよ」
そう言葉を発した人物は黒系のスラックスパンツにジャケット、そしてその上からクリーム色のカーディガンを羽織り、左手には黒表紙の冊子、所謂出席簿を抱えていた。
言うまでもなく、まあ、それは女教師そのものだった。
「あの、先生はコスプレが趣味なんですか?」
「何の事かしら? 先生はいつだって先生よ」
「でもほら、妹とか母親とか、楽しんでやってるとしか思えない節が脳裏に焼き付いているんですが」
「奥田君、一ついい言葉を教えてあげるわ。
それはそれ、これはこれ!
過去に囚われていてはダメよ、現実を受け止めなさい、それとも女教師は奥田君の守備範囲じゃなかった?」
「さいですか、てか守備範囲ってなんだよっ! 毎度のことながらワケわかんねーよ! 俺の守備範囲はいたってノーマルだ!」
「ふーん、つまりただの女教師には萌えないと、そう仰るのですねこの変態は。
どんな属性ならハァハァするんですか? いまならオプションで男日照りの三十路独身女教師って設定も盛り込めるけど、いる?」
「いらねーよ! 全力でいらねーよ!」
「あらそう、残念だわ、せっかく先生があはーんうふーんな感じで個人授業してあげようと思ってたのに、萌えていいのよ?」
「シエル! 間違ってもお前にだけは絶対に萌えたりしねーよ!
あと全国の女教師に五体当地で謝れ!」
「相変わらず冗談が通じないのね、そんなコミュ力じゃ社会に出てから苦労するわよ」
「コミュ力以外で苦労しまくりだよコンチクショーが!」
「まあ、ちゃんと苦労してるならなによりだわ、領主としても頑張っているようね。
そんな奥田君に先生から宿題のプレゼントを出してあげるわね。
ちゃんと宿題を頑張れたら、スキルの一部を変えるご褒美をあげるわよ」
「宿題でスキルを変えるだって!?」
「そうよ、先生から愛の籠った宿題」
「愛の籠ったって単語が付くと途端に胡散臭くなるんだが。
どーせ碌なもんじゃないんだろ?」
「酷い言われようね、ハードル上げちゃおうかしら」
「すいませんでした! どうか平に、平にお手柔らかにお願い致します!」
「初めから素直になっていればいいのに。
それじゃぁ~、宿題の教科は国語にしようかしらね」
「国語? ここにきて展開が予想できない怖さが」
「宿題は作文にしましょう」
「うげっ、せめて理系にしてもらえません? 俺文系苦手だから」
「ダメです、これは苦手な教科を克服するビッグチャンスなのですよ。
さあ、頑張っていきましょう。
では物語を創りやすいようにタイトルの大枠を指定します。
『ハズレスキル〇〇が原因で無能の烙印を押され、〇〇を追放された俺がハズレスキル〇〇を駆使し〇〇で無双しまくる、今更〇〇に帰ってこいと言われてももう遅い! 俺は〇〇として自由気ままに生きる!』
これを適当に穴埋めしてタイトルを考えて小説を書きなさい」
「直球テンプレキター!
お前はどうして各方面に喧嘩を売ることしかできないんだ!
訴えたれたいの? バカなの? 死ぬの?」
まあ、死ぬのは作者なんですが……。
シエル、マジで怖い物知らずだ。
「どう? 書いてみる気になったかしら」
「無理です、もう勘弁してください、見えざる神の手によって大人の都合で全てが無に帰す未来しか見えません」
いや、ホントに、大人の理由でナイナイされちゃうよ、ガチで。
「奥田君は本当に国語が苦手なのね」
「苦手とかそういう次元の話じゃねーんだよ! わざとだよな! わざとやってるんだろそれ!」
「わかりました、そこまで言うのなら、先生がちゃんとタイトルを考えてあげます。
こんなサービス滅多にしないんだからねっ!」
「会話が成立しねーよ、誰か助けて!」
「えーと、タイトルはね。
『ハズレスキル【手から無尽蔵にちゅーるが出る】が原因で無能の烙印を押され、【Sランク勇者パーティー】を追放された俺がハズレスキル【手から無尽蔵にちゅーるが出る】を駆使し【ネコ科魔獣使役】で無双しまくる、今更【Sランク勇者パーティー】に帰ってこいと言われてももう遅い! 俺は【ペットショップ肉球ヘブンの店員】として自由気ままに生きる』
これでいきましょう、どう? 書けそうな気がしてくるでしょ」
「タイトル長っ! 書けるワケねーだろっ!
なんだよその無茶苦茶な設定は!
で、でも……ちょっと読んでみたいと思う自分がなんかイヤだ。
これがザマァ系タイトルの魔力なのか! なんて恐ろしいんだ」
「先生の言う通りにすれば、書籍化も夢じゃないわよ」
「いや、無理だろ、それ以前に各方面からお叱りの声が出るって」
「もう、コレがダメなんてホントに我儘な生徒ね。
それならとっておきのタイトル考えてあげるからそれで書きなさい。
『罠に嵌り婚約破棄された悪役令嬢はイタコとして覚醒し天下を取る ~但し守護霊はカジキマグロ~』
どうかしら? イマジネーションが爆発しそうにならない?」
「ならねーよ! むしろお前が書けよ! すっげー気になるから読んでみてーよ!
あーもうなんなんだこの理不尽なワクワク感は。
それとさ、もう一回言うけど俺は理系だから文系作業は無理だってば」
「もう、アレもダメ、コレもダメって我儘なのねぇ、せめてプロットだけでも考えてみない?」
「お前が言い出しっぺなんだから前が考えろ! てゆーか俺が読者第一号になってやるよ! 早く読ませろ!」
「理系の奥田君にはちょっと難しい宿題だったかな?
さて、枕詞的な冗談はこのぐらいにしておきましょうか」
「やけに長い枕だな、長すぎて枕がベッドからはみ出ちゃってるよ。
あとお前の冗談はガチでエッヂが利きすぎて各方面にザックザク刺さるから、ホントやめてね」
「それで、今日先生が来た理由なんだけどね。
スキルを少し調整してあげようかなと思ってね、奥田君も頑張ってるみたいだし超絶ハイパー美少女管理者シエル先生からのささやかなご褒美的なプレゼント? とでも言うのかしら」
「忘れてた肩書をサラリと復活させるなよ」
「それでどう? 例えばTバックパンツを造れるようになりたい、とかそんな要望や願望や欲望はないかしら?」
「即答で無ぇよ! そんな願望あってたまるかっ!」
「あらそうなの、Tバックじゃ満足できないなんて奥田君はおませさんなのね。
ビーズスリット付きパンツじゃないとダメだなんて、先生驚きを隠せないわ」
「そんな願望もっとありえ無ぇーよ!」
「そうなの? でもそれはまだ我慢してね、ゴールドランク以上で解放する予定だから」
「おうふ、聞きたくなかったでござる、もうやだこの世界。
てかホントに勘弁してください、そんなスキルパンツ絶対いらないんで」
「TフロントかOバックなら考えてあげなくもないわよ、このスケベニンゲン(オランダ地名)が。
奥田君もなんだかんだ言ってお年頃、そういうのに興味があって当然よね。
わかるっ、わかるわよ、先生はそんな思春期生徒の理解ある味方ですからね(ドヤ顔)」
「わかってねーよこのポンコツ教師が! てか思春期とっくに終わってるよ俺。
もうなんなのこの話の通じない宇宙人は」
「それでさしあたって、今困ってるんじゃないかしら?
そうね、例えば服とか」
「状況わかってるなら遠回しに言わずに単刀直入に言ってくれよ頼むから」
「それとこれとは別なのよ、何事にも遊びは必要だと思わない? 事務連絡だけじゃ先生寂しいのよ」
「お前のは遊びの域越えて滅びの序章って気がしてくる件。
いや、そんな事より服だ服っ!
服生成のレパートリーを増やせるのか!
今、子供服がめっちゃ欲しいんだよ!」
「子供服ねぇ、それなら……園児服を追加で決まりね」
「やーめーてー!
確かに園児もいるけどもっと汎用性が高いって言うか、小中学生でも着れる服でお願いします。
てかなんでお前のチョイスする服は大人がイロモノ系として着ることが前提のラインナップなんだよ!」
「それは、異世界生活で奥田君が欲望の限り楽しめるようにと、先生からの親切心じゃないの、わかるわよね?
園児服、着せてみたいでしょ? だって男の子だもんね」
「ならなねーよ! 全力でならねーよ!」
「ちなみに、追加できる服の名称は1種類よ、よーく考えてね」
「1種類か、うーん、色々追加したかったけどそこまで甘くないよな。
小さい子から大きい子まで男女関係なく着れる普段着……。
これから冬になるの考えると、スキーウェアが妥当のような気もするが、ワンシーズンしか着れないしなぁ。
さらに名称1つで上下セットの服となるとこれまた難しい」
「先生はね、マイクロビキニがいいと思う!」
「冬っつってんだろこのアホ管理者が!」
「防寒機能を付与したマイクロビキニならどう? 真冬の海でも泳げるわよ」
「だからビジュアル的に却下だっ!
もう、こうなったらアレでいいよ、地味だけどジャージだ、ジャージに決定!」
「な、なんだと……。
ジャージプレイがしたいだなんて、貴様っ、
「深い意味なんてねーよ! てか玄人ってなんだよ!」
「ほら、あれだよ、ジャージを着せた女の子に『先輩』って呼ばせる、部活の先輩後輩くんずほぐれつの甘酸っぱいプレイだよ」
「全世界のジャージに謝れ! そんな玄人思考すんのはお前だけだよっ!
つーかツッコミすぎて喉痛くなるよ」
「照れなくてもいいのよ、例え玄人チックの変態でも優しく受け入れる、それが先生というものです。
では、服生成スキルに追加するのはジャージでいいのね?」
「もうそれでいいです、汎用性の高さじゃダントツの服ですから」
「わかりました、下はブルマで上はジャージの組み合わせの願い、叶えてあげましょう」
「うん、もうツッコまないぞ俺、普通に上下のジャージな」
「ではいきますよ、はい、完了です」
「え? もう追加終わったのか、早いな」
「何かそれっぽい魔法チックなエフェクトが欲しかった?
でもそれはダメよ、作画スタッフから反感買っちゃうから、大人の事情というやつね」
「またワケのわからんことを」
「それじゃ用事は済んだから先生帰るわね、奥田君、領主も魔王退治も頑張るのよ~」
言いたい事だけ言ってシエルのホログラムは消えた。
その直後手の中にあった便箋は青い炎に包まれて消えて無くなる。
「はぁ~、今回も意味不明に疲れた。
しかし、思わぬところで新しい服をゲットできた、正直これは助かるな、一応シエルに感謝だな」
ベンチから立ち上がった圭は、リーゼとミミルが寝ている家に戻り、寝ている二人を起こして今日の準備を始めるのだった。
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