第85話 来ちゃった、てへっ

 時間は少し流れ夕食時。

 出来上がった食堂は鉄製の無機質な建物だった。

 森から木を伐り出すのも勿体ないと意見が出て、ならば鉄骨の建物にしようという流れになり、圭が骨材や壁材の大まかな説明をしながら村人で製作を行った。

 柱には角パイプ、壁はただの鉄板にガラスの二重窓、屋根は採光窓を付けた二重屋根になり、屋根焼けの熱を逃がすような構造になっている。

 対してテーブルと椅子は元々余ってた木材の端材などで作られ、温かみのある食事空間を演出していた。

 パン窯や炊き場はレンガや石材でしっかりと大き目の炊事場として造られて、当日中の完成という目標には間に合ったのだが、如何せん大人数のパン生地の仕込みが間に合わなくて出番は明日の炊事からになる予定だ。

 というわけで今日の夕食は肉と野菜の煮込みスープ、そして少しの果物だ。


 食堂の建設をしてる間に圭は一度領主街に戻りフェルミ商会へと足を運んだ。

 そこでかき集められた子供用の靴やサンダル、そして服などを回収し再び村へ戻った。


 食堂での配膳や取りまとめは村の主婦達にまかせ、圭とリーゼとミミルは大浴場の施設前で待ち構えていた。


「よし、食事が終わった子からこの風呂に入る予定だから、リーゼとミミルは女風呂、男風呂はサトウさんにヨシダさん、子供達に風呂の使い方を教えるのと、着替えとかの面倒をお願い。

靴は風呂から出たら必ず履かせてね、服はこれから俺が用意するから。

下着はこの際男女関係なくパンツを穿かせる、女の子は白、男の子は黒で作るとしようか。

パジャマも全員分作るから、もう秋だしモコモコパジャマがいいかな、適当に子供サイズで用意しておくよ。

風呂から出たらあとの各家への案内はほかの村人にお願いしてるから、今日はそこまでやったら終わりだ」


「わかったよブルーレット」


「みんなでお風呂だにゃー!」


「やれやれ、今日は長く疲れる風呂になりそうだな」


 指示を出し大浴場に入った圭は脱衣所を見渡す。自分が製作指揮をしただけあってその造りは日本の銭湯と変わらない仕様となっていた。

 そこに大量のパンツとパジャマをSサイズとMサイズで生成していく、女の子用にピンクのパジャマ、白パンツを生成したあとは、男湯の脱衣所で黒パンツと紺のパジャマを生成。


 尚この脱衣所には大量のバスタオルとハンドタオルが山積みになっていて、村人なら誰でも使えるようになっている。

 洗濯などの管理は村全体で行っていて、清潔な共同施設になるように圭が利用方法を確立した結果だ。

 付け加えで言えばこの村で用意された布製品のほとんどは、圭が出した巨大パンツを裁断して得られた物である、そう、山積みのバスタオルなども元はパンツである。

 パンツで体や顔を拭く! 男にはたまらないシチュだ、と思うのは圭だけだろうか? うん、そうだな、圭だけだ。


 さて、そんなこんなで順番に食事を終えた子供達を風呂に入れ、各家に落ち着かせたころにはすっかり日も沈みきっていて、就寝する時間が迫っていた。

 大人サイドは食堂に集まり残り物で食事をしながら「お疲れ様会」的な会話となっていた。


「村のみなさん、お疲れ様でした、急な子供の受け入れありがとうございました。

おかげさまで無事に子供達を移住させることが出来ました。

これからも色々面倒をかけると思いますが、領主として出来る限り援助とかしますので、今後も子供達をよろしくお願いします」


「どうしたんだブルーレット、畏まってよ、領主になったからってそなに距離とらなくてもいいだろ。

いつも通りの変態ブルーレットでフランクに頼むよ」


 畏まり村人に礼をする圭に対しサトウはいつもと何変わらぬ対応で圭に促す。

 但し、そのサトウの目は死んでいた、同じくヨシダ、リーゼの目も死んでいた、その目からは光が消えていたのだ。


「うん、そうだね、畏まる必要もないか、ていうかサトウさん大分疲れてるように見えるけど、大丈夫?」


「ああ、大丈夫じゃないけど大丈夫だ、もう俺一か月くらい風呂には近づきたくない」


「私も、おとなしく入ってくれた子は助かるけど、小さい子ははしゃいで大変だった」


「女湯はまだいいほうだったんじゃないか? そんなに叫び声聞こえなかったぞ、男湯はマジで地獄だった」


「ミミルは楽しかったですにゃ!」


「ミミルは子供と遊んでただけでしょ、私ホントに大変だったんだから……」


 元気に声を出すのはミミルだけで他のメンバーは声を絞り出すように今日の風呂場の惨状を語る。


「まあまあ、何事も最初は大変ですが子供がここの生活に慣れればかかる負担も減るでしょう。

なんにせよ村にとってはありがたいことです、人口が一気に3倍になったんですから。

食料の心配もないとブルーレットさんが太鼓判を押してくれていますし、私としては嬉しい限りですよ」


「なら明日は村長が風呂担当な」


「え? いや、それとこれは話が別ですよ、私ももう歳ですし」


 サトウと村長で風呂担当の擦り付け合いが始まる。


「今日は一気に子供だけで風呂に入ったけど、明日からは村人も混ぜて好きな時間に入るようにすれば問題ないんじゃない?

その時間ごとに入った村人が面倒見るってことで」


「おう、それなら大丈夫そうだな」


「子供達も一度入ってる訳ですし、さほど心配することもないですな、ブルーレットさんの仰る通りです」


 圭の提案にサトウと村長も安堵の息を漏らす。


「ブルーレットさん、今日はこのまま村に泊まりますか?」


「どうしようかな、リーゼとミミルはどうする?」


 村長の問いかけに圭はリーゼとミミルに意見を訊く。


「私、もうだめ、疲れた、食べたらすぐ寝たい」


「ミミルはご主人様と一緒ならどこでもいいですにゃ」


「なるほど、という訳でリーゼが死にそうだから今日は村に泊まるよ」


「そうですか、では後で空いている家に案内しましょう」


 この間建てた家40軒には、1軒ごとに2段ベッドが2つとキングサイズベッドが1つ完備している。

 つまりベッドだけで200床あり、さらに小さい子供が多いので体の大きい子供以外は2段ベッドの1段に2人、キングサイズベッドには3人から4人寝かせている。

 1人に対しベッド一つでもよかったのだろうが、そこは圭と村長で話し合い子供同士かたまって寝たほうが安心できるだろうという結論に至り、実際のところ使用している家は20軒程度に収まっている。


 さらに付け加えると各家の間取りは、家の中心から上下左右に壁が伸びるように4つの部屋に分けていて、玄関から繋がる部屋が簡易キッチン兼リビング、そこには暖炉もあり玄関横には汲み取り式のトイレ、そしてキングサイズベッドの寝室が1部屋、2段ベッドが2組おいてある子供部屋が1部屋、何も置いてない自由部屋が1部屋となっている。

 日本の住宅事情からみると各部屋はかなりゆったりしていてそれぞれ12畳程度の広さだ。使える土地が広いというのは素晴らしいことである。

 雪が降る前にフリーとなっている自由部屋にさらに2段ベッドを追加し、ゆくゆくは1人1台のベッドで寝れるようにするつもりだと、村長は圭に伝えている。

 いずれにしてもあと200人以上は余裕で受け入れられる環境ということだ。頼もしい限りだと圭は安堵した。


 食事を済ませた各々はそれぞれの家に帰り、圭一行3人は空き家の1軒に泊まることになった。


「いやー、今日はなんだかいつも以上にバタバタしたね、2人ともお疲れ様、すごく助かったよ」


 蝋燭の灯りの中、ベッドに腰を掛けた圭がその両脇に座るリーゼとミミルを労う。


「ホントのホントに疲れたぁぁぁぁあああ!」


「ミミルはそんなに疲れてないですにゃ」


「まあ、明日は明日でまだまだやることが出てくる筈だから、今日はもうこれで寝ようか」


「寝るー!」


「寝るですにゃー」


 蝋燭の灯りを消し、キングサイズベッドに川の字になって就寝する3人、いつも通りに左腕はリーゼ専用の枕になり、右腕にはミミルが抱き付く恰好となっている。

 女の子2人の幸せそうな寝顔を横に見ながら、圭は明日以降こなしていく段取りを考えていく。

 当面の問題としてまずは衣類の調達、パジャマを普段着にできないこともないが、やはりパジャマはどこまでいってもパジャマである。

 フェルミ商会からいくらか集めたものもあるが、全員に数着ずつ配るにはまだまだ数が足りない。

 そしてもう一つの問題は食料だ、これが一番大きい問題のような気もする。

 幸いにしてオクダ家としてノイマン家から引き継いだ金貨が大量にあるから、買い付けることさえできれば最悪の場合はお金で解決することもできるが、領内の食料は有限である、流通バランス等を考えると足りないのではないかと思ってしまう。

 その辺はバーナントさんやイレーヌさんに相談しながら対応していくしかないのだろうな。


 色々と考えが頭の中でグルグルと回りながら、いつしか圭は眠りについていた。



 そして翌朝、日が昇る少し前に目が覚めた圭は顔に何か乗っかっているのに気が付いた。

 距離が近すぎて像を結ぶことが出来ないぼやけた白い物体。

 これは何だろう? なんて考えなくてもわかる悲しさ。



 来た。



 奴が来たのだ。



 封筒と共に現れるあの口に出して言いたくない、あの奴が来たのだ。



 戦慄する圭は顔に乗った封筒を握りしめ、リーゼとミミルを起こさないようにそっとベッドから抜け出したのだった。


 

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