第82話 いじめっ子と花

 庭での食事の段取りが終わり、あとは買い出し隊の帰還を待つばかりなのだが。

 特にすることもないので、子供達を観察する圭。

 知り合い同士で集まり会話をしている子供もいれば、椅子に座りじっと待つ子供もいる。

 だがその光景はやはり圭の知っている日本の子供の姿とは違い、ちょっとした違和感を覚えた。

 年齢層的にも幅広く幼稚園児や小学生くらいの子供が大半で、1割程度中学生くらいの子供が混じっている。

 当たり前のように思い描く子供像だったら、手が付けられないほど暴れ回り、姦しいことこの上ない困った光景を想像してしまうが。

 しかしここにはそんな子供らしい光景が全くない、その違和感に若干の憤りを感じる圭。

 子供として当たり前に享受される安全と安心が、ごっそり抜け落ちると人間こうなってしまうのだ。


 そんなことを考えていると、少し離れた場所からの少年の声が圭の耳に届いた。


「おいリタ! お前は無能だから街に残ったほうがいいんじゃないか?

どーせ新しい所に行ったって邪魔者にされて追い出されるぜ」


「はははは、そうだな、無能で魔法が使えないお前はいらねーよ」


「……」


 見ると小学校高学年くらいの少年二人が、小学校中学年くらいの少女に詰め寄っていた。

 詰め寄られた少女は俯いて唇を噛みしめている。

 少年達が少女の名前を知っているあたり、それなりの面識はあるのだろう。

 会話の内容からするにこの少女は魔法が使えないようである。

 この世界において日常魔法とも言える火や水が使えないというのは、それだけ致命的なのだろう。

 しかし大人としてこのままこの子達を放置するわけにはいかない。

 これから作り上げる孤児のコミュニティにわだかまりを持ち込みたくないからだ。

 得てしていじめとは本人に自覚のないからかいから始まるものである。

 そのきっかけは些細なマウントの取り合いだったり、しょうもない理由なのだ。

 どこの世界にも子供の無自覚な悪意というのは存在するのだと、改めて思う圭。


「おいそこのガキ」


「領主様!」


「お前、さっき俺が言ったこと覚えてるか?」


「えっと、あの……その」


「自分より弱い者を助け、みんな仲良く、ケンカもいじめもしない。

それが出来ないなら村に連れて行かないって言ったよな?

お前ら二人、元居た場所に帰っていいぞ、村に必要ないから」


 死刑宣告とも取れる圭の発言にみるみる顔が青ざめる少年二人。

 いつのまにかそんな圭を子供達全員が見つめていた、皆がこの場の行方がどうなるのか見守る。

 この救済措置ともとれる移住の話。それを取り仕切る領主に睨まれ不要だと言われることの意味。

 全員が思う、提示された約束事をいきなり反故にすることの愚かさが招く結果がどうなるのだろうかと。


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったんです」


「その、いつも通りに話していただけで」


「ほほう、そんなつもりじゃなかったら、平気で相手が傷つくイヤな会話をしてもいいと。

本気でそう思ってるんだな?

だったら俺も『そんなつもりじゃなかった』を使わせてもらうぞ。

そんなつもりじゃないけど、なんか気に食わないからお前ら帰っていいぞ。

これからみんなで食べるごはんもあげない、ごめんな、ルールを守れないお前らが悪いんだからな。

これでも悪気はないんだぞ、そんなつもりじゃないんだからな」


 魔族の顔で、極悪人も裸足で逃げ出す極悪の笑みを浮かべた面構えが、悪意に満ちた言葉を少年二人にぶつける。

 完全に弁明の余地が無くなった少年は、恐怖と絶望と自尊心と全ての感情の処理が追い付かなくなり、脳内のブレーカーがはじけた。


 つまりは豪快に泣いたのだ。


「うああああああ、ごべんなざい、ごべんなざい」


「ぼうじばぜんがら、ゆるじでぐだざいごべんなざい~」


 圭の横にいたリーゼが圭に話しかける。


「あーあ、泣かせちゃった。まあ、同情はしないけどね」


「ちとやりすぎたな」


「いい薬じゃない?」


「さてと。

男ならピーピー泣くんじゃねぇっ!!」


 突然の圭の一喝に声を荒げて泣く二人の声が止まる。


「お前らホントに反省してるのか」


「ひぐっ、はい」


「はんぜい、じでまず」


「もう二度としないか?」


 圭の問いかけに首を縦に振る二人。


「やれやれ、罪を憎んで人を憎まずでいこうとしますかね。

十分反省してるようだし、ここらで許すとしようか」


「「ありがどうございばず」」


「ただな、お前らさ、本当に謝らなきゃいけない相手は俺なんかじゃないだろ?」


 圭の問いかけにはっとした二人がリタと呼ばれる少女に向き直る。


「「ごべんなざい、ゆるじでぐだざい!」」


 腰からガッツリと体を折り曲げ頭を下げる二人。

 いきなり頭を下げられたリタが戸惑いの表情を見せる。

 自分よりも年上で気が強い男二人がまさか謝ってくるとは想像もしていなかったからだ。


「どうするリタ、許せないんだったらべつに許さなくてもいいんだぞ。

それだけの事を今までこいつらはしてきたっぽいからな」


「もし、許さなかったらどうなるんですか」


「うーん、そうだな、お尻丸出しでお尻ペンペンの刑かな」


「お尻」「ペンペン」


 少年二人の声が震える。

 お尻ペンペン、これだけの聴衆が居る前でそれをされることの恥辱は計り知れない。

 威厳も自尊心も全てが粉々に砕かれる悪魔的お仕置きなのだ。

 それは子供社会においての死を意味する。


「さすがにそれは可哀そうかも……、わかりました、許します」


 リタの許しにガバっと頭を上げる少年達。


「リタ……ありがとう!!」


 感極まった少年はお礼を言うとその場にへたり込む。

 二人を許したリタの頭に手を乗せナデナデする圭。


「リタは優しい子だな、そういう子は村に大歓迎だぞ。

ま、予定外だったけどいい見せしめになったかな、これでみんな約束を守るようになるだろ。

そういえばリタ」


「はい」


「魔法が使えないって本当なのか?」


「私、その、役に立たない魔法しか使えないんです」


「役に立たない……、全く使えないんじゃなくて何かできるのか」


「はい、火とか水が使えなくて、花を咲かせることしかできなくて」


「花を咲かせる? 詳しく教えてくれるかい?」


「えっと、花は育てて咲かせるのにすごく時間がかかります。

でも私が花の苗に魔法をかけると、すぐに咲くんです。

あと、私が咲かせた花は普通の花よりも長持ちします」


「花を咲かせる魔法か、面白いな」


 今までの知識だと魔法は火・風・水・土・光・闇の6種だ。

 フィッツの雷は例外だから除外するとして、それに該当しない魔法、その意味について考える。

 この魔法は花の成長を促進させる魔法だ。

 つまり植物に使える魔法だ。

 その対象は花だけなのだろうか?


「リタ、花以外に魔法を使ったことってある?」


「ありません」


「そうか、ちょっと試してみてもらえないか?

そうだな、この刈られた芝生、魔法をかけてみてくれるか」


 そう言いながら圭は地面の芝生を指差した。


「芝生ですか、わかりました、やってみます」


 リタがしゃがみこみ両手を芝生に向ける。


「んん~~~!」


 小さい声で唸るリタの魔力が3センチ程度に刈られた芝生に注がれる。


 そして……。


「おお!」


「うそ……」


 手をかざした小さい範囲だが、芝生は20センチくらいまで伸びた。

 成長促進とかそんなレベルではなく、これぞ魔法だと言わんばかりに、ものの10秒程度で一気に成長させてしまった。


 しゃがんでリタの両手を取り、その小さな手を上下にブンブンと振る圭。


「凄いぞリタ! 役立たずなんかじゃない! これは凄い魔法だぞっ!」


「役立たずじゃない、本当に?」


 キョトンとしたリタはまだ理解できていない。

 いや、リタどころかここに居る全員が理解していない、圭が言う凄い魔法と言う意味を。

 凄いと言われても、ただの草を成長させただけなのだ、どう考えても役に立たないという結論しか出てこない。

 火や水のほうがはるかに便利だと思ってしまうのは、この世界の住人なら当たり前のこのとなのだ。


 しかし、圭は確信していた、この魔法は絶対役に立つと。


 そんなやりとりを俯瞰で眺めていたアリアが門から入る馬車に気が付く。


「あ、馬車が戻ってきましたわ」


 全員の注意が馬車に集まる、ゴクリと喉が鳴る。

 おまちかね、ハイパーごはんタイムの狼煙のろしが今上がろうとしていた。

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