第81話 孤児とご褒美と変態

 屋敷の庭には数えきれないくらいの子供が集められていた。

 その数はぱっと見で100人は軽く超えている、200人に届くかもしれない勢いだ。

 門の正面から屋敷に続く石畳路を境に左右に分けられた敷地内の庭。

 そこにはロッカを含む数名の警備隊員が立っており、その周りをざっくばらんに子供達が芝生の上に座っていた。

 さらに子供達の中にはバーナントをはじめとした屋敷の使用人が数名立っている。


「ブルーレットさん! お待ちしていました」


「ロッカ、凄いなこの数、これ全部孤児なの?

今朝聞いた時は確か50人くらいって言ってなかった?」


「申し訳ありません、自分が把握している以上に孤児がいたようで」


「いや、別に怒ってるわけじゃないから謝らなくていいって。

ちょっと驚いてるだけだよ、それにしても……」


 そのあとに続く言葉がみつからなかった圭。

 見渡す庭に居る子供達を観察してみると、ボロボロの服にボサボサの髪。

 靴を履いている者はほとんどおらず大体が裸足。藁を編み込んだ靴のようなものを履いているのが数名いるくらいだ。

 そして一番印象的に思えたのは子供達の瘦せ具合だ。

 絶対的に足りていない栄養、こんな状態でまともに冬を乗り切れるのだろうか。

 おそらく免疫能力も相当低下しているだろう、風邪ですら致命的になりかねないかもしれない。

 全体的に気力がなく、皆おとなしく座っている。

 圭の知っている無邪気に笑う一般的な子供像、そんな光景がここには無かった。

 改めて思う、ここは日本ではなく異世界なのだと。


「ねえロッカ、この子達連れてくる時に、どんな口説き文句でここに誘ったの?」


「口説き文句?」


「なんの説明もなしに子供が付いてくるワケないでしょ、なんて言って連れてきたの?」


「ああ、そういう意味でしたか。

新しく領主になられたブルーレットさんが保護してくださると説明しました。

住む場所と食べ物の用意された所に連れて行くと」


「なるほど、簡潔な説明だね。

そんな説明でなんの疑いもなしにこれだけ集まるもんなのか、ちょっと意外だな」


「それだけ切羽詰まっているのでしょう、皆、藁にも縋る想いでここに来ているはずです」


「そうなのか。

よし、それじゃ約束は守らないとね。

傾注! 警備隊隊長ロッカ、貴殿にこれより第一級指令を与えるっ!」


「はっ!」


 姿勢を正すロッカに圭が続ける。


「パンとジュース買ってこい、ダッシュで」


「へ?」


「嘘、冗談だ、でもやることは一緒だ。

200人分のパンと肉と飲み物、屋台とかで買ってきてくれるかな。

屋敷の馬車も使っていいから。

さすがにここで調理とかは難しいから、すぐ食べれるものでお願い」


 いつのまにかそばに来ていたバーナントにも指示を出す。


「バーナントさん、馬車出してくれるかな、それと銅貨と銀貨あるだけ持ってきて、ロッカと一緒に買い出し行ってね」


「かしこまりました」


「二人だと大変だから隊員みんなで行ったほういいか、なにせこの人数分の食い物だからな。

えーっと、あとの細かい説明はその間俺がするとしてだ……。

あ、誰か一人でいいからフェルミ商会からフェルミさん呼んできてもらえる?」


 圭の割り振りにバーナントがメイドの一人を指名する。


「それでしたら屋敷の者を一人使いに出しましょう。

ケニー、商会へ行きなさい」


「はい、フェルミ様をお連れしてまいります」


 ケニーと呼ばれた30代のメイドが一礼すると、そのまま庭から出ていく。

 それに続きバーナントと警備隊も馬車の準備を済ませ食料の買い出しに出て行った。


 芝生の上で不安気な視線を向ける子供達に圭が向き直る。


「さてと、それじゃみんな、ちょっとこっち向いて話聞いてくれるかな。

まず、俺は新しくここの領主になったブルーレットだ!

見ての通り人間じゃなくて魔族だ」


「領主……魔族……」


 ザワザワと動揺が広がる。


「ちょっと見た目が怖いかもしれないけど、襲ったりしないから安心してくれ。

ここにいるみんなは親や村に捨てられ、辛い思いをしてきたと思う。

寒い思いをし、食べる物もなく、生きるために必死だったと思う。

でもそれも今日で終わりだ、俺が新しく住む場所を用意した。

飢えて死ぬこともない、寒さに凍えることもない、安全な場所だ。

どうだ? 行ってみたいと思わないか?」


 一人の少年がおずおずと震えた声を出す。


「ホントに、そんな場所があるのか? 付いて行ったら奴隷にされたりとかしないのか?」


「奴隷になんかしないよ、お兄さんは魔族で変態だけど嘘はつかないよ.

もちろん無理やり連れて行くなんてことはしない。

新しい場所で暮らすか、この街で今までのように暮らすか、君たちが選んでいい。

一応話しておくと行ってもらう場所は、この街から南に行ったエッサシ村という所だ。

大きなお風呂もあるし、フカフカのベッドもある、贅沢はできないけど食べ物も保証する。


でも、そこに行く場合は約束してもらいたいことがある。

ちゃんとお風呂に入ってきれいにすること。

ケンカしたり弱い者をいじめたりしないこと。

洗濯や食事の用意とか、自分で出来ることは自分ですること。

小さい子供は大きい人がちゃんと面倒を見ること。

みんなで助け合って暮らすこと。


この約束が出来るなら連れて行く、さあどうだ? 来るか?」


「行くっ!」


 圭に質問した少年が元気よく立ち上がった。

 それを皮切りに声が広がっていく。


「私も」「僕も」「行きたい」「助けてください」「もうこんな生活はやだ」


 様々な声がその意志の現れとして圭の心に届く。

 中には言葉を発せず顔を伏せ泣く事しかできない子供もいた。

 それだけ過酷な現実からの解放を切望してきたのだろう。

 様子を見ると一人も漏れず行くことを選択したように見えた。


「大丈夫だ、泣かなくてもいい、ちゃんとみんな連れて行くから安心してくれ。

話したいことは以上だ。

みんなお腹空いてるだろ? もうすこしここで待っててくれ、今食べ物を用意してるところだから」


「食い物っ!」


「しっかり食べて、元気になって大きくなれよ、これも約束だ」


 半信半疑で怯えのあった子供達に、安堵と笑顔が広がっていく。

 これでとりあえずの説明と移住への同意は得られた。

 そして次なるステップは食事なのだが。


 

「さーてーとっ、食事を摂るにしても、屋敷の食堂じゃ収まりきらないしな、地べたで食べるのもあれだし、どーしたもんか」


「みんなでごはんですかにゃ?」


「そうなんだけどさ、テーブルとか椅子が欲しいんだよね、状況的にはもう立ち食いしかなさそうだけど」


 ミミルの両目がキュピーンと光る。


「これはもうアレですにゃ、グリグリしかないですにゃ!」


「グリグリ?」


「ミミルが土から造りますにゃ! だからご褒美ですにゃーーー!」


「おおー、その手があったか、って毎回言うけどご褒美じゃないからね」


 子供達に魔力付与を見せるわけにはいかないので、ミミルを連れて屋敷に入る圭だが、なぜかリーゼもついてきた。


「おいリーゼ、今回はミミルだけでいいだろう」


「よくない、私も魔力欲しい」


「はあ~、一人やるも二人やるも一緒だけどさ、風魔法の出番はないぞ」


「それはどうかな~、ちょっと試したいことがあってね」


「試したいこと?」


「うん、あとでのお楽しみ」



 玄関ホールでは人目があるので応接室に三人で入り、いつも通りに頭にパンツを被った圭が人間の姿になる。

 慣れた手つきで賢者モードになった圭が二人に魔力付与を行う。


「今日もグリグリされたですにゃ、ご主人様のためにがんばるですにゃ」


「このために私は生きている! 魔力付与最高っ!」


「お願いだから本音隠せよ」


 うっとりした二人を圭がたしなめつつ、応接室を出て玄関ホールに入ると、階段をアリアが降りてきた。

 尚、変身は応接室を出る前に解いている。

 

「なにやら外が騒がしいようですけど、どうかなされたのですか?」


「アリア、さっき話してた孤児が外に集まってね、これからみんなでごはんを食べる準備をするんだ」


「まあ、そうでしたの、わたくしもご一緒してよろしいかしら?」


「いいよ、みんなで行こうか」



 そして場所は庭へと移り作業を開始する変態少女二人。

 そこにいた全員がなにが起こっているのか理解が追い付かない。

 石造りのテーブルだと無駄に多くの土を使うので、体積の少ない鉄製の長テーブルを造るように圭が指示した。

 さらに丸天板に足が4本ついた背もたれのない簡易鉄製椅子。

 それらがミミルの手によって造られていき、それをリーゼが風魔法で持ち上げ子供達の前に並べていく。


「なるほど、風魔法も威力と向きを上手くコントロールすれば、重たいものも持ち上げられるのか、これは便利だな」


「えへへ、そうでしょそうでしょ、風の使い方も大分慣れてきたからね、さっき思いついたんだよ」


 実際、鉄製の長テーブルは木製に比べてかなり重い、圭の腕力なら軽いが普通の人には厳しい重さだ。

 それを簡単に持ち上げる風魔法、操作するリーゼは涼しい顔でサクサクと椅子やテーブルを操る。


「ななななななんですのこれはっ! そこの猫族の方は魔導士なんですの!?」


 驚愕の声で叫ぶアリア。


「魔導士って何?」


「魔導士は最上級魔法を使える方のことを言いますのよ、しかもこんなに大量に土から鉄を!

リーゼさんもおかしいですわよ! わたくしこんな風魔法みたことございませんわ!」


「そいえばそんな話を前に聞いたな、魔導士って滅多にいないって。

まあ、あれだ、このカラクリについてはあとでちゃんと説明するから、とりあえずは見なかったことにしておいて」


「見なかったことにって……はふぅ」


 常識外れの光景に魂が抜けかけるアリア。


「そういえばアリアはミミルに会うの初めてだよね、あの猫族が俺と一緒に旅をするミミルだ、あとで紹介するよ」


 莫大な魔力量を見せつけるがごとくテーブルと椅子を生成していくミミルの姿は、土の量が減っていく大穴にやがて隠れてしまう。

 ちなみに土を拝借しているのは庭の隅のほうだ。

 椅子とテーブルが人数分出来上がると、興がのったミミルはガラスの皿とコップを量産していく。


 斯くして、開始から30分程度続けられたイルミネーションは終わり、庭にオープンテラスもどきが出来上がった。

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