第79話 還元セール?

 いきなり領地改革をやると言い出した圭にイレーヌが、その場に居る全員が思っているであろう事を口にする。


「それで具体的にどのような事をなさるのですか?」


 問いかけを受けた圭に皆の視線が集まる。


「えーっと、具体的にはノープランだ」


「「「「え??」」」」


「いやいや、ちょっとみんな待ってよ!

確かに自信満々に言ったけどさ、まさかノープランなのかこのやろうみたいな目で見ないでよ。

いきなり打開策が出るほど単純な問題じゃないでしょ。

この状況で100%解決しろとか、どんなブラック企業の上司ですかって話だよ。

徹夜でデスクにかじりついたって最良のプランは出ないよ。

いや、ホント、社畜の皆さんファイトですよ、的な案件だからね。

先ずは現状の把握が最優先課題だ。それも各村レベルでの現状だ」


「それでしたら、徴税官が付けている各村の人口と生産量、それから納税量の帳面がありますが」


 イレーヌから具体的な数値の抽出が可能だと意見が出るが、それに対し圭は首を横に振った。


「その帳面の数字が本当に信用出来ると思う?

当然だけど徴税官は今までバレないようにピンハネしてたんだよ?

虚偽の報告してたに決まってるじゃん。

百歩譲って仮にその数字が合ってたとしてもだ、その数字からじゃ何も現状は判らないよ。

各村の時給自足率、世代ごとの食料消費量、諸々の条件から算出した不足分の食料。

これは実際に各村の村長レベルから情報の吸い上げをしないとね。

さらに言えば村長も一応は為政者ってことになるでしょ、村民から吸い上げて自分だけ潤ってる、なんてことも考えられるし。

疑い出したらキリがないけど、一番大事なのは末端の村民がどんな生活レベルになってるかってことだ。

情報ってのは間にクッションを挟めは挟むほど情報の信憑性が拡散するんだ。

なぜなら情報の伝達には伝達者の意思が介入するからだ。

えーとつまりはね、最初にやるのは俺が各村に行って現状を把握すること。

そして今年を含めた過去の口減らしの実態調査。

さらに口減らしにあった人の保護と生活の保障だ」


「それはとても大がかりな調査になりますね、人員的な問題もありますがいかがいたしましょう」


 あまりの突飛な打ち出しにバーナントが懐疑的な言葉を投げかける。


「まあ、人海戦術と言っても普通にやったら人と時間がかかるよね、それは俺がなんとかする。

特に移動力に関しては自信あるし、なんたって俺の翼はパンツで出来ているからね」


「パンツ、ですか」


「パンツです、パンツは万能です、パンツに不可能はありません」


「そう、ですか」


 この魔族は何を言い出すんだ? と怪訝な視線を向ける女性陣に、表情を一切変えず淡々と会話を続けるバーナント。


「それと一つ、情報の共有ってことで、唯一エッサシ村だけは内情を把握してる。

徴税は現金で済ませてるから、食料に問題は無いってのと、100人は受け入れられる新築の住居が完成している。

今は街の孤児なんかを保護して、とりあえずそこに住んでもらおうと思って動いてる。

余力的には口減らしにあった人も受け入れ可能だろう。

でもそうするのは最後の手段で出来れば元の村に返してあげたいとも思ってる」


「すでに対策を打たれていたのですか、さすがでございますね」


「孤児の保護に関してはリーゼの案だけどね。

俺は得られた情報を組み上げながら指示を出しているだけだ、全くフィッツの為政はとんだ負の遺産を残してくれたよ。

あ、そうだ、遺産と言えば聞いてなかったんだけど、ノイマン家に蓄え的な資産ってあったりするの?」


「はい、ノイマン家の資産、金貨5300枚相当が現在オクダ家の資産として引き継がれております」


「5300枚! かなりの額だけどそれは現金で保管してあるの?」


「はい、現金の資産として当屋敷に保管されております。

それ以外の資産は王都に別邸が一軒あるだけでございます」


「なるほどね、問題は意外にシンプルに解決しそうだなこりゃ。

あともうひとつ聞きたいことがあったんだ、税収って各村からの徴税だけが全部なの?」


「それには私が答えましょう」


 バーナントに代わりイレーヌが税収の内容を答える。


「先ほどまでの時間で把握した内容ですが、全部で12か所ある村からの徴税は麦として金貨約150枚です。

そして街の農工会管轄大農場からの収益が金貨約600枚、これは農産や畜産、工芸品が主な収入元です。

それ以外には商売税と交易関税を合わせたものが金貨約250枚で合計金貨1000枚が毎年の税収となっています」


「ほうほう、だいぶ見えてきた、具体的な数字で出してもらうと判りやすいね。

つまり村からの徴税分金貨150枚のうち幾らかをなんとかすれば済む話か。

もうめんどくさいから全部還元でいい気もしてくるけどね」


「ぜ、全部ですか!?」


「だって5300枚も資産があるなら今年くらいはいいんじゃない?

ぶっちゃけ何年も重税に苦しんできたんだし、たまにはボーナスあってもバチは当たらないでしょ。

言い換えれば悪政がひっくり返った新領主就任記念みたいな感じでさ、どうだろうか?」


「素晴らしいですわね、民もきっと喜ぶに違いありませんわ」


 あまりの突飛な案に大人達が口を噤む中で温室育ちのアリアだけが賛同の声をあげる。

 だた、そんな声とは別にイレーヌが懸念を口にする。


「確かに仰る通り還元は出来ると思いますが、現金で渡されても各村は困るだけではありませんか?

食料としての還元で行わないと、村によっては大量の麦の買い付けが難しい所も出てくるものと思われますが」


「あー、そこなんだよな、俺もそこがネックだと思ってた。

実際のところどうかな? 領内の市場に出回ってる麦から各村に戻すってなったらさ、混乱とか高騰とか起きそうかな?」


「すぐのすぐに混乱するほどではないと思いますが、来年の夏以降から麦の収穫前に高騰する可能性はあります」


「不足分を他領から買い付けするとかは出来る?」


「王都でしたら流通量からみても問題なく確保出来ますが、移送にかかる費用が問題ですね」


「移送か、パンツで……ってのは厳しいものがあるか、量がハンパなさそうだしな。

まあ、それはおいおい考えるとしてだ。

とりあえずのところは予算的には還元する方針で大丈夫そうだね」


「はい、あとはこの事実を公表すればよろしいかと」


「わかった、方針は今まとめた通りの認識でおねがい。

あとは各村の村長に聞き込みも予定通りする事にしようかな。

さてと、以上の決定に対して意見ある人はいる?」


「ブルーレットさん、宜しいでしょうか」


「どうしたのバーナントさん」


「はい、財政の大半を担う農工会の収益のことなのですが。

農工会は領主家直営の産業組織でございまして、こちらのほうは前旦那様よりわたくしが管理を預かっておりましたのですが。

雇っている農夫に支払う賃金もほうも、かなり厳しめのものになるように仰せつかっておりまして。

つきましては幾ばくかの還元か賃金値上げの対応をご検討いただければと進言致します」


「おー、そうだよ、そういう話だよ聞きたかったのは。

確か金貨600枚の収益だっけ? それなら半分の300枚還元でいいんじゃない?

とりあえず今年はそれで様子みようよ」


「そんなに戻していただいて宜しいのですか!? かなりの額になりますが」


「いいんじゃない、誰も損してないし、さっきも言ったけど悪政が続いたお詫び的なボーナスだよ。

新領主体制での最初の目標は領内の一次産業の拡大、そして領民全体の活性化だ。

何をするにしても政策を打ち出そうと思ったらお金は必ずかかる。

幸いにしてゼロスタートの資金ではない、5300枚も資金があるんだからさ。

手は手でなければ洗えない、得ようと思ったら先ず与えよ。の精神だよ」


「わかりました、仰せのままに。

手は手でなければ洗えない……ですか、含蓄のある言葉ですね」


「俺の言葉じゃないけどね。

他に意見ある人いる?」


「……」


「特にないようなら、これで会議は終了するよ」


「はい」

 

「ブルーレットさん、わたくしこういったものに参加するのは、昨日も含めて初めてですの。

とても勉強になりましたわ、まつりごとというのはとても考えさせられて楽しいものなのですね」


「殿下、この会議が一般的な政だと思ってはいけませんよ。

ブルーレットさんの政策はあまりにも常軌を逸しています。

そしてしがらみの多い王政とは次元が違いすぎます。

いいですか、国家での政は利権や野心が複雑に絡み合って行われます。

決して楽しいものではございません、それを努々ゆめゆめ忘れてはなりませんよ」


「はい、イレーヌさん」


「常軌を逸してるって言われちゃったよ。

それはつまり変態の所業ってことだな。うん、変態だけどね。

アリア、俺が言ってもそんなに説得力ないけどさ。

大事なのはどれだけ多くの人が幸せになれる世の中にするかだ。

そしてそれを行うには上に立っているだけじゃ絶対に無理だ。

必ず下に降りて自分の目で確かめることだ」


「わかりましたわ」


 こんな感じで領地のテコイレが動き出した。

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