第75話 領地会議1
常軌を逸したエッサシ村のテコイレが終わった翌日。
ニケル夫婦の引っ越しを終えた圭は、リーゼを連れて領主屋敷に向かった。
ミミルを連れて来なかったのには理由がある。
それは屋敷に残されたフィッツの妻と娘が、ミミルをどう思うかわからなかったからだ。
言い換えれば夫、そして父の仇である。
いかに悪徳領主であったとしても、家族の前では良き夫であり父であったかもしれない。
圭にはそういった背景はわからないが、普通の人間なら家族の仇になど会いたくないと思うだろう。
それを説明したらミミルは素直に宿に残ってくれることになった。
家の前には王家の紋章が入った豪華な馬車が2台停まっていた。
屋敷の前まで来ると、丁度馬車から女性が出てくるところだった。
イレーヌ・トンプソン。
圭が狼の角1本代償にして欲した領主代行である。
「あれれ、イレーヌさんじゃないか、おはよう、王都から着いたんだね」
「これは領主様、おはようございます」
「紹介するよ、こっちは一緒に旅をしているリーゼだ。
そしてこの人は領主代行として来てくれたイレーヌさんだ」
「リーゼさんですね、イレーヌ・トンプソンです、よろしくお願いします」
「リーゼですよろしくね、それで領主代行って何?」
「俺の目的は旅を続けて魔族を倒すことだ、だから俺が旅で居ない間はイレーヌさんに領主として仕事をしてもらう」
「なるほど、ブルーレットも領地のことちゃんと考えてるんだね」
「おい、俺が普段なにも考えてないような物言いだな」
「パンツの事しか考えてないかと思ってたけど」
「違うからね、パンツ職人だけど違うからね、ちゃんと領主もやるからね!」
「あの領主様、リーゼさんとはどのようなご関係なのですか?」
領主であるブルーレットに対し、そして侯爵である貴族に対し、失礼ともとれる発言を繰り返すリーゼ。
常識では考えられない不敬なやりとりに、疑問に思うのは当然と言える。
「関係? ブルーレットは私の旦那だよ」
「あらまあ、奥方でしたのね」
「いやいや、違うから、これはその、保護者に対して大きくなったらお父さんと結婚する、的な子供の約束だから」
「あーまたブルーレットはそんなこと言う! 私は本気だからね!」
「はいはい、楽しみにしてるよ」
「私のパンツ、散々まさぐったくせに、裸もたくさん見られた、ちゃんと責任取ってもらうからね」
「おい、ここでそれ言うなよ!」
「領主様はそのようなご趣味が……、こんな年端もいかない子供に」
「誤解してる! 完全に誤解してるよね!
俺にそんな趣味はないから!
それにリーゼはもう15歳だからね!」
「え? そうなのですか、これは失礼いたしました」
「そうだよ、私15歳で結婚だってできるんだから」
エッヘンと張った胸が、15歳に見えないくら真っ平なのはご愛敬だ。
そんな会話をしていると馬車からもう一人の女性が降りてきた。
見た目は10代前半、リーゼよりも幼く見える。
「あれ? 確かフレイズの横にいた」
「アリア・ノア・フレデリック=デミルですわ、以後お見知りおきを。
叙勲の儀でお見掛けしましたわね、あなたがブルーレット侯爵様ですね」
流暢な挨拶をしてきた子供はドレスのスカートをつまみ上げお辞儀をする。
「名前からするとフレイズの娘か」
「はい、今日からこの領地に住むことになりましたの、よろしくね侯爵様」
「「え?」」
リーゼと圭が面を喰らう。
その場でイレーヌが事の経緯を説明する。
公女殿下のガヴァネスとして王都で仕事をしていたイレーヌ。
そのイレーヌに懐いているアリアは、イレーヌが王都から離れるのを反対した。
最終的にはイレーヌと一緒にオクダ領に行くと駄々をこね、泣き落としに両親が陥落。
条件としてはレディとして認められる14歳まで、ガヴァネスのイレーヌから教育を受けること。
フレデリック王家の淑女として恥じぬ教養を身に着け、14歳になったら王都に戻ること。
これがフレイズとアリアの間で交わされた約束だった。
「そりゃまた大変なことになったな、領主代行の業務に支障は出ないの?」
「あくまでも最優先されるのは領主業務です、支障がでるようならガヴァネスは休みます」
「なら安心だ」
4名が挨拶を終え、バーナントの案内で屋敷に入る。
そしてテーブルを囲むのは圭をはじめとした領地の主要メンバーとなる面々。
圭、リーゼ、バーナント、イレーヌ、アリア、アメル、シシル。
アメルはフィッツの娘19歳。
シシルはフィッツの妻38歳。
テーブルをはさみそれぞれが自己紹介を済ませる。
「それじゃ今からオクダ領、第一回領地会議を始めようか。
まずはこの屋敷についてだね。
いきなりだけど、屋敷に住む人の確認をするよ。
まずは領主代行ってことでイレーヌさん、俺がいてもいなくても屋敷の主人ってことでお願い」
「はい」
「そしてバーナントさんは領主代行補佐、あとは執事業務も継続で屋敷の取りまとめをお願い」
「かしこまりました」
「さらにアリア、名目はイレーヌの教育を受けるだったね。
それならイレーヌさんと同じ部屋に住んでもらおうかな」
「侯爵様、よろしいのですか!」
「嬉しそうだね、アリアはイレーヌさんと同じ部屋がいいと思ってね」
「ありがとうございます、私いつも独りのお部屋だったので」
イレーヌに懐きすぎて田舎領まで一緒に来ると言い出したくらいだ。
同じ部屋なら喜ぶだろうと思った圭の配慮は当たりだったようだ。
「イレーヌさんは同室で大丈夫かな?」
「是非もありません、好都合です。淑女としてビシバシ鍛えますよ」
そして問題は屋敷にずっと住んでいた2人だ、娘のアメルに妻のシシル。
爵位が剥奪され今やただの平民とかわらない身分。
その2人がどう人生の選択をしたのか。
詳細についてはバーナントから聞かされていたはずである。
「さて、あとはノイマン家の2人だけど、建前は無しだ、ぶっちゃけ2人はどうしたいと思ってる?」
まず圭の質問に答えたのは妻のシシルだ。
「殺された主人が行っていたことは、バーナントから全て聞きました。
私が貴族の妻として生活できていたのは、多大な領民の犠牲の上で成り立っていたということを思い知らされました。
できれば亡き夫のかわりに、この領に罪滅ぼしをしたいと思っています。
領官として働かせていただけるなら、これ以上のことはございません。
この身の決裁はすべて領主である侯爵様にお任せします」
シシルの言葉に続きアメルも思いを告げる。
「私もお母さまと同じです、父のしていたことは許されることではありません。
ノイマン家の者として国外追放も当然の廃爵の筈です。
でもこの領地に少しでも返せるものがあるのなら私はこの身を捧げます」
「というわけだ、イレーヌさんはどう思う?」
「それを私に振りますか、どうもこうも、決裁権は領主様にあるはずですが。
まあ、話を聞く限りですがお二人の希望を叶えるのは、この領地に益をもたらすのではないかと思いますけど」
「よし、なら採用しようかな。
二人は領官としてこれから働いてもらうよ。
シシルさんはバーナントさんと同じ立場でイレーヌさんの補佐。
アメルは執事見習いってことでバーナントさんの補佐。
これでいいかな?」
「はい、温情厚きご配慮ありがとうございます」
「私も頑張ります、バーナントさん、お願いしますね」
今まで執事として使っていたバーナントを、上の立場と認める潔さ。
アメルの中ではすでに貴族の令嬢としての自分は、いなくなったようだ。
「それとね、この屋敷に住むみんなは、俺も含めて家族だと思ってね。
だから上も下もない、みんなでひとつの家族だ。
今この屋敷は元貴族、執事、領主代行、魔族の貴族、公女殿下、そして使用人。
なんかよくわかんない人員構成になってるでしょ。
だからそれぞれの立場をフラットにしてみたほうがうまく行くと思うんだ。
アリアを公女として特別扱いしないこと、この家族の娘としてみんなで育てる。
バーナントさんもだたの執事じゃなくなて同じ領官だ。
そして俺も領主だけどただのブルーレットだ。
俺のことは領主様とか侯爵様って呼ぶのは禁止する。
みんな平等にブルーレットでいいから。
イレーヌさん。
バーナントさん。
アリア。
アメル。
シシルさん。
みんなそれぞれ肩書なしの名前で呼び合うこと。これ、領主命令だから」
「わかりましたブルーレットさん」
みな口々に同意の言葉を漏らす。
意外なことに圭の提案に一番喜んでいたのは公女のアリアだった。
堅苦しい生活をしなくて済む、みんなが距離を置かずに接してくれる。
こんなに嬉しいことはない。
これで一応屋敷の中の取り決めは決まった。
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