第55話 カンチョウ

 警備隊本部では。片付けも大方進み、隊員が休憩をしていた。


「あの、ロッカ隊長」


「ん? どうしたニック」


「実は昨日の夜なんですけど、ラスティからエレンの側に付かないかって誘われたんです」


 ロッカに話しかけたのは20代の若い元兵士の隊員だ。

 ニックの言うラスティというのは、ニックとわりと仲が良かった元兵士で、今はエレンの側に付いている。


「ラスティか、そいえばお前はあいつと仲がよかったな。

それでニック、お前はその話し断ったのか?」


「いえ、考えるからちょっと待って欲しいと返事は待ってもらってます」


「なに! ブルーレット様と街に忠誠を誓ったのは嘘だったのか!

そんなの即答で断れよ!」


 ロッカがニックの胸倉を掴んでガクガクと揺さぶる。


「だから違うんですって! ちょっと話を聞いてくださいよ!」


「なにが違うんだ」


「返事を保留したのには訳があって、実はですね……」


 その訳を聞いたロッカと他の隊員は、皆難しい顔で考え込んだ。


「この件は俺1人では判断できない、ブルーレット様に指示を仰ぐ。

それまでは変な行動起こすなよ。いいな」


「はい」


 警備隊本部でそんな話が出てから少し時間をあけて。

 宿に向かうにはまだ早いので、圭とリーゼは警備隊本部へと足を運んだ。

 事務所の中に入った圭は、血糊等の掃除が終わって綺麗になってる床をみて、皆に声をかける。


「お、綺麗になってるね、みんな掃除お疲れ様」


「ブルーレット様! 丁度いいところに」


「どうしたのロッカ、何かあったの?」


「それがその、今後に関わることで相談したいことがありまして」


「今後のこと? 話をきこうか」


「はい、実はですね。

隊員のニックが同じ兵士だったラスティに、ある話を持ち掛けられたのですが。。

先の話し合いでフィッツ一派の残党として、名前に上がった1人のエレンに、寝返らないかと誘いがあったのです」


「ほうほう、つまり相手が引き抜きにかかって来たってことか」


「はい、ニックとラスティは兵士の時に仲が良かったので。

もしかしたらラスティ個人が、ニックを引き込もうとしているだけなのかも知れません。

どちらにせよ本来なら即断る案件なのですが、ニックは話を保留にしていまして。

それである提案をしてきたのです」


「提案?」


「こちらを裏切ったフリをして、間諜かんちょうとして入り込むチャンスだと」


「えっと、カンチョウってなに?」


「間諜とは敵になりすまして入り込み、情報を持ち帰ったりする人間のことです」


「なるほど、スパイか」


「平たく言えばそうなります」


「でも危険はないの? バレたりしたら多分殺されるよね」


「危険は承知で本人が間諜に志願しています、どうでしょう、こちらも情報がいろいろと欲しいところですし」


「うーん、ニックは今この中にいる?」


「はい、僕がニックです」


 圭の前にでたのは26歳の青年、兵士としてはちょっと頼りなさそうな優男に見える。

 剣を振り回したりできるのだろうか、一応短剣は腰に刺しているが。


「ちょっと聞くんだけど、ニックは戦闘とか経験あるの?」


「いえ、僕の専門は魔法です、光と闇が使えます」


「なるほど、光と闇なら引き抜く価値があるね、相手が欲しがっても無理はないか」


「はい、自分もそう思います、我が警備隊唯一の回復役ですから」

 

 納得する圭にロッカが同じ考えだと告げる。


「危険が伴うと思うけど、本当にやりたいの? 無理してない?」


「いえ、決して無理はしていません、僕はブルーレット様とこの街に仕えると誓いました。

それに死んだデニスは僕の後輩で、よく面倒を見ていました。

仇を取りたい想いは皆さんと一緒です、どうかやらせてください!」


「わかった、それじゃ作戦会議を始めようか」


「はい」


 話し合いの末ニックは間諜として動くことになった。

 今後警備隊本部に顔を出すのはまずいということになり、連絡員を1人つけた。

 ニックは基本的には相手側に所属し、連絡員を通して情報のやりとりをする。


 ニックとは別に各隊員も、フィッツ一派に面識がないわけではない。

 それぞれ思い当たる節からアプローチをかけ、情報の収集に動き出した。


「リーゼ」


「なに?」


「こっから先の話なんだけどさ、エレンとかいう奴の側に、どれだけ元兵士が行ったかわからないけど。

俺がリーゼと一緒だってのは相手に知られてると思うんだよね。

だからなるべく俺が傍にいるようにするけど。

場合によっては宿に戻った時に1人でいたら危ないかもしれない。

今日のことでわかったけど、奴らは平気で口封じのために人を殺す連中だ。

どれだけ危険かわかるだろ」


「うん、やっぱりノームさんの家かなぁ」


「それか警備隊と一緒にここに寝泊りするかだな、あくまでも俺が何かあって単独で動いてる時の話だけど。

場合によってはノームさんに迷惑がかかるかも知れないし、安全なほうを取りたい」


「うん、わかった、ブルーレットがいない時はここに泊まるよ」


「そうしてくれると助かる」


「今日はどうするの? 夜に動いたりするの?」


「いや、今日からしばらくはニックの報告待ちで、こっちからアクションかけるような事はないよ。

いつもの温泉宿にしようか」


「うん温泉がいいね!」


「それじゃ食べ物買って宿に戻ろうか。

リーゼも今日は疲れたろう」


 そして宿へと戻る圭とリーゼ。

 溜まったリーゼパンツの奉納の儀があったり。圭がリーゼに温泉へ引きずり込まれたり。

 なんやかんやと夜は更けていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る