第56話 猫耳とモフモフと嘘



 街の外れにある古い造りの大きな屋敷。

 そこはノイマン領で唯一の男爵家の屋敷。

 古くから武家として名を上げ、このノイマン領を開拓する時代に、領主の懐刀としてノイマン家と一緒にこの領地に移り住んだ。

 辺境の開拓地に赴くにあたり国王から男爵の爵位を賜る。

 以降武家の名門として多くの武人を輩出してきた実績を持つ。

 血筋の家系以外にも騎士や剣士を目指す者を広く集め、国や領地の兵の増強に大きく貢献してきた。

 そんなローレン家の現当主、ダイム・ド・ローレンは家業を引退して王都に移り住み、息子のエレンに家業を任せていた。

 

 幼い頃から武術や剣術を叩き込まれたエレンは、20代にして男爵家の爵位を継ぐことを国王から許可され、今は当主代行の修行中ということで、様子をみる試用期間だった。

 そんな家業の一切を仕切る権利を与えられ、フィッツに取り入ったエレンは、排出する人間を兵士や官憲として領内に入り込ませた。

 やがて息のかかった官憲や兵士はフィッツ一派の都合のいいように暗躍し、もちろんのそ恩恵としてエレンはフィッツからかなりの見返りを貰っている。


 その屋敷の中、エレンを筆頭に商人のエリック・トーピー、そして元兵士と官憲、20名が険しい顔をしていた。

 それぞれが魔族を相手にどうしたらいいのか、頭を悩ませていた。

 そして1人の元兵士がポツリと言葉を紡ぎ出す。


「あの、思ったんですけど、あの魔族って勝手に支配したって言ってるだけで、国王様から叙勲とか受けてないですよね。

要するに、国から見たらただの敵ではないですか、まずはそこらへんを国王様の耳に入れるというのはどうですか?」


「そうだな、この件、そもそも我々だけで対処する必要がないということか。

領主とドレイクを殺したって事にして、その事実だけで国王に喧嘩を売ったも同然と取れる。

国王側もさすがに対処せざる得ないか」


「はい、さらに今、この時は好機とも言えます。

国王様への魔族討伐の陳情に加えて、領主不在のこの状況で、領主代行としてローレン家が相応しいと話を通すのです。

上手くいけばノイマン家に代わり、ローレン家がこの領地を治めることも夢ではありません」


「魔族が支配する領地で、武家の名門が領地を守るために奮闘している、そう王都に知らせ援軍を頼む。

なるほど、このシナリオなら魔族を排除したあと我がローレン家が領主になるのが自然とも言えるな。

よし、それで行こうか。

皆、それで構わぬか?」


 そこに居た全員が口々に賛同の声を上げた。

 魔族相手にこの少数でやりあうよりも、国王の援護を受けたほうが格段に勝率が上がる。

 そこに賭けたいという思いは皆同じだった。

 さらにフィッツ亡き今、新しい領主はエレンになってもらったほうが、ここにいる全員がその恩恵を受けられる。

 是非もなくエレンを領主へ押し上げる、それしか道はなかった。


「王都へは俺が早馬で行く、そこで父に話を通し、国王様に謁見する」


「そうだな、お前の父上なら騎士団の指南役も勤めた人物だ、国王様にも顔が利くだろう」


 王都に行くと言ったエレンに対し、その父であるローレン家当主ダイム・ド・ローレンを通すのが最良と同意するエリック。


「決まりだな、明日の朝に王都に向かう、馬で片道3日の距離だ、往復7日で戻ってくるつもりだ。

その間、あの魔族側に付いた裏切り者供をこっちに引き入れるか、始末するか。

お前達に任せる。上手くやってくれ」


「「「「「「はい」」」」」」


 斯くして、エレンは王都に向かい、残った者は水面下での準備を進めることになった。




「ブルーレット、朝だよ」


 今日は珍しくリーゼに起こされた。

 いつもなら圭が先に起き、リーゼを起こすのが習慣と化していたのに。



「おはようリーゼ、今日も可愛いな、最高の目覚めだ」


「えへへへへ」


 寝起きの挨拶もいつも通りにこなし、2人は身支度を整える。

 圭はいつもの旅服に、リーゼは圭の希望でいつぞやのドレスを着た。

 せっかく買ったのだからたまには着ないと勿体無い。


「うん、やっぱりリーゼにはこれが良く似合うな」


 白を貴重としたドレスに、髪は両側にリボンをとめてサイドテールだ。


「それで、今日はどうするの?」


「そうだな、先ずは服店に行って、そのあとは教会かな。

ミミルの傷がどこまで回復してるか気になる」


「ミミル?」


「フィッツに奴隷として買われて、殺されそうになってた猫族の子がミミルって言うんだ。

見た目も歳もリーゼと同じくらいだよ。

色々と不安だろうから仲良くしてあげてね」


「猫族! すごいね、私亜人に会うのブルーレット以外じゃ初めてかも」


「だろうね、あの領主のおかげで人間しか居ない領地になってたからな。

これからはそんなこともなくなるだろう。

教会のあとは警備隊に行って、そのあとは予定無し」


「そっか、今日はブルーレットとゆっくり一緒に居られるね」


「ああ、何も起きなければだけどね」



 宿を出た2人はブラウン服店に来た。


「おはようございますブルーレット様」


「おはようブルーレットさん」


 相変わらず様付けのオーナーに対し、握手を許されたメリッサは若干フランクになっていた。


「おはよう、今日の納品に来たよ、それと制服の代金先に渡しておくよ。

金貨3枚と銀貨10枚だ」


「あのブルーレット様、オーダー頂いた80着なのですが、昨日お1人亡くなられたと聞きましたが。

お作りするのは78着になるかと」


「その件なんだけどね、やっぱり80着のままでお願いするよ。

デニスって隊員の採寸も済んでるよね、彼の服を一番最初に作って欲しい。

それを彼の両親に渡したいんだ。

1着は両親に、もう1着は警備隊本部に飾る」


「なるほど、お亡くなりになられた方がデニスさんなのですね」


「うん。殉職者だからって制服が配られないのは悲しいからね」


「ブルーレット様は本当にお仲間を大切になさる方なのですね。

その制服を任せていただけるなんて、服屋として誇りに思います」


「ああ、良い仕事を頼むよ。

さてと、メリッサ、下着の売れ行きはどんな感じ?」


「ブラとパンツ、いまだに数百単位で売れるのですけど。

完売とまではいかなくなりまして、少しずつ落ち着いてきています。

昨日頂いた600のうち半分が売れ残ってます。

ただねすね、噂が他の街にも広まりつつあって。

他領のお金持ちや貴族の方から、大口の注文が入るかもってお客様からの情報が」


「どっちにしてもストックは多いほうがいいってことか」


「はい、いつも通り半々でお願いします」


 半々とはパンツ300枚のブラ300枚のことだ。

 この数日の販売でわかったブラの規格の売れ筋は以下の通り。

 スポブラが20%。C・D・Eがそれぞれ15%。

 B・Fが10%ずつ。残り15%がA・F・G・H・Iの少数混合。


 いつものようにパンツとブラを高速で手から生成する圭。


「いつ見ても凄いですね、生成の魔法。

服屋として羨ましいったらないですよ。

しかもこんな凄い服まで作れるなんて、反則ですよ!」


 メリッサは今着ているパンツ伝道師の正装こと、スチュワーデスの衣装を指して言った。

 確かに工房を抱える服店としては、服1着作るのにどれだけコストと手間がかかるのか。

 それをいとも簡単に手から出せる能力。

 羨望を通り越して、激しい嫉妬を覚えたとしても無理からぬことだ。


「そうだよな、大工さん相手に魔法で家が出せるって言ったら、発狂するよね。

気持ちはわからなくもないけど、この能力は世界を救うためのものなんだ。

今は街にいるから出せてあげられるけど、俺が居なくなった後のこともちゃんと考えてね。

できればブラとパンツは、自分の工房で再現できるように頑張ってほしい」


「はい、それはちゃんと考えてますよ。

それでは今日の代金、金貨1枚です」


 代金の金貨1枚を受け取った圭は、店を後にした。

 圭とリーゼはのんびり歩きながら露店が並ぶ通りに入り、即席で食べれる出来合いの食料を買い込んで教会へと向かう。

 その横を馬に乗った1人の男がすれ違う。

 男の名前はエレン・ド・ローラン。王都に向けて出発した男爵家嫡男だった。



 教会に着いた2人は、正面の礼拝堂ではなく裏手の入り口から教会に入る。

 治療室に入ると、ベッドの上ではミミルが起きていて、僧侶から光魔法の治療を受けていた。


「お、ミミル、今日は起きてたんだね」


「ブルーレットさん! おはようございます!」


 おはようと返すミミルの声は昨日よりも若干元気になっていた。


「おはよう、僧侶さんもお疲れ様。みんなで食べようと思って、朝食もってきたよ」


「昨日も今日もありがとうございます。助けもらったうえに食べ物まで」


「気にしなくていいよ。言ったろ、同じ亜人同士仲良くしようって。

それで傷のほうはどう?」


「両足ともに元に治りましたよ、今日と明日で腰から上の治療に入ります。

明日中には全部元通りですよ。」


 僧侶が間に入って進捗状況を説明する。


「もう自分で立って歩けるんですよ! 本当に信じられません!」


 ミミルはベッドから降りると、モコモコスリッパを履いて歩いてみせた。

 その時圭の後ろにいたドレス姿の知らない女の子に目が止まる。


「あのブルーレットさん、後ろの女性は」


「ああ、紹介するよ、俺と一緒に旅をしているリーゼだ」


「ミミルだっけ? 私リーゼ、よろしくね」


「はい、ミミルです、リーゼさんはその、貴族の方なのですか?」


「ちがうちがう! この服はブルーレットの趣味で着てるだけ。

ただの貧乏人の村娘だよ。歳は15ね」


「私は23歳です、よろしくお願いします」


「え!? 23歳!?」


 圭が驚いた声を上げた、どうみてと16か17歳くらいにしか見えないミミル。

 背もリーゼとそんなに変わらない容姿、いや、背が低いから若く見えていただけなのか。

 それでも顔がなんというか幼く見える。これが合法炉理ってやつなのか。


「はい、23歳になります。

人間に比べて背も低いですし、年齢も若く見られます。

寿命も150年くらいなので、猫族はだいたいこんな感じなのです」


「あー、なるほど、そういうことだったのか。

リーゼと歳が近いかなって思ってたけど、人間と亜人じゃ寿命や成長が違って当たり前だよね」


「うん、私もびっくりした、猫族って長生きなんだね」


「まあ、なにはともあれ亜人の全く居ない場所で寂しいかもしれないけど。

俺もリーゼも味方だから、遠慮なくなんでも言ってね」


「はい」


「それじゃ朝食にしようか、僧侶さんも食べようよ。

人数分買ってきたから。多めに買ってきたら余ったら昼と夜に食べて」


「いいのですか? それでは私もお呼ばれします」


 そんな4人の楽しい食事を、部屋の入り口から覗くのは神父さんだった。


「べ、別に怖いとかではないんだからねっ。

ただちょっとあの魔族にパンツ被って御神体になられたら、教会として困るだけなんだから!

ただそれだけなんだからっ!

ああ、でも美味しそうだなあれ」


 ブツブツとつぶやきながら、その場を去る神父さんの背中はどこか寂しげだった。


 食事の後は圭とリーゼがネコミミと尻尾を珍しそうに堪能した。


「こ、これが、モフモフの破壊力か! スゲー、スゲーよこれ」


 異世界生活、初めてのモフモフ体験に感動が止まらない圭。


「いいなぁ、私も耳ほしいよー、可愛いったらないよ。

むしろ羨ましいって言ったらコレだよねコレ」


「ひゃうん!」


 ミミルが色っぽい声を出したのは、リーゼが2つのメロンを鷲掴みにしたからだ。


「なんなのこれは! けしからん、非常にけしからん!

理不尽だよブルーレット、この貧富の差はいったいなんなの!」


「俺に聞くなよ、てか痛がってるから離してやれ。

まだ傷が治ってないんだから」


「あ、ゴメン、痛かったね。

でもさ、わかるんだけど納得いかないよ!

もしかしてブルーレット、この子、胸が大きいから助けたの?

やっぱりブルーレットは大きいほうが好きなの?」


「お前は俺をなんだと思ってるんだ。

俺が女性を胸で選ぶような男に見えるのか」


「だって、ブルーレット私に欲情しないし。一緒に温泉入ったり、寝たりしてるのに」


「魔族だから無理なんだよ! 童貞なめんな!」


「「「え?」」」


 圭以外の3人の声が重なる。

 そんな圭の肩をポンと叩いた僧侶は、哀れみの表情で圭を見つめる。


「童貞だっていいじゃないの、魔族は強いんだから。

それに俺も童貞だ、一緒に頑張ろう」


「僧侶さん」


 男2人に友情が芽生えた瞬間だった。


「ま、嘘だけど、私結婚してますし。ププッ」


 友情なんてなかった。この世は嘘まみれだ。


「チックショーーーーーーー!」


 圭の叫び声が教会にこだました。

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