第50話 領主の最期


 フィッツの頭を踏みつけたままの圭が、ドレイクにも話しかける。


「そういえばドレイク。お前にもきっちり落とし前付けさせてもらうからな」


「ひっ、あ、あれはあの馬鹿どもが勝手にやったことで俺は関係ない!」


「そうか、関係ないか、トカゲの尻尾切りされたんじゃ、あいつらも浮かばれないよね。

やっぱり雇い主としてはきっちりケツ持ちしてもらわないとな~。

そう思うだろ? 悪徳商人のドレイクさんよぉ

今までそうやって何人殺してきたんだ?

それで自分だけノコノコ生き永らえるなんて、思える程楽観的な馬鹿じゃないよな」


「こ、殺すのだけは勘弁してくれ! 金ならいくらでも払う! 頼むから!」


「おー、命乞いか、感情がこもってないな、どーせまた金払うふりして後ろからザクっってやるつもりだろ?

怖いねー、やっぱりお前みたいなクズは、フィッツと一緒でこの街に必要ないよな。

街をきれいにするために、害虫は駆除しないとね。

お前らが今までそうしてきたように、俺もまた害虫は駆除させてもらうよ。

まさかとは思うけどさ、自分がやってきた事を、自分にされるのはイヤだなんて、そんな不条理なことは言わないよな?」


「何でもしますから、それだけはどうか!

お願いです、本当に改心しますから!」


「なあドレイク、お前が送った3人は命乞いなんかしなかったぞ。

潔く殺せと俺に言ってきた、俺はそういう人間のほうが信用できると思うんだよ。

それでも奴らには死んでもらったけどな。

俺が何を言いたいかわかるよな」


「くそっ、どうしてこんなことに……」


「さて、ここにいる全員に宣言する!

領主は倒した、今この時を以ってこの領地は魔族であるブルーレットの支配下に入る!

刃向かう者はブルーレットの名において粛清する!

そこの兵士、ドレイクとフィッツを縛り上げろ」


「で、ですが領主様を縛るなど」


「だからこいつはもう領主じゃないんだよ、ただの負け犬なんだって。

いいから早く縛ってくれ」


「はい、わかりました」


 数人の兵士により2人が縛り上げられる。


「兵士の中に兵士長とかそういう奴はいるのか?」


「はっ、自分が兵士長のロッカであります」


 ロッカと名乗った男は40代くらいの、小麦色に焼けたガタイの良い兵士だった。


「この街に兵士は何人いる?」


「46名です」


「官憲は?」


「12名です」


「そうか、ロッカといったな、とりあえずこのドレイクが逃げないように見張っててくれ。

逃がしたらお前も同罪とするからな。

俺は今からフィッツと屋敷に入る。

それ以外の兵は、全ての兵をこの屋敷に集めろ。

あと官憲も全員だ。非常召集ってやつだな。

46足す12で58人か、全員ここに揃えてくれ」


「はっ、お前ら聞いたな! 全員、兵士と官憲をここに集めろ! 行け!」


 兵士長の掛け声で10人ほどいた兵士と官憲が、屋敷の庭から蜘蛛の子散らすように出て行く。


「ロッカ、短剣かナイフ持ってないか?」


「ナイフならあります、どうぞ」


 ロッカは背中に仕込んでいたナイフを鞘ごと圭に渡した。


「少しかりるぞ。

さてと、フィッツ、地下室に案内してもらおうか」


 両腕を後ろにまわされ、縄で縛られているフィッツを乱暴に立たせる。

 足は縛られていないので歩くことは可能だ。


 フィッツを先頭に歩かせ後ろに圭が続く。

 屋敷の扉の前まで来るとフィッツは「俺だ、開けろ」と中の使用人に声をかけた。


 扉が開き、中に入ると執事をはじめとした使用人や、数人のメイドが玄関ホールに集まっていた。

 皆、心配そうにフィッツを見つめる。


「今からこの屋敷は魔族であるこのブルーレットの支配下に入る」


 圭がそう宣言すると「魔族!!」とみな口々にざわめく。


「うろたえるな、死にたくなければこの魔族に手を出さずにおとなしくしていろ。

バーナント」


「はい」


 バーナントと声をかけられたのは初老の執事。


「地下室を開けろ」


「かしこまりました」


 恭しく礼をした執事はホール左手の奥へと続く廊下へ歩いていく。

 フィッツと圭もそれに続いた。


 廊下の突き当たりにある扉から入ると。

 地下へと続く螺旋階段があり、壁も床もむき出しの石造りで、1階の豪華な廊下とは様相が一変する。

 階段を下りた圭が最初に感じたのは、立ち込める鉄の臭いだった。


「血か、嫌な臭いだな」


 階段のすぐ左手には色々な道具が置かれている。

 何に使うかは簡単に想像がつく拷問道具が無造作に並べられていた。

 どれも血肉と油が染みていて、赤黒く鈍い色に染まっている。


 中央の廊下を挟んで左右に鉄格子の独房が3部屋ずつ、計6部屋があった。

 

 まず目に入ったのは右の手前の部屋に転がっている、トカゲのような死体。

 焼け焦げ、刻まれ、床に広がった血溜りはすでに黒く固まっている。


「くっ、なんて酷いことを」


 圭が吐き捨てるように言った台詞にさえフィッツは反応しない。

 そのまま奥に進む2人。


 フィッツが一番奥の独房の前まで行くと、左手の独房から「ひっ!」っと短い女の声が聞こえた。

 圭が声のしたほうに目を向けると、1人の獣人が怯えた目でこちらを見ていた。

 人間の見た目でいったら17歳くらいの子供だ、猫のような耳と尻尾。

 服と呼ぶにはあまりにも粗末なワンピースっぽく見えるぼろい一枚布の服。

 貫頭衣と呼ばれている奴隷服だ。

 地べたに座り込み、足元には襤褸のタオルがかけられている。

 そのタオルとギュッと強く握り怯えていた。


「おいフィッツ、俺は獣人を初めてみるんだけど、これは何て種族だ?」


「見てわからんか、猫族だ、それも人間との混血だ、汚らわしいと思わないか?

人と獣が交わるなど、考えただけでおぞましい。

純粋な猫族なら手足や顔がもっと猫に近いが、こいつは耳と尻尾以外は人間そのものだ。

人に似せたまがい物が俺は「黙れ」」


 圭はフィッツが言葉を続けているのを遮り、フィッツの腹に拳をめり込ませた。

 それ以上のフィッツの言葉を聞くのが、耐えられなかったからだ。

 くの字に体を曲げ床に転がるフィッツ。

 


「旦那様!」


 駆け寄ろうとする執事を圭が手で制する。


「すまないけど執事さんは上に行っててくれるかい?

改めて言うけどフィッツはもう終わりだ。

事が済んだら上に行くから」


「わかりました」


 それだけ言うと執事は地下室から出て行った。


 改めて独房の中の猫族に向き直る圭。


「さてと、怯えなくていいよ、俺はキミを助けにきた。

そういえば鍵がいるか、いや、めんどくさいな」


「助けて……もう痛いのはやだ」


 震えながらもか細い声で助けを求める猫族。


 圭は鉄格子を力ずくで曲げ通り道を作る。

 怯える猫族の前に「よいしょっと」と、若干オヤジくさい掛け声で座る。

 頭に被っていたフードをめくり、魔族の顔を見せた。


「やあ、はじめまして、俺は魔族のブルーレットだ。

名前を教えてくれるかい?」


「え……あの、魔族って」


「うん、俺は魔族の魔人らしい、同じ亜人同士仲良くしてくれると嬉しいんだけど」


「ミミルって言います」


「ミミルか、可愛い名前だね。

しかし、よく見ると、痛々しいな、それ、あいつにやられたのか?」


 近くで見るとわかる、体中のあちこちに刻まれたアザや瘡蓋(かさぶた)。 


「はい」


「何日ここにいる」


「4日か5日くらい」


「可哀想に、痛かったろう。助けにくるのが遅くてごめんね」


「ううっ、いた……いだがっだああああああ!」


 悲痛な泣き声が独房に響く。

 独房という絶望の中での苦しみに必死に耐え。

 突然の助けに優しく声をかけられたミミルの感情が決壊した。

 全身に見える真新しい傷に、圭は触れるのを躊躇う。


 何もできずただ泣き止むのを無言で待つ。


 やがて、泣き声が落ち着いてきた頃を見計らって、再び圭が話しかける。


「それでだ、キミは助けが来なかったら、さんざん嬲られて、最後には奴に殺されていたんだよ。

ここから逃げたいと思うかい? 自由になりたいと思うかい?」


「助けてくれないんですか?」


「助ける手伝いはする、でも自由を手に入れるのは、キミ自信でやらなくちゃいけない」


 圭はコートにしまっていた兵士長から借りたナイフをミミルに渡した。


「奴は領主という立場を利用し、数え切れないほどの亜人を殺してきた。 

そして奴が生きてるかぎり同じことが繰り返される。

わかるな、奴はキミを殺そうとしたんだ。

無残にも殺された同胞の仇を討って初めてキミは自由になれる」


「ミミルが……あの人を」


「そうだ、生きるか死ぬか、選ぶのはキミだ、ミミル」


「でもミミル、ここから動けないんです」


 震える声で涙目になりながら、ミミルは足元にかけていたタオルをめくる。

 タオル越しには見えなかったが、ミミズ腫れや青アザがはりつく両足の片方がありえない方向に曲がっていた。

 スネの外側が赤紫に凹み、そこが折れていた。


「くそっ、なんて惨いことを!」


 頭の中をハンマーで殴られたような衝撃と眩暈がする。

 これが同じ人間のすることなのか。

 湧き上がるのは哀れみよりも怒りの感情だけだった。


 勢いよく立ち上がった圭は、独房の外に転がってるフィッツを乱暴に掴み、ミミルの真横に放り投げた。


「ぐっ」


 フィッツが苦悶の声を漏らす。


「俺の考えが甘かった、もしミミルが慈悲をかけるなら生かすのも有りだと思ったけど。

こいつは今すぐ殺すべきだ」


「ま、まて! 頼む! 殺さないで……くれ……」


 力なく懇願するフィッツの声は震え、か細くなっていく。


「ミミル、その位置なら立たなくてもナイフが届くはずだ、お前にはそいつを殺す権利がある。

生きたいと本当に思うのなら、刺せ」


「ミミルがこの人を……」


 絶望の色に染まっていたミミルの瞳に、力強い意思がこもっていく。

 鞘から抜いたナイフを見つめ、その刀身に映る自分の瞳に、激しい怒りと決意を感じた。


「ころさ、ない、で」


 フィッツが声を絞り出すも、その蚊の鳴くような声はミミルの耳に届かなかった。


「おまえの、せいで、こんな……、こんな地獄を!

うああああああああああああ!」


 両手で掴んだナイフがフィッツに振り下ろされる。


「ぐあっ!」


 胸に深々と刺さったナイフがフィッツの心臓を貫いた。

 目を見開いたままのフィッツの胸に赤い染みが広がっていく。


「これでミミルは、ミミルは……」


 ナイフから手を放し、手についた血を見たミミルは、緊張の糸が切れ、気絶した。

 ミミルと呼ばれる獣人の少女が、抗うことのできない筈の死から開放され、自由を手に入れた瞬間だった。

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