第45話 逃亡先


「ほらよ、ここがお前さんのスイートルームだ。豪華すぎて涙が出るだろ?」


 兵士にそう言われ、圭が入れられた部屋は、廊下側に鉄格子の壁、その反対側に採光用の鉄格子の小さい窓。

 備え付けの硬いベッドと、トイレ用と思われる壷が置かれた6畳くらいの牢屋だった。

 縄で縛られた両腕は解かれ、鉄格子の外から南京錠がかけられる。


「なあ、ちょっと聞いてみるんだけどさ、領主に会えるのっていつになる?」


「さあな、これから領主様にお前を捕まえたって報告するから、早くて明日だろうよ。

それまで命乞いの台詞でも考えておくんだな、死ぬことはもう決定だけど」


「命乞いか、逆にそれアリだな」


「まあせいぜいむごたらしく命乞いすればいさ」


「そこはあえて高貴にだな。

『余の命を助けてたもうれ』

とかどうよ?」


「は? 恐怖で頭がおかしくなったか?」


「うん、そうだよね、兵士にノリツッコミとか無理だよね、俺が悪かった」


「変な奴だな」


「いや、まてよ、ここは王道でツンデレ風にだな。

『べ、べつにアンタなんかのために捕まった訳じゃなんだからねっ!

カカカカンチガイしないでよ! ただちょっとアンタに会いたかったっていうか//////

なんでもないわよっ! そんな目でコッチ見ないでよバカ!』

とかどうよ?」


「それ、命乞いじゃないだろ」


「そうか、命乞いもセットだよな。

『アタシは別にそん事しなくてもいいんだけど、でもアンタがどうしてもって言うなら。

その//////、命乞いしてあげてもいいんだからねっ!

ほら、早く! アタシのこと、殺すって言いなさいよ! この鈍感朴念仁!』

よし、これで完璧だな。

いくら相手が領主でも、これなら胸ズッキューン確実だ」


「俺もいろんな亜人見てきたけど、お前相当ヤバイな、ダントツでヤバイよ」


「領主もそう思ってくれたらいいんだけどな。

まあ、一介の領主にそんなボキャブラリーは望めないか。

牢屋に入るなんて初めてだからさ、そのぐらいのテンション許してくれよ。

てかここマジで牢屋なんだな、リアル牢屋だよ。

ネットがあったら【牢屋に入れられた、安価で行動する】とかやりたいな」


 圭の頭に文字が浮かんでいく。


 1 パンツ職人

 鉄格子に南京錠で閉じ込められた、安価頼む

 安価>>5


 5 名無し

 ヘアピンで鍵あけろ、ハゲならスレ落とせ


 6 パンツ職人

 >>5 すまん、パンツしか持ってない


 7 名無し

 パwwwンwwwツwwwwwww


 8 パンツ職人

 再安価>>10


 10 名無し

 パンツ被って瞑想


 11 パンツ職人

 >>10 すまん、もう被ってる



「むふふふふ、これはこれでいいな」


「お前なにさっきから笑ってんの? ついに壊れたか?」


「そういう年頃なんだよ、気にしたら負けだ」


「お、おう、まあ、あれだ。

たまに見回りがくるけど、ちゃんとおとなしくしてろよ」


「ああ、おとなしくしてるよ」


 意味不明な会話を終わらせ、兵士は牢屋から出て行った。

 牢屋を観察してみると、部屋数は不明だが、廊下に対して片側は壁で、もう片側に個室が並んでいる造りのようだ。

 廊下の出口のほうに、鍵付きの鉄格子の扉があり、出入り口はそこだけ。

 その扉の外側に椅子があり、看守が1人座っている。


 圭の力を持ってすれば、鉄格子や壁を破壊するのは造作も無い。

 だが、待ってれば領主に会えるというのに、わざわざ壊して騒ぎを起こす必要もない。

 そう思いベッドに横になる圭。

 手から白いパンツを出し、鉄格子の小窓から飛ばす。

 一応リーゼにはパンツを持たせているが、こっちから飛ばせるならそれに尾行させるほうが手間が省ける。


 宿に向けて飛んでいくパンツの視界、その画像が圭の脳裏に映りこんでくる。

 使役のスキル説明に書いてあった通りだ。

 圭の視界の届く範囲で飛ばしたときには無かったが。その外に離れるとちゃんと画像が送られてくる。


 タイミング良く、宿の近くまで飛んだところで、丁度リーゼが宿に入る姿が見えた。

 俯瞰からの映像では、リーゼに尾行の類はついてないように見える。

 おそらくだが、宿に宿泊しているという情報は、相手に知られているだろう。

 動くとしたら夜だ、日中に人をさらうような真似はしないはずだ。

 それまでにリーゼには逃げてもらう。



 その宿の中。

 リーゼは部屋に入るとすぐにセーラー服から着替えた。

 この服では目立ちすぎるからだ、荷物の中から適当な服を出すも、どれもしっくりこない。

 荷馬車の中に農婦スタイルの作業服があったのを思い出した。

 宿をぐるりと囲む生垣から、隠すように裏手にとめられている荷馬車に乗り服を着替えた。

 圭から預かっている金貨の袋は荷馬車の荷台下に隠す。

 身を隠すにしても銀貨と銅貨があれば十分だ。


 荷馬車から宿に戻り、リーゼは宿の主人にしばらく部屋を留守にすると伝える。

 荷物や荷馬車はそのままにしておいて欲しい旨も伝え、先払いで銀貨10枚、10泊分を渡した。

 10日以内に戻ってきたら、差額は返って来る約束だ。

 

 一応念のため、誰かが訪ねてきたら、部屋は引き払ったと言うように、対応を頼んだ。

 その分のチップとして銀貨1枚渡したら『たとえ領主が来てもシラを切る』と言ってくれた。


 これで準備は出来た、最低限の着替えと、幾らかのお金を持って宿の裏手から抜け出すリーゼ。


 その姿を白いパンツが捉える。


「俺のパンツは1キロ先の得物だって逃さないぜ、我が娘よ」


 独房でそんな声がしたとか、しなかったとか。


 宿の裏手から、民家に囲まれた複雑な細い路地に入り、そこを走り抜けるリーゼ。

 その歩みに迷いはなく、目指すべき場所の目星はつけているように見えた。

 どれだけ複雑な路地に入り込んでも、空から追尾して見失うなんてことは無い。


「まだ、居てくれるといいけどな、ノームさん」


 リーゼのつぶやきは圭に届かない。

 数年前、兄とこの街に2ヶ月住んだ時に、2週間程度世話になった人、それがノーム。

 少ない兄の稼ぎでなんとか泊まれる場所をと、雨露を凌げる場所を探して、一時的に厄介になった家。


 街の中でもわりとガラの悪い地域で、ゴロツキや孤児がひしめく場所である。

 官憲や兵士でさえ滅多に見回りに来ない、そんなスラム街とも呼べるボロイ家ばかりの住宅街。

 2階建てや3階建ての集合住宅がひしめく路地には、建物同士を結ぶロープがかけられ。

 そのロープに洗濯物がいくつもかけられてる。


 リーゼはそ木造3階建ての建物の前で止まった。

 むき出しの外階段を登り、2階にある3軒のドアの1つに手をかける。

 その時、リーゼの肩に白い鳥のようなものが止まった。


 自分の肩をみるとそれは見覚えのある布だった。


「ブルーレット? 近くにいるの?」


 あたりを見回すも、あの魔族の姿はみえない。


「そうか、場所だけ確認しに来たのかな」


 パンツの意図を察したリーゼは、ドアをノックする。

 すると同時にパンツは再び空へと飛んでいった。


「ノームさん! いますか!」


 ドアの中から中年の女性の声が返ってくる。


「はいはい、どちらさまですか?」


 ドアを開けながらその女性が顔を出す。


「あれれ? えーと、どこかで見たことあるような」


「リーゼです、覚えていますか?」


「あー! リーゼちゃんリーゼちゃん! 思い出したわよ!

見ない間にこんなに大きくなって!

どうしたの突然」


「実は……」


「まあまあ、とりあえず入りなさい」


 玄関先で話そうとするリーゼを、ドアを開け家の中に迎え入れるノーム。

 その姿はぱっと見40代くらい、細身でスラリとし、黒い髪は背中まである。

 スレンダー美人ではあるが、着ているものが貧民街相応で、つぎはぎのスカートにセーター。

 それにエプロンと三角巾を付け、家事をしている途中のような格好だった。


「本当に久しぶりね、あの後どうなったのかちょっと心配だったのよ」


 三角巾とエプロンを外し、テーブルの上にたたんで置いた。

 テーブルをはさみ2人が椅子に座る。


 ノームが言うあの後とは、2人がお金が続かなくなり、この家を去った後の事だ。

 リーゼはエッサシ村に流れつき、そこで今まで世話になった事をかいつまんで話した。


「あらあら、そうだったのね、大変だったわねぇ」


「うん、それで今は村を出て旅をしています、この街に寄ったので、何日か泊めてもらえませんか?

お金はちゃんと払います」


 当時、兄と2人でノームの家にお世話になった時、交渉したのが一泊銅貨3枚。

 2人で300円程度である、勿論素泊まりで、食事は自分達で調達した。


「いいわよ、主人が帰ってきたら私から話しておくから」


「ありがとうございます。できれば食事付きで1泊大銅貨2枚でお願いします」


「あらあら、あの時に比べてずいぶんとお金持ちになったわね。

そんなに高くて大丈夫なの?」


 貧乏人が集まるこの一帯では、日に大銅貨2枚の出費は、大きなお金とも言える。

 しかし一般的な宿から比べたら、食事付きで大銅貨2枚はかなり破格だ。

 安い宿でも食事付きなら大銅貨4枚は取られる。


「先払いでいいですよ、5日分渡しておきます」


 テーブルの上に置かれた銀貨1枚。

 それに目を見開くノーム。


「あらあら、銀貨なんて見たのいつ以来かしら」


「5日を越えたらまた追加で払います」


「わかったわ、お部屋の用意するからすこし待っててね」


 キッチンから続く2ある扉の一つに入り、物置と化した部屋を片付けるノーム。

 その姿を見届け「ふぅ」と短い息をつくリーゼ。

 これでしばらく身を隠す場所の確保は出来た。

 昔兄と必死になって、街の中を這いずり回っていたことが、役に立つなんて人生わからないものだ。

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