第46話 脱獄ごっこ

 一方、独房の圭は。

 使役パンツを牢屋に戻し、一安心していた。


「さてと、リーゼはこれで安心だ。

あとは領主と会うだけだな。

朝に魔力はほとんど使ったし、今日出来ることはなさそうだけど……。

あ! 魔力といえば明日のパンツとブラ、どうすっかな」


 圭は毎朝ブラウン服店に品物を卸そうと思っていた。

 この街に居る間は毎日店に行くと約束したのだ。

 事情はどうあれ、連絡もなしに約束を破るのは気が引ける。

 せかくこの街でパンツとブラを広める土台ができたのに、これでは意味がない。


「んー、まいったな」


 パンツを飛ばすことは出来ても、メッセージを伝えることは出来ない。

 そういえば、この世界に来てから言葉は通じたけど、文字は共通しているのだろうか?

 そもそも文字をちゃんと見たことないし、文字自体を見ることがない。

 この世界の文字普及率はかなり低いのではないだろうか。

 フェルミ商会で会頭が木簡に文字を書いていたが、ちゃんと見ていない。


「てか、書くものがないじゃん俺。

ダメだ、連絡の取り様がない」


 ベッドに身を投げ出したまま、圭は手から黒いパンツを出し。部屋の中を飛ばす。


「これだけじゃ、意味ないよな」


 飛ぶパンツを視線で追いながら、そのパンツを廊下へと飛ばしてみる。

 視界からパンツが消えると、パンツ視点の映像が脳内に映る。

 暇つぶしに廊下の様子を見ると、牢屋の個室は全部で5部屋あり。

 圭は入り口から3番目。真ん中の部屋にいた。

 今のところ圭以外は牢屋に誰も入っていない。


「ん? 一番奥の部屋は、窓壁が2面あるな、つまり建物の角ってことか。

あとは看守の動きを把握すれば行けるかも」


 圭が何か思いつたようだ。



 翌朝未明。まだ陽も昇らない真っ暗な時間に圭はブラウン服店の前に立っていた。


「娑婆の空気は美味いなぁ~」


 リアルで一度は言ってみたい台詞を口にして圭は満足顔だった。


「まさか、投獄と脱獄を一度に体験できるとは、領主さまさまだな」


 店の中を覗くと、当然真っ暗で誰もいない、もちろん入り口は施錠してある。

 店の裏手にまわると2階へと続く外階段があり、どうやらそこが住居スペースのように見えた。


 2階のドアをノックする、早朝なので寝ていたら起きるかどうか賭けではあったが。

 ノックし続けること5分くらいで、部屋の中から灯りが漏れるのが見えた。


「こんな朝っぱらから、誰ですか」


「ブルーレットだ、非常識な時間ってのはわかってるんだけど、ちょっと開けてくれないか」


「え? ブルーレット様ですか! 今開けます」


 出てきた寝巻き姿のオーナーは、圭を家の中に入れ、従業員用の部屋で寝てるメリッサを叩き起こした。

 どうやらメリッサは住み込みで働いているようだ。


「あれ? ブルーレッロ様じゃないれすか」


 寝起きで呂律が回っていないメリッサ。目をこすりながらフラフラしている。


「こんな朝早くにごめんね、ちょっと色々やらかしてさ。

暗い時間しか来れなくなったんだよ、今日の分、納品したいんだけどいいかな」


 その台詞を聞いたメリッサは「パンツ!」と叫んで目をクワッと開いた。

 ちょっと怖いですよ、メリッサさん。

 さすが自称パンツの伝道師、といったところか。


「それでどうしようか、またパンツとブラ、300ずつでいい?」


「それがですね、パンツはもちろんなんですが、ブラのほうも昨日一日であっという間に。

用意していた15種類以外のサイズのお客様も居まして、一応予約という形でオーダーを受けました。

作ることってできますか?」


「もちろん可能だよ」


 メリッサから詳しく話しを聞くと、BやFは多少売れ残ったが、C・D・Eが全然足らず。

 さらにスポブラも完売、少数でGやHの予約が数件。


 下着にかける女子の情熱というか、一瞬で噂が広まる女子ネットワークに驚いた。


 メリッサと生成するブラの数を、売れ筋に合わせて調整する。

 今日はスポブラ込みでブラ350枚、パンツ250枚生成した。

 パンツは先行販売していたので、ブラの販売量を追い上げる枚数に調整する形となった。


「それでは今日の分で、金貨1枚です」


 金貨を受け取り、オーナーに明日以降の話をする。


「今日はこんな時間になったけど、明日は正直何時に来れるかわからない。

ちょっとゴタゴタしてて、最悪来れないかもしれない、とだけ言っておくよ。

なるべく来るようには頑張るけど、来れなかったらごめんね」


「わかりました、こちらも無理言って卸していただいておりますので。

どのようなご事情かはわかりませんが、お越しいただける時で一向に構いません。

今後も取引の程、よろしくお願いいたします」


「ああ、頼むよ」


 早朝の納品を終えた圭は、日の出前の闇夜にまぎれて牢屋へと戻った。

 官憲詰め所の裏手から、壁に穴が開いた場所をすり抜けて牢屋へと入る。

 そこは独房の一番奥の部屋、真っ暗の中、天井から床に縦にはめられた鉄格子を、飴細工を曲げるかのように手で曲げる。

 廊下へと出た圭は曲げた鉄格子を元のまっすぐに戻し、同じ手順で真ん中の自分が入れられた部屋に戻る。

 自分のいる部屋の壁を壊すとすぐにバレると思った圭は。

 看守が見回りにいかない、一番奥の部屋の壁を壊すことにしたのだ。

 看守が見回りに来るのは入り口から圭の部屋までである、それより奥は誰も留置されていないから行く必要がないのだ。


 いずれ壁の穴はバレるが、それは数日後の話だ。

 なにくわぬ顔でベッドに横になった圭は、呼び出しがかかるまでのんびり待つことにした。

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