第44話 【悲報】圭、ついに捕まる【タイーホであります】


 エッサシ村を出る前に、圭はサトウにコンプトン商会の会頭であるドレイクと、領主であるフィッツについて、情報を聞き出していた。

 元々、仕事人としてドレイクに裏の汚い仕事を貰っていたサトウは、ドレイクとフィッツが裏で繋がりのある関係だと知っていたし、フィッツから仕事を請け負ったこともある。

 そのほとんどがドレイクとフィッツにとって、都合の悪い人物に脅しをかけるか、始末するといった類のものだった。


 サトウから聞いた話をまとめると、どうやらこの領地はフィッツの独裁によって治められているようだ。

 貴族というものには2種類ある、王に昔から仕えていて、国に多大な貢献をした一族に与えられる爵位。

 そしてもうもう一つは、人間の域を超えた莫大な魔力を有し、魔法に秀でた者に与えられる爵位。

 ドレイクは魔力の高い家系に生まれ、その魔法能力も国内で五指に入る逸材だった。


 高い魔力を持った者の存在は、国にとっては組めば心強い味方になるが。

 敵にまわったら、厄介な極まりない存在となる。

 だから爵位や領地を与えて国に属してもらうのが一般的な対応なのだ。


 それゆえか、中には貴族としての品位もなく増長する者も一定数いた。

 その典型がフィッツだった。

 フィッツの親の代まではそれなりに、普通の領主として、領民に愛されていた。

 だがフィッツの代に変わってから、この領地の情勢はガラリと変わってしまった。


 要するに、能力を持った者が国に刃向かわないように、与えられた領地と爵位。

 国に影響力の高い主要な領地ならいざ知らず。ド田舎で国王からも目の届きにくい場所でもある。

 好き勝手やったところで、国王から責められることもないのだ。

 それに領主には、領内の自治権が与えられている。

 一般的には税収の取り決め。そして警察機構とも言える官憲の配備。

 さらに領内での裁判を取り仕切る責任と権利。


 つまりは領内での全ての事象が、領主の考えひとつで決まってしまう。

 

 そこで手を組み、お互いに美味い汁を吸うことで利害が一致しているのが。

 コンプトン商会のドレイクだ。

 ドレイク以外にもフィッツの息のかかった者がこの街には沢山いる。

 その領主一派は街の人から見ても明らかな派閥であり、それに逆らう人間などこの街にはいない。

 

 そして領主にはもう一つの顔がある。


『亜人嫌いの領主』


 街の皆からそう呼ばれていた。


 この国にも人間以外の亜人はたくさんいる、だがこの領地だけは亜人が締め出されている状態だった。

 領内のことは領主が決める、だから国王もその程度の事にわざわざ干渉したりなどしない。


 この領外に住む亜人の間では有名な話だ。

 亜人嫌いの領主のいるノイマン領にだけは行くな、と。


 表向きには領内への亜人の入領を禁止してる。

 だがそんなルールとは別に、フィッツは他領から奴隷として、亜人を買い付けているという噂もあった。

 屋敷の地下に幽閉し、おもちゃとして扱っていると。



「そんな話があるとしたら許せないな」


 サトウから話を聞いた圭は、決意を固める。

 初めはドレイクだけをなんとかしようと思って、その裏を取るためにサトウに情報を求めたが。

 諸悪の根源は領主であり、そこを叩かないとこの領は良くならない。

 そう理解した圭だった。


「奴隷の件はあくまでも噂だ、噂の出所は領主屋敷の使用人だって聞くが。

それを見た者はいない。

でもあの領主なら、亜人にそんなことしててもおかしくない」


「そうだな、それも含めてなんとかしてみる」


「魔族のあんたに気をつけろってのも変だけどよ、フィッツは強力な魔法を使う。

あいつとやりあうなら、十分注意したほうがいいぞ」


「わかった、色々と情報ありがと、助かったよ」


「礼には及ばねーよ、ほんとなら俺も奴らに関わった人間として、アンタを手伝いたいとこだけどな。

もう荒事からは足を洗った身だ、力になれなくてすまない」


「いいさ、俺ひとりで十分だ」



 そんな数日前のサトウとのやり取り思い出しながら、圭はリーゼに領主のことを説明した。

 場所は温泉宿の部屋だ。


「ねえブルーレット、本当に領主とやりあうの?」


「そのつもりだ、名目は亜人を助ける、そのついでに障害になる領主を潰す」


「でも相手は強力な魔法を使うんでしょ? 大丈夫なの?」


「強力な魔法の使い手が魔族と対等なら、人間側が魔族に押されることなんてないだろ?

でも今、人間側は魔族に攻められてるじゃないか。

能力差で言ったら俺は大丈夫なはずだ」


「わかった、でもあんまり無理はしないでね、もしブルーレットに死なれたら私……」


「それこそ大丈夫だ、俺には不死の呪いもかけてあるから、絶対に死ねない体なんだよ。

たとえ相手が俺より強くても、俺が死ぬことはない。

だから安心してくれ。

もう少し情報収集してから屋敷に乗り込む、その時はここで待っててくれ」


「うん、さすがに今回は私が一緒に行ったら邪魔になりそうだもんね。

おとなしく待ってるよ」


「さて、情報収集は夜にやるとして、問題はどうやって奴を潰すかだな」


「ブルーレットなら普通に勝てるんじゃないの?」


「勝つだけじゃダメなんだ、俺にかけられた呪いのルール。

どんな相手でも人間は殺したらダメ。

相手を改心させられればベストなんだけど、そうならなかったら困るんだよ。

力を持った極悪人から、その楽しみを奪い、地位も奪い、でも命までは奪わない。

もういっそ殺したほうが楽だと思うんだけど、殺すのだけはダメなんだ。

なまじ強大な力を持ってるから対処に困る。

何をやっても相手は納得しないはずだ。

でもこの領のみんなの幸せを実現させるには、領主をその座から引きずり降ろすしかないんだよ。

問題はその後の領主の処遇をどうするかだ。

リーゼならどうしたらいいと思う?」


「うーん、難しいね」


「だろ? さらに領主を潰すってことは、それに代わる新しい領主も用意しなきゃいけない。

そうなると、俺の勝手で領主を入れ換えることになる、領主ってのは国王が決めるものだ。

そこまで介入するとなると、さらに問題は複雑になるし」


「あのさ、私難しいことはわかんないんだけどさ、いっその事ね……」


 そのあとにリーゼが続けた言葉を聞いて、圭ははっとした。


「なるほど、そういう考え方も悪くないな。

それならもうちょっと楽に進められるかもしれない。

なんとかなりそうだぞ。

俺1人じゃそんな事全く思いつかなかった! 偉いぞリーゼ!」


「えへへへ、もっと誉めて」


 ベッドのわきに並んで腰をかけていたリーゼが圭をベッドに押し倒す。

 圭に抱きつきその胸元に頬ずりし甘える。

 その頭を撫でながら圭は思う。


 この旅、リーゼを連れて来て正解だった。

 1人では解決できなくても、2人で知恵を出せばなんとかなる。

 ケースバイケースだが選択肢はそれだけ広がるのだ。


「よし、ちょっと強引だけど方向性は決まった。

あとは出たとこ勝負だな、なんとかなるだろ。

この街と領民のために、フィッツには舞台から降りてもらう」


「ねえブルーレット、村の税の取立ても良くなるのかな」


「当然だ。村は一度6割を許したからな、このままだと毎年6割取られるかもしれない。

税なんて取って3割だ、だいたい元が5割とか悪徳にも程がある。

そこもちゃんと変えるから安心してくれ」


「うん、がんばってね」


 イチャイチャタイムもそこそこに、まだ昼前なので圭とリーゼは街に出ることにした。


 いつものように露店で食べ歩き、雑談する。

 店員や街の人と日常会話に混ぜて領主のことも聞いてみる。


 だいたいが似たり寄ったりで、皆が領主のことを良く思っていない。

 

「やっぱり今の領主は最悪だな、先代の領主を知ってる人からしたら圧政もいいとこだ」


「私はよくわかんないけど、今の領主が普通だと思ってたからさ。

偉い人には逆らえないし、街や村で暮らすならそれに従う、それが当たり前だったから」


「そうだな、でもせっかくだからこの領地ももっと良くしたい。

悪いやつだけがのさばって、それに善良な人達が苦しむなんておかしいだろ?」


「うん、そうだね」


 そんな会話をしながら歩いてると、槍と剣で武装した兵士6人と、官憲と思われる制服を着た2人が近付いてきた。


「この街に兵士がいたんだな、あれが領兵か」


「そうだよ、たまに見かけるけどね」


 そのままその一団が通り過ぎるかと思ったら、圭の前で官憲が止まった。

 その周りを6人の兵士が取り囲む。


「おいお前、見かけない顔だな、旅人か?」


「ああ、そうだが、どうかしたのか?」


「人違いだったらすまないんだが、この街に旅人の格好をした亜人が入り込んでるって、情報があってな。

その確認だ、そのフードをめくってもらえるか?」


 油断した、まさか相手から仕掛けてくるとは思ってなかった。

 こんなこと想定してなかったから、頭にパンツ被ってない。

 まいったな、こんなところで正体を見られたら騒ぎになる。

 こんな街の往来で、魔族が街に入り込んでるなんて知れたら、それこそパニックだ。


 ここはおとなしく穏便に進めたほうが良さそうだ。


「それだったら人違いじゃないぞ、この手を見ろ」


 圭はフードではなくグローブを外して、人間ではない証拠を自分から見せた。


「この街に入って知ったんだよ、ここの領主が亜人嫌いだってな。

だが俺は何も悪さなんてしてないし、旅人だ。

用が済んだら勝手に街から出て行くから、見逃してもらえないか?」


 圭の台詞を聞いた官憲と兵士がニヤリと笑う。


「まあな、罪もない旅人を捕らえるのは俺達も気が引ける。

たまたまだけど、この道端に金が落ちてたら、そっちに目が行って今見たことを忘れるかもしれない」


 なるほど、領主が領主なら、それに仕える兵士や官憲もしっかり教育済みということか。

 つくづく腐ってやがる。

 もう少し情報収集がしたい、色々聞いてみるか。


「もしだが、俺が金持ってなかったらどうなる?」


「そのまま領主様のところに連れていくだけだ。

連れていくまでの間は牢屋に入ってもらうがな。

俺は親切だから助言してやる、下手な考えは起こすなよ。

亜人だろうが領主様に勝てるやつなんていない」


「領主に捕まった亜人はどうなる?」


「長い間いたぶられて、最後には必ず殺される。

それだけわかれば十分だろ? 金で命が買えるなら安いもんだ。

死にたくなければわかるよな?」


「ああ、十分わかったよ、それで幾らだ」


「そうだな、お前さんの場合、金貨40枚ってとこだな」


「40枚! なるほど、こりゃ酷いな、ここまで腐ってるとは」


「腐ってるとか、あんまり誉めるなよ。

俺達も本意でやってるわけじゃないんだ、領主様には逆らえない立場なんだよ」


 そう言うも、困った顔をするどころか、ニヤニヤと圭を品定めする官憲。

 腐ってるとは彼らにとっては本当に誉め言葉のようだった。


「金貨40枚の意味をお前達が知る訳はないと思うけど、その情報の出所はわかったよ。

色々教えてくれてありがと。

だけどその金貨40枚なら残念だが使ってしまった。もう手元には幾らも残ってない」


「なら領主様のところへ連れていくだけだな」


「その前にひとつ、用があるのは俺だけだよな?」


 圭は一緒にいたリーゼの処遇について確認する。


「ああ、そうだ、俺達も人間を捕まえるような指示は受けてないからな。

こんな往来で女子供を捕まえるような真似はしないさ」


 この官憲の台詞、人前では手を出さない、そんなニュアンスを含んでるようにも取れる。

 あくまで人目があるときだけだ、1人になったら危ないかもしれない。

 一応保険もかけておくかと圭が兵士に声をかける。


「おいそこの剣士、ちょっと剣を構えてくれ。

なに、暴れようとかそんなんじゃないから」


「剣を抜けだと? 領主に殺されるなら、今ここで切って欲しいとかか?」


 卑下た笑いを浮かべた剣士が、剣を抜き、圭に向かって構える。


「そう、そのまま動くなよ」


 圭は一瞬で剣士との間合いを詰め、その剣の刃を素手で握った。


「なに! んっ、クソ、離せ!」


 剣士が剣を振ろうとしても、圭にがっちりと握られたままで、剣はびくともしなかった。

 そして切っ先から鍔元まで、刃渡り全てをグニャグニャと握りつぶしていく。

 数秒のうちに真っ直ぐだった剣は、愉快なオブジェに成り果てていた。

 剣士から力任せに剣を奪った圭は、その愉快なオブジェを官憲の前に転がした。


「お前らに一応忠告しておく、そこにいる娘は俺の命よりも大事な女だ。

もし危害を加えるような事があったら、地の果てでも追いかけて必ず殺す。

よーく覚えておけ」


 言葉を発せずコクコクと頭だけ縦にふる官憲。

 

「ねえ、領主に捕まるって、本気なの?」


 リーゼに聞かれた圭は答える。


「ああ、どっちみちコッチから仕掛けるつもりでいたし。

捕まっても結果は同じだ。

必ず帰るから少しの間まっててくれ」


 圭はそれに続ける言葉を周りに聞かれないように、顔を寄せてそっとリーゼに耳打ちした。

 宿に着いたら夜になる前に、宿から抜け出し身を隠すように指示をした。

 さらに黒いパンツを手渡す、使役の魔法をかけたパンツだ。

 これがいつでも飛べるように持ち歩くこと、そうすればどこにいても居場所がわかる。


 手短にリーゼに指示を出した圭は官憲に向き直る。


「さて、お望み通り捕まってやるよ。領主とやらの顔を見てやろうか」


「よし、お前ら、牢屋へ連れて行け」


 官憲は兵士にそう指示を出し、手元にロープをかけられた圭は、官憲の詰め所にある牢屋へと入れられた。

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