第32話 リーゼの想い


 日を追うごとに、なぜかもっとあの魔族のことが知りたいと、思うようになっている。

 あの憎めない変態魔族のことが気になる。


 街や村を転々とし、気がついたらエッサシ村の村長に助けられていた。

 行く宛のない私達兄妹の身柄を引き取ってくれた村長。

 その年はどこの村も不作で、私達を食べさせる余裕なんか無かったはずなのに。

 村長はそんな子供2人を笑顔で迎え入れてくれた。

 このまま、この村で兄と、村の皆と暮らしていくものだと、ずっと思っていた。


 だけど私の暮らしは、狼の出現によって一変した。

 兄は狼に殺され、村に戻れなくなった。

 そんな時、魔族のブルーレットが全てを解決してくれた。

 狼も、徴税も、全て。

 もうここまでされたら、魔族とか関係なくなる。

 みんなブルーレットを命の恩人だと思っている。

 私もそうだ、どう頑張っても返せないぐらいの大恩。


 この体を差し出せと言われたら、私は喜んで差し出す。

 私にとって恩のある村長と村、その村を救ってくれた彼。

 結果として村以上に、恩を返さなければならない相手になってしまった。


 相手が人間だったら、これほど簡単なことはない。

 でも相手は魔族だ。

 あの殺戮と非道の権化、自分達人間の天敵、人間を虫けらのように扱うあの魔族だ。

 だけど彼はそんな噂で聞くような魔族とは正反対だった。

 人よりも人らしく、そしてドが付く程のお人好し。

 私達を殺そうとした殺し屋さえも、迎え入れてしまうお人好し。

 私は同じ人間ですらそんな人を見たことない。

 悪人に慈悲をかけて生きていけるほど、この世界は甘くできていないからだ。


 なにもかもが破天荒で、それでいて憎めない彼。


 そんな私でも唯一、彼の願いを叶えていることがある。

 パンツだ。

 彼はなぜか私が履いたパンツを欲しがる、とても有り難そうに欲しがる。

 違うか、別に私でなくてもいいのかも知れない。

 女性の履いたパンツを欲しがる。

 理由を何度か聞いてみようと思ったけど。

 教えてはくれなかった。

 普通に考えたら、変態的嗜好が理由だと思う。

 たまに頭に被ってるし。

 とにかくパンツに対する執着がすごい、パンツのためなら人間相手に土下座するくらいだ。

 やはり只の変態だと思うけど、それは人間の常識の範囲内での話だ。

 相手は魔族、人知を超えた存在なのだ、パンツもきっと魔族にしかわからない理由があるのだろう。


 余計に知りたくなる、私の履いたパンツをなぜ集めるのか。


 相手を知るには裸の付き合い、と何処かで聞いたことがある。

 一緒に水浴びや湯浴みをする、ということらしい。


 一緒に温泉に入れるこのチャンスを逃してなるものか。

 かつて人間で、魔族と一緒に温泉に入った者はいない。

 つまりは私が人類初なのだ!


 大丈夫、見られて減るものはない。

 むしろ胸が減りすぎてる感は否めないけど。

 これがもっと豊満な体だったら彼も喜んでくれるだろうか?

 ぺったんこな胸、ゴボウのような手足、肉付きのない臀部。

 女性らしさのかけらもない、お子様ボディ。

 自分でもわかってる、同じ15歳の子はもっと胸があったりしてることぐらい。


 でも彼は私が着替えたりしようとすると、恥ずかしがる。

 魔族なのに、まるで人間みたいな反応なのだ。

 下着姿ですら直視しようとしない。

 私も同じ人間の男の子に見られるなら、物凄く恥ずかしいと思う。

 でも魔族に見られるのは別になんとも思わない。


 だが彼はそうではない。


 この貧相な体を見せたら、魔族の彼はどんな反応をするのだろう。

 慌てふためいたりするのだろうか?

 コッチはなんとも思わないんだから圧倒的に優位だ。

 私はこの感情を知っている。『悪戯心』というやつだ。


 でも本気で困らせたいと、思ってるわけではない。

 もっとあの魔族に近付きたい、もっと知りたい。

 素直にそう思っている、ただそれだけだ。


 そして私は1人で温泉に入ったフリをして、彼が温泉に浸かった頃を見計らって突撃した。

 ふふふっ、逃げ場のない温泉でたっぷり裸の付き合いをしてもらおうじゃないか。


 

「ふはははは、リーゼちゃんの登場だ!」


 聞きなれた声に圭が振り向くと、そこに立っていたのは、一糸纏わぬ姿のリーゼだった。


「ちょ! うわっ! なんでここにリーゼが!」


「いいじゃん、せっかくの温泉なんだから一緒に入ろうよ」


 驚く圭を満面の笑顔で見据えるリーゼが、恥ずかしがる素振りすら見せずに湯船の際に立つ。

 湯船に浸かった圭が思いっきり見上げる形になる。

 凹凸がないとはいえ、年頃の女の子の肢体をガン見してしまった圭。


 慌てて体ごと顔をそらすが、その瞬間脳内に『●REC』の弾幕が流れたのは言うまでもない。

 童貞には刺激が強すぎる、ここが日本だったら逮捕案件だ。

 てゆーか異世界に青少年保護条例はあるのだろうか。


「ちょっと、なに考えてるの! せめてタオルで隠すとか、てゆーかいきなりすぎるよ!」


 背中を向けたまま、リーゼに抗議する圭の台詞は、リーゼの予想通りだった。


「いいからいいから、裸の付き合いだよ、あんまり聞き分けがないと、パンツあげないよ」


「くっ、ここでパンツを出すのは卑怯だ!」


「それにこの温泉は、夫婦とか家族が一緒に利用するための旅館なんだよ、部屋だってそうだし」


 まさか、この旅館て……、そういう場所だったのか!

 謀られた! クソっ、部屋を見た時点で気付くべきだった。

 この悪魔め、どこまで童貞をもてあぞぶんだ!


 圭の思考をよそに、リーゼは遠慮することなく湯船に浸かる。


「ああ~、いいね温泉、最高だよ、そう思わない?」


「もうなんていうか、アレだよね、全く恥ずかしがらないよね。

なんで俺だけこんなにヤキモキしなきゃならないんだ、理不尽だろ」


「私からしたら、私の裸みてそう思うブルーレットのほうが不思議だよ」


「たとえ俺相手でも、もっと自分を大事にしなさい」


「はーい、ちゃんと大事にしてるよ。

私ね、嬉しかったんだよ、今日だって着たことないいろんな服着れたし。

買い物もたくさん楽しんだし。全部ブルーレットのおかげだよ。

だからもっとお話したいし、もっとブルーレットのこと知りたいの」


「それなら風呂でなくてもいいだろう」


「だめ、お風呂の時間も大事なの。

それにちゃんとお礼もしてないし」


「礼なんていらないよ、俺は好きで色々やってるだけだ」


「ううん、ブルーレットはそう言うよね。

でも村の皆は絶対に恩返ししたいと思ってるよ、私もそうだし。

そのお礼をいらないって、切って捨てるのはみんな悲しむよ。

お礼すらさせてもらえない程度の、存在にしか思われてないんだって」


 圭は思い知る、お礼をするのが礼儀なら、そのお礼を受けるのもまた礼儀なんだと。


「そうか、俺は思い上がっていたのかもしれないな。

恩を返せないってのは、人として苦しいよな。

わかった、善処するよ」


「やっぱり変だよね、人間と話してるみたい」


「パンツ被る変態だからね、俺をそのへんの魔族と一緒にしないでくれ。

まあ、他の魔族見たことないけどさ」


「私もー、見たことなーい!」


 そういうとリーゼは湯船の中で圭に正面から抱きついた。


「え? リーゼ……」


 圭の首に両腕を回し、胸元に顔をうずめるリーゼ。

 密着した体は、これでもかというくらい、女の子の柔らかい体の感触を伝えてくる。


「おりがとうね、ちゃんとお礼言ってなかったから。

村を助けてくれて、ありがとね。

ほんとに、ほんとにありがとう。

ブルーレットが人間だったら、この体でお礼できるのにね。

どうして魔族なの。

それとも私が魔族だったらよかったのかな。

ごめんね、なんにもお礼できなくて。

兄も死んじゃったし、もう私には……」


 段々と声が震えていくリーゼ。

 抱きついたのは顔を見られたくなかったからなのか。

 上ずった声はやがて嗚咽へと変わる。


「ううっ、兄さん……どうして……」


「リーゼ」


 嗚咽ははっきりと泣き声に変わった。

 兄が死んでから一度も泣いたことがなかったのに。

 魔族であろうと安心して誰かに抱き付けることが、こんなにも気丈な心を脆くさせるのか。


「うわーーーーーん」


 一度声に出した感情は、どれだけ制しようとしても止まらなかった。


 村の皆と同じように、強くあろうとするように、ふるまっていたリーゼだが。

 所詮は15の子供だ、いや、心のあり方に年齢は関係ない。

 大切な人失った悲しみは、どこかで形にしないとおかしくなる。

 その感情を吐き出すタイミングが今だったのだろう。

 

 圭は不器用な手でそっとリーゼの頭を撫でる。

 木樋から湯船に流れる湯の音だけが、やさしく2人を包む。



 どれくらいの時間が流れたか、やがて泣き止んだリーゼは「うっ」と短い声を漏らす。

 ズズっと鼻をすするリーゼは、腕に力を入れ、さらに圭の体に抱きつく。


「うーー、泣いちゃった」


「うん」


「恥ずかしい」


「うん」


 尚も圭の胸に顔を押し付け、くぐもった声でリーゼが声を出す。

 それでも頭を撫でる圭の手は止まらない。


「俺は、大切な人を失ったことが一度もない。

だから一緒に泣くことはできない。

できるとしたらこうやって、寄り添うことくらいだ。

悲しみを分かり合えなくてごめんな」


 目を真っ赤にしたリーゼが鼻をすすりながら顔を上げる。


「ううん、この悲しみは私だけのものだから、ブルーレットにはあげない」


「そうか、それは残念だ」


「あーもう、ホントに泣いちゃったよ。

恥ずかしい!

もうお嫁に行けないよ!」


「はははは、裸で抱きつくのは恥ずかしくないのに、そこは恥ずかしがるんだ」


「責任取って!」


「え? それはチガウだろっ!」


「ちがくない! 女の涙見たんだから責任取って!」


「いや、勝手に泣いたのはリーゼじゃん」


「泣かせたのはブルーレットだ!」


「俺!? いやいやいや、言いがかりだろ」


「言いがかりでもなんでもいいのっ! 私も一緒に行くから」


「行くってどこに」


「旅」


「へ? 付いてくるの? それはダメだよ」


「ダメじゃない、責任取ってもらう、ブルーレットの嫁になる、ずっと一緒にいる」


「なんだその超理論は、ワインバーグとサラム先生もびっくりだよ」


「わいんばーぐ??」


「いや、なんでもない、コッチの話だ。

とりあえず、このままだとのぼせるから。

体洗って、ここからここから出よう。

話の続きは部屋でな」


「うん、わかった」


 このあとリーゼ提案の体洗いっこが、圭の反対を押し切り敢行されたとかされなかったとか。

 童貞メンタルの圭の精神は0を下回り、マイナスに突入した。

 ことあるごとに切り札のパンツを出すリーゼに逆らえない圭だった。

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