第31話 温泉宿


 カーテンの隙間から顔だけを出して抗議の声を上げるリーゼ。

 パンツに興奮していた店員がすぐさま試着室の中へと入る。


「す、すいませんお客様!! すぐにお召し物の試着を」


 ドレスに着替えたリーゼを、冷や汗かきながら褒めちぎる店員と圭。


「えへへへ」


 そして満更でもないリーゼ。

 たしかに、普段の農婦姿しか見ていない圭から見ても。

 その姿は新鮮で一瞬目を奪われた。


「うん、いいな、さすが俺が選んだドレスだ。

今日はそのドレス着て、過ごそうか」


「そうかな、うん、せっかくだし、そうしような」


 リーゼもご機嫌になってくれた。


「あ、そうだ、店員さん、髪もドレスに合わせて変えたりできる?

こう、サイドで結んでサイドテールとか」


「そのぐらいでしたら、すぐできますよ」


 白いドレスに合わせて、白いリボンで結んでサイドテールになったリーゼ。


「オウフ、完璧でござる、あとは靴も合わせたいな」


 そんな感じであれこれと買い物を楽しんでいく圭とリーゼ。


 靴からリボンまでドレス系1着。

 ドレスに合わせた白系のファーショール。

 そしてリーゼが選んだ普段着に使えそうな服4着。

 服に合わせた茶皮のハーフブーツ。


 全部で銀貨20枚だった。


 支払いを済ませ、買った服はフェルミ商会の荷馬車に運んでもらうよう頼んだ。


「それでは明日、またお待ちしております、パンツお願いしますね」


「ああ、また明日」


 パンツ500枚を卸す約束。

 何枚かの色見本を見せ、選んでもらったらところ。

 白、ピンク、赤、青、グレーの5色を100枚ずつということになった。


 買い物に興が乗ったリーゼは、他の服屋や雑貨屋など圭を連れまわした。


 それはまさしくショッピングだった。

 そして言い方を変えればデート。

 ドレスを着た女の子とデートだなんて。

 童貞の圭にとっては初の快挙だ、但し魔族の姿でなければだが。



 そして陽も傾いた頃。


「そろそろ宿を決めようか、どこかいいとこ知ってる?」


「うーん、一度泊まってみたいと思ってた宿はあるけど」


 そう言ってリーゼに案内されたのは、そこそこ立派な構えの宿だった。

 しかも温泉付きだと言う。


「ここにしない?」


「温泉付きってのはいいな、ここにしようか」


 買い物の間は財布はリーゼに預けてある、魔族の手を見られたくないからだ。

 そしてここの支払いもリーゼに任せた。


「ちょっと待てってね、部屋が空いてるか聞いてくるから」


 宿にリーゼが入り、少し外で待つ圭。

 先に入ったリーゼが外で待ってた圭を呼ぶ。


「部屋取れたよ~」


「ああ、行く」


 そして宿に入り、部屋へと入るリーゼと圭。


「ほうほう、落ち着いてていい部屋だな、で、この部屋がリーゼの部屋と。

俺の部屋はどっち?」


「え? なに言ってるの? これ2人部屋だよ」


「え? だってベッドがひとつ……」


 よくみたら枕は2つだった。


「だ、だめ! それはダメだってば! 俺の理性がスタグフレーション起こすからっ!」


 クソっ、図られた!

 慌てて部屋を出ようとする圭を、リーゼがガッチリとホールドする。


「ダメじゃないよ、たまにはいいじゃん、それにブルーレットは魔族でしょ!

大丈夫だから一緒に寝ようよ~」


 何が大丈夫なんだ、確かに物理的な意味では魔族の圭は大丈夫だ。

 変な気を起こしても、間違いが起きようがない。

 だが問題はそこじゃない、童貞メンタルの圭にとっては、地獄の1丁目なのだ。


「魔族と一緒に寝たいとか正気か?」


「旅なんだから、誰かと一緒に寝たいの、一人だとつまんない~」


 台詞だけ聞くと、アレな女なんだが。

 15歳という年齢を考えたら、ギリギリ子供の駄々とも思えなくもない。

 そういう事で納得することにした。


「はぁ~、わかったよ」


「やったー!」


 素直に喜ぶ姿は子供そのものなんだけどな。


「それじゃ着替えるから」


 そういうとリーゼはドレスを脱ぎ出した、圭は後ろを向き黙って着替え終わるのを待つ。

 最初の服屋とは別の店で買った、厚手の寝巻き。

 完全なパジャマというよりは、部屋着にもなる寝巻きだ。


「はい、着替えたよ。

それじゃ、お楽しみの温泉タイムだね」


「そうだな、って、そういえば俺、魔族だから温泉ムリじゃん!」


「あ、それなら大丈夫だよ、ここの温泉は客ごとに貸切だから。

誰かが入ったらほかの人は入れないことになってるの。

しかもここは温泉が4つに分かれてて、4人が同時に入れるんだよ。

ちゃんと目隠ししてあるから見られることもないし。

これならブルーレットでも入れるでしょ?」


「なるほど、そこまで考えてこの宿を選んでくれたのか。

ありがとね、それなら安心して温泉に浸かれるよ」


「あ、そうだ、泊まる予定じゃなかったから、パンツが無いんだ。

パンツちょうだい」


「何色がいい?」


「今日は、白がいいかな、明日もドレス着るし白で合わせる」


「そうか、ついにリーゼも純白デビューか、おとうさん嬉しいよ」


「誰がおとうさんやねん」


「はい、白パンツ」


「ありがと」


 そして温泉へと向かう圭とリーゼ。

 1階の廊下から中庭に出てすぐに入り口が4つの建物がある。

 各扉には木札がかかっていて、表と裏に『入浴可』と『使用中』の文字が書かれている。


 現在4つのうち丁度2つが空いていた。


「それじゃ俺はこっちにするよ」


「私はこっちね」


 お互い空いている二つの扉の木札を返し、中に入った。


 中に入ると靴脱ぎ場から1段上がって、木の床の脱衣所。

 屋根はそこまでで、引き戸を開けると、そこから先は石畳の床に、木の樋からかけ流しの温泉が流れ込む、露店風呂だった。

 脱衣所から先も完全に木板の壁で別れていて、他の風呂から覗かれる心配もない。

 かけ湯をした圭は温泉に浸かって「ふい~~~~っ」っと声を漏らす。

 1人用にしてはかなりゆったりした作りの温泉だ、2人か3人くらい普通に入れそうだ。


 そんな温泉を満喫し始めた圭とは別に、圭が湯につかる声を確認したリーゼは。

 入ったはずの扉からこっそり出てきて、使用中の札を入浴可に戻し。

 圭が入っている、使用中の札のかかった扉をこっそり開けて中に入った。


 勢いよくバーンと開けられる引き戸。

 その音に圭が振り返ると、そこに立っていたのは仁王立ちのリーゼだった。

 もちろんマッパである。


「ふはははは、リーゼちゃんの登場だ!」


 声高らかに叫んだりーぜに、固まる圭だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る