第28話 納税完了
「ぎゃーーーーー!」
「きゃーーーーー!」
朝っぱらの圭の家から二種類の悲鳴がこだました。
ひとつはスキンヘッドの男に、枕を投げつけられた村長の悲鳴。
もうひとつは乙女の寝起きに、襲われたと勘違いしたササキの悲鳴。
「誰ですかあなたは! ここはブルーレットさんの家のはずですよ」
「あれ? あーそうだわ、ごめんなさいね、いきなり寝込みを襲われたと思っちゃって。
私はブルーレットさんにここで寝るように言われたのよ。
ブルーレットさんならリーゼさんの家で寝てるわ」
「え? リーゼの家? どうしてまた」
「ワタシから話すと、説明不足かもしれないから、詳しくは彼から聞いてね」
「わかりました、リーゼの家に行ってみましょう」
そしてやってきたリーゼの家。
ドアを開け、家の中に向かって村長が声をかける。
「リーゼ、戻ってきているのか! もう朝だぞ~」
家の中に響く声にリーゼと圭が目を覚ます。
「あれ? 兄さん?」
寝ぼけたままのリーゼは、目の焦点が合わずぼやけて見える隣のベッドに、いるはずのない影が起き上がるのを見て、兄かと思った。
「おはようリーゼ、よく眠れたかい?」
「兄さん……。はっ! ブ、ブルーレット!」
やがて覚醒する意識と共に、目の焦点が合わさっていくと、その瞳は兄ではなく魔族の姿を捉えた。
「そうだった、昨日うちに泊まったんだよね。
おはよう、ブルーレット」
「村長さんが来たみたいだね、行こうか」
「うん」
家の中に村長を迎え入れるリーゼ。
「ブルーレットさん、おはようございます。
お戻りになられていたのですね」
「うん。夜中に帰って来たんだよ、お土産もたくさんあるから楽しみにしてて」
「おみやげ?」
「それで、ブルーレットさんの家に、見知らぬ方がいたのですが」
「ササキさんだね、もう会っちゃったのか、詳しくはあとで話すよ。
徴税官は、今どうしてる?」
「広場で待っておられます」
「よしわかった、すぐ行こうか」
言うや否や、圭はパンツを取りだし頭に被って人間に変身した。
「おお、これが幻惑の魔法とは、本当に魔族とはわからないですな」
「え? この前のってやっぱりブルーレットだったの!
すごい! これ魔法なの?」
「ああ、変態魔族だけが使える幻惑の魔法だ」
「村長は知ってたの?」
「ええ、ブルーレットさんから聞きましたよ」
「ちょっと! なんで教えてくれなかったの!
みんな『あの人誰?』って、訳わかんなかったのに」
「おお、そうか、リーゼはすぐに街に行ったからのう。
村の皆には私からすでに話してあるぞ、あれはブルーレットさんの幻惑魔法だって」
「ブルーレットもなんで黙ってたの!」
「いや、訊かれてないし」
「まあまあ、徴税官の方がお待ちです、話はその後にでも」
「そうだね、金貨はちゃんと用意できたし、さっさと支払い済ませよう」
テーブルの上にドンと置いた大小2つの巾着。
小さいのは金貨30枚、大きいのは銀貨120枚が入っている。
圭はそこから金貨3枚を取り出し、村長に見せる。
「おお、凄いですな、金貨3枚なんて初めて見ました。
売れたのですね、狼の毛皮」
「うん、売れた。さて広場にいこうか」
広場に着くとすでに荷馬車2台と徴税官が2人、圭が来るのを待っていた。
「それで、金貨3枚は用意できたのか?」
「ああ、これだ、確かめてくれ」
圭に手渡された金貨を、驚きつつも凝視する徴税官。
「まさか、本当に用意してくるとはな。
金持ちという話は嘘ではなかったのか。
もしかして、旅人を偽るどこかの貴族の者か?」
「貴族なんて柄じゃないよ、俺はただの旅人だ。
これで納税は終わりってことでいいんだな?」
「ああ、そうだな。
これを以って、エッサシ村の今年の徴税分、麦180袋相当の金貨3枚、確かに受け取った。
皆、ご苦労であった。来年も同じように励むように!」
大仰な台詞を残し、徴税官は空の荷馬車を曳き、村から出て行った。
いつのまにか集まっていた村民はみな諸手を挙げて喜んだ。
「ありがとうございます、ブルーレットさん。
本当に、なんとお礼を言っていいか。
6割支払うどころか、全部の麦が村に残るなんて!」
「まあまあ、村長さん、たまにはこういう年があってもいいじゃないの。
それにね、俺も麦の収穫手伝ってわかったんだけどさ。
あれだけみんなで苦労して収穫したのをさ、領主なんかに持ってかれるのは腹が立つじゃん」
「私どもは毎年のことなので、当たり前ですが。
それでも5割持っていかれるのは堪えますよ。
しかも今年は6割ですからね、本当に助かりました」
「ところで村長さん、さっきのお土産の件なんだけどさ。
これから色々と男手がいると思ってね、3人連れてきたんだよ。
ぶっちゃけると、元犯罪人、でも一応今は改心してる。
どうかな? 村で受け入れてもらえないだろうか?」
「ブルーレットさんが連れて来られる方です、私が断る理由はありません。
喜んで受け入れます」
「そうか、よかった~。
今から連れてくるから、ちょっと待っててくれ、村のみんなに紹介するから」
圭は頭のパンツを外し、魔族の姿へと戻って、小川のほうに駆けて行った。
リーゼは圭の家に向かい、ササキを連れてくる。
少しして荷馬車を引いた圭が広場にやってきた。
荷馬車の存在に住民が驚く中、圭が荷台の幌に顔を突っ込む。
「うぎゃああああああああああああ!」
「ひいいいいいいいいいいいいい!」
「おおおおおおおおおお助けてええええええ!」
「ちょ、まて、俺だ! ブルーレットだ!」
そんな会話が聞こえ、落ち着くまでに1分くらいかかった。
その様子を近くで見ていたササキはわりと落ち着いていた。
リーゼから魔族の姿みても悲鳴あげないでね、と言われていたからだ。
3人が村長の前に立ち、それを圭が紹介する。
「えっとこっちから、サトウさん、ヨシダさん、ササキさん。
それでこの人が村長のウォルトさん、みんなは村長さんて呼んでる」
「村長のウォルトです、なんでもこの村に移住されたいとか。
なにも無い田舎村ですが、喜んでそのお話お受けいたします。
村の者もいい人達ばかりです、すぐに慣れるでしょう」
村長の言葉を聞き、方膝を地につき頭を下げ跪く3人。
「ブルーレットさんより、村長様を主と認め尽くすよう命を受けました。
なんなりとご命令ください」
「え? どういうことですかブルーレットさん」
「あ、ああ~、たしかに友人の村長さんに仕えてもらうって言ったけど……。
違う! そういう意味じゃない!
村民として仕えるって意味だから!
みんな勘違いしないで」
「なるほど、そういうことか、それじゃただの村民になるって認識でいいのか?」
起き上がったサトウが圭にたずねる。
「うん、そういうことだよ、村民になって村長さんを助けてあげてね、って意味だから。
今日から3人はこの村の住人、オーケー?」
「ああ、わかった。
村長さん、サトウだ、改めてよろしく」
「ワタシはササキね、ヨロシク~」
「俺はヨシダだ、よろしく頼む」
「歓迎します、ここを故郷と思って生活してください」
こうして3人は村の新しい住人として迎え入れられた。
住むところは圭の家にササキが。
村長の家の空き部屋にサトウとヨシダが、一緒に住むことになった。
そして問題は圭の寝場所。
「やっぱり俺、ベンチでいいよ」
「だめっ! ブルーレットはウチで暮らすの! ね、いいでしょ?
ちょっと村長からもなんか言ってよ!」
「いやしかし、無理にというのも、本当にベンチでよろしいのですか?
これからどんどん寒くなりますし、せめて屋根のある場所のほうが」
「あーもうわかった! それならコッチにも考えがあるよ!
ヘンリーお婆ちゃんのパン……」
「わがまま言ってすみませんでしたリーゼ様!
どうか、この変態魔族を住まわせてください!」
土下座、しかも今回はスライディング土下座。
その場に居た全員がドン引きした。
最強種を謳う魔族が、村娘に対して土下座している。
一体なんなんだこの状況は。
これには新入りの3人も皆思った、リーゼだけには逆らうまいと。
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