第27話 佐藤と佐々木と吉田

 地面に転がった3人に圭が問いかける。


「なあ、お前達、もう一度聞くけど、悪事から足を洗うんだな?」


「ああ、もう辞めだ。仕事人としての俺らは今ここで死んだ」


「わかった、それじゃ再出発するってことで、名前のことなんだけどさ。

今まで名乗ってた名前と、新しく別の名前を名乗るの、どっちがいい?」


「なるほど、面白いこと考えるやつだな。

どーせなら新しい名前がいいかもしんねーな。

仕事人の名前だと恨みつらみも買ってるからよ、やり直すなら違う名前のほうがいい」


「そうね、ワタシもそうするわ」


「俺も同じだ、ケチのついた名前じゃ、心機一転って気分になれねーからな」


「名乗りたい名前とかあるか? なければ俺が決めてもいいけど」


「うーん、任せる、あんたにくれた命だ、好きに名前付けてくれ」


「ワタシも」


「俺も」


「よし、それじゃ決めよう。

まず、アニキさんは、サトウさん」


「サトウ? なんか聞きなれない名前だな、まあいいや、サトウだな」


「次にオカマさんは、ササキさん」


「ササキね、なんか綺麗な響きね、気に入ったわ」


「そして、特徴のないシゲルさんは」


「シゲルじゃねー! ミゲルだ! ってもうその名前もどうでもいいか」


「ヨシダさんに決定」


「ヨシダ? ヨシダか、ヨシダ! うん、俺は今日からヨシダだ」


「それじゃ、改めて紹介しよう、俺の名前はブルーレット、魔族だ」


「「「魔族!?」」」


「ああ、魔族だ、今顔を見せると気絶するか、命乞いしかねないから見せない。

そのかわり、手だけ見せるよ」


 そう言って圭はシーツの間から片腕を外に出した、ブイサインをチョキチョキと動かす。


「おおおお、すげー! 人間じゃなかったのか」


「ここであまり大きい声出さないでね、周りに気付かれたくないから。

とりあえず俺が魔族だってことは、秘密で」


「ああ、わかったよ、……そうか……魔族か。

こいつは傑作だな、そうとは知らず俺らは喧嘩を売っちゃいけない相手に、喧嘩売ったわけか。

余計に殺されても文句はいえねーな。

魔族様とは知らず、どうかご無礼をお許しください」


 非礼を詫びる元アニキのサトウ。


「いきなり畏まらないでくれ、魔族様とかいらないから。

普通にブルーレットって呼んでくれ。

とりあえず3人はこれから、村長さんの村で暮らしてもらう仲間なんだから」


「そうか、それじゃブルーレットさん、よろしく、だ」


「ああ、よろしくサトウさん、ササキさん、ヨシダさん」


「そして、もう名前知ってると思うけど、同じ村のリーゼ様だ」


「「「様?」」」


「リーゼ様に逆らうとパンツがもらえなくなります、決して逆らわないでください」


「「「パンツ?」」」


「ちょっとブルーレット! 変な紹介しないでよっ!」


 いつのまにかブルーレットさんからただのブルーレットに呼び捨てになっていた。


「というわけで自己紹介は終わりだ、リーゼ、手と足をほどいてあげて」


「うん、わかったー」


 リーゼが各自の拘束を解いていくあいだ、圭が3人に話を進める。


「ところで、今かから村に帰るんだけどさ。

この街で馬車売ってる所ってある? それも今すぐ買える所」


「馬車か、この街に馬車屋なんてないぞ、普通は王都で仕立てて買うもんだ」


「そうかぁ、別に新品じゃなくてもいいんだけどな、とりあえずの移動手段だから。

馬車単体で馬はいらない。個人売買でもいい、売ってくれそうな人とかいない?」


「それなら、なんとかなりそうだな。

コンプトン商会が一番いいが、さすがにバツが悪すぎるか。

もうひとつのフェルミ商会なら馬車3台持ってるし、そこがいいかもな」


「なるほど、リーゼ、付いてきてくれ、3人はここでまっててくれ」


「わかった、ここでまってるよブルーレットさん」


「フェルミ商会に行くの?」


「そうだ、でもその前に、コンプトン商会にも寄り道する」


「うん、お礼しに行くんだね、ワクワクするね~」


「いや、お礼とかしないから、ちょっと話するだけ」



 そしてコンプトン商会。

 店で迎えたのは若い男の店員。


「あれ? さっきのお客さんじゃないですか、また何か御用ですか?」


「やあ、さっきぶり、会頭さんと話がしたい、呼んでくれるかな?

さっきの毛皮の客だと言えばわかる」


「わかりました、すこしお待ちください」


 そして奥から出てきたドレイク・コンプトンが、複雑な表情で圭に挨拶する。


「これはこれは、先ほどはどうも、何か入用ですか?」


「ネズミを3匹を捕まえた、まだ殺してはいない、この意味わかるな?」


「くっ、失敗したのかあいつら」


「喧嘩を売る相手を間違えるなよ、人間風情が」


 圭はドレイクに見えるようにそっと腕だけを出してみせた。


「それはっ!」


「そういうことだ、今はまだ何もしない、だがいずれはこの落とし前つけさせてもらう、いいな?」


「ひぃ……」


「せいぜい今のうちに、日頃の行いを悔いておけ。

領主に泣きついても無駄だぞ、その時は領主ごと潰すからな。

ネズミの命は俺がもらう、変な気は起こすなよ?

言いたいことはそれだけだ」


 腰を抜かしアワアワしているドレイクを残し、圭は商会を後にした。


 そして歩くこと5分くらい。


「ここだよ、フェルミ商会」


 中に入り、会頭とコンタクトを取り、手短に馬車の交渉をする。

 商会が持っている馬車は3台。

 この時、圭は初めて知ったのだが、馬車には2種類ある。

 一般的に『馬車』と呼ぶものは、人を運ぶためのものを指し、御者台の後ろに向かい合った座席がある。

 もうひとつの馬車は『荷馬車』と呼ばれ、御者台の後ろが平たい荷台になっている。

 商会の持つ3台は、会頭が使う馬車1台、商売用の荷馬車2台だった。


 圭が欲しかったのは利便性を考えて、荷物が運べる荷馬車だ。

 荷台に木のアオリがついていて、その上に防水のホロが付いているタイプのもの。


 それをなんとか拝み倒して金貨5枚で譲ってもらった。

 日本円で言うと150万円相当の出費だが、中古のホロ付き荷馬車(馬無し)、すぐ手に入るなら値段はどうでもよかった。


 圭はついでにと必要そうな物を、フェルミ商会でしこたま買い込んだ。

 フカフカそうな布団を数組、服だとかシーツ、あとは裁縫用の生地をロール数本。

 なぜか布物ばかりのラインナップ。

 それでも金貨1枚で余裕で足りた。気前良くおつりはあげた。

 そのかわりに残った金貨34枚のうち、4枚を銀貨に両替してもらった。

 つまり手元には金貨30枚、銀貨120枚が残った。


「ねえ、なんでこんなに布をいっぱい買ったの?」


「それはもちろん冬を過ごしやすくするためだよ」


「ふーん、確かにいっぱいあったほうがいいよね。

私、金貨で買い物とか初めてかも、なんか楽しいね」


「それじゃ3人を迎えにいくから、御者台に乗って」


「うん」


 本来なら馬を繋ぐべきところに、圭がおさまり、荷馬車を曳き移動を開始した。

 要領はリヤカーを曳く感じだろうか、圭にしてみたら馬車でも重く感じない。


 路地の場所まで戻った圭とリーゼは3人を馬車に乗せる。

 御者台には一応クッション代わりに布団1枚。

 それに防寒用の毛布2枚。

 そこに乙女2人(自称乙女含む)。

 荷台の中にもクッション代わりに大量の布団があり、そこに男性陣2人が乗り込む。


「それじゃ、村に向かって走るから、厠したくなったら声かけてね。

街を出るまではゆっくり、街を出たら馬車が壊れない程度に飛ばすから」


 街を出たとたんにスピードを上げる圭

 御者台の上ではリーゼとササキが悲鳴を上げながら抱き合っていた。


 その悲鳴をBGMに、荷台の中のサトウとヨシダは「何を怖がってんだあいつら」とこぼす。

 外の景色が見えないというのは、幸せなことである。


 途中何度かの厠休憩を挟み、村に辿り着いた時にはすっかり夜中だった。

 どの家も明かりは消え、住民はみな夢の中の時間である。

 いわゆる丑三つ時。


 ここで全員が相談する。


「そういえば寝る場所考えてなかったな、どうしようか」


「あー、空いてる家ないもんね、とりあえずブルーレットの家に全員は無理だよね」


「だな、ベッドひとつしかないし」


「とりあえずの寝床だったら俺は馬車の荷台でいいぞ、布団まみれだしな」


「俺もそこでかまわない」


 サトウとヨシダは荷台でいいと言ってきた。


「すまない、それじゃ2人は今晩だけそこにしてくれ。

あと俺は、別にベッドじゃなくても寝れるしな、広場のベンチで寝るよ。

だから俺の家はササキさんが使ってくれ」


「え! いやさすがにそれはないよ、ブルーレットさんにベンチで寝ろとか」


 人間が屋根付きの場所で寝て、魔族をベンチで寝かす。

 そんなことはさせられないと、サトウが止めに入るが。


「俺魔族だから寒いとかないし、実際何回かベンチで寝たよ。

大丈夫だって、魔族は頑丈だから」


「ていうか、ブルーレットはウチにくればいいんじゃないの?

兄の使ってたベッドがそのまま空いてるし」


「いや、でも年頃の女の子の家に男が入り込むのは……」


「人のパンツ被っておいて、今更なに言ってんの!

とにかくブルーレットは今日からウチで寝る、決定!」


「まあ、リーゼがいいならそれでいいけど。

あとになって『魔族が隣で寝てる件について、安価で凸』とかスレ立てないでよ」


「スレ? なにそれ」


「い、いや、なんでもない、忘れてくれ」


「それじゃササキさんは俺の家、サトウさんとヨシダさんは馬車ってことで」


 ササキを圭の家に案内し、馬車は徴税官の目に入ると面倒になるかもしれないから、小川に近い木の陰に隠す。

 3人には徴税官が帰るまで出てこないでくれと、一応釘も刺しておいた。


 そして圭とリーゼは、リーゼの家へと入った。


 火魔法で部屋に灯りが灯る、火を蝋燭に移し部屋全体が蝋燭に照らされる。


「ここがリーゼの家か、普通にきれいだな」


「とりあえず、おかえりにただいまだよ、ブルーレット」


「ああ、ただいま」


「うん、ただいまー」


 いつになく上機嫌のリーゼ、思えばずっと兄と2人暮らしだったはずのリーゼ。

 それが狼の一件以来、急に1人暮らしになったのだ。

 15歳とはいえ、寂しさもあっただろう。

 誰かと暮らすというのも、本人にとっては良いことなのかもしれない。


 でも同居人が魔族って、泣き叫ぶ案件じゃないのか?

 まあ、いいか、本人は怯えてないし。


 玄関を入ってすぐは、右手に台所、部屋中央には食卓テーブルに椅子2脚。

 食器棚やそのた収納が壁際に配置、手狭なダイニングキッチンといった間取り。

 そして玄関からみて左奥には、ドアのない隣の部屋への入り口。


「こっちが寝室だよ」


 リーゼに案内されて入った部屋は、両サイドにベッドが配置された6畳くらいの寝室。

 左右奥と3方向の壁には窓があり今は閉まっている。

 当然ガラス窓などはこの村にはなく、木の扉を開けるタイプの窓だ。


「左が私のベッドだから、右を使ってね」


「ああ、わかった、使わせてもらうよ」


 入ってみて改めて思ったのが、この村の家は全て、床板がなく、むき出しの土なのだ。

 畳やフローリングの暮らしに慣れた圭にとっては、いまだに馴染めないスタイルだ。


 いつか上がり框(かまち)のある、土禁の生活をしてみたいものだ。


「えっと、今日のぶん、渡しておくね」


「いつもすまないねぇ、俺がこんなばっかりに」


「それは言わない約束ですよ、おじいさん」


「ははははは、このネタは全世界共通なんだな」


「ブルーレットって時々変な会話したがるよね、私も嫌いじゃないから乗っかるけど」


「まあ、変態魔族だから仕方ないんだ、他の魔族はきっとこんなんじゃないと思う」


 そう言うと、リーゼを着替えさせるために、寝室から出た圭。

 自分も被っていたシーツを取り、頭に被っていたパンツを収納する。


「おまたせ、着替えたよ」


 寝室から顔を覗かせるリーゼ。


「はい、今日のパンツ」


「ああ、ありがと」


 ぬぎたてホヤホヤ、これを貰うのも何枚目か、ここ数日で気付いたのだが。

 パンツを貰い始めた2日目以降、パステルカラーが好みだと言った圭の言葉を受けてか。

 リーゼはパステルカラーのパンツしか履いていないのだ。

 ピンク、水色、ライトグリーン、ライトイエロー、その他薄い系の色。

 

 分かっている、この子、分かってる!

 女の子は可愛い系の色がベストなのだ!

 そう、それは男のロマン、パンツという小宇宙に秘められた(長いので以下略)。


 ちなみに今日は薄い紫だった。


「もう夜中だし、寝よっか」


 ラフな寝巻き姿に着替えたリーゼがテーブルの蝋燭を消し、寝室の蝋燭も消す。

 真っ暗な中2人はそれぞれのベッドに潜り込む。


「おやすみ、ブルーレット」


「ああ、おやすみ、リーゼ」



 翌朝村長がリーゼと圭を探しに来るまでの間、2人はしばしの短いい眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る