第26話 3人のチンピラ


 路地を抜けると、民家に囲まれた空き地がそこにはあった。

 雑踏の喧騒が聞こえない、人の影もない場所。


 どうみてもチンピラかゴロツキの風体をした男2人。

 そのうちの1人がリーゼを後ろから拘束していた。

 顔の肉付きは若干ふくよかで、ボザボザの髪に酒焼けした赤い鼻。

 ニヒヒと笑う口元に、はだらしなく前歯の欠けた不揃いの歯が覗いている。


 もう1人の男はリーゼの首元にナイフを突きつけていた。

 リーゼを拘束している男に比べて細身ではあるもの、程よく付いた筋肉としなやかに振るうことのできる細い腕。

 スキンヘッドを含めたシャープな体のラインは、そのまんま『俊敏なナイフ使い』を彷彿させるようだ。

 ゴロツキなのか殺し屋なのかわからない、そんな感じだ。


 後ろの男にナイフをつき付けられたままの圭が、その男2人を見て口を開く。


「先生! この中の空気の読めない子が1人いまーす!」


「は? いきなり何言い出すんだコイツ」


「おいリーゼ、なんでそんなにワクワクした顔してんだよ。

ちょっとは怖がってやれよ。

もっとこうなんか普通のリアクションできねーのかよっ!

怖がって悲鳴上げたりとか、助けてー! とかさ」


「キャー。タスケテー(笑顔)」


「台詞棒読みで言ってんじゃねーよ!

襲ってきた人に失礼だろうが!

お前には様式美ってもんがないのか!」


「おい、お前らなにいきなり喧嘩始めてんだ!

立場わかってんのか? ナメてっとぶっ殺すぞ!」


「そうよ、言う通りにしないと……!?

アニキー! この娘ちょっと変よ。

なんか笑い堪えてる微妙な顔してるんですけど、鼻息荒いしなんかコワーイ」


 スキンヘッドのナイフ男は、ダミ声だった。

 しかもよく見たらナイフを持つ手の小指が立っていた。


 ああ~、ソッチ系のお方でしたか、もうなんでも有りだな。


 今のナイフ使いの発言からすると、どうやら圭の後ろにいる男が、リーダー格の『アニキ』さんらしい。


「あ、ホントだ、鼻息荒いぞリーゼ、もうちょと自重しろよ。

ワクワクした目でコッチを見るな。

てゆーか、もいっかい言うぞ、怖がれよ」


「いや、だってブルーレットさん、状況わかってます?」


「わかってるかと問いたいのはコッチのほうだ!」


「だってコレはもうアレですよねアレ!

ブルーレットさんが暴漢をボコボコに倒して、か弱い女の子を助けるっ!

胸ズッキューンのドキドキイベントですよ!?

女の子なら誰でも一度はあこがれるシチュエーションなんですよ!

それが今! こうして! 現実に! 起こってるんですよ!

わかってるんですか? てゆーかわかれよ! 乙女ナメンナ!」


「お、おう、わかるけど本音ダダ漏れで、イベント感ブチ壊しですよリーゼさん」


「とにかく、一生に一度あるかないかの乙女イベントなんですよっ!

わかったらもっと空気読んでくださいよ!」


「いや、だから空気読むのはお前だ」


「わかるっ! わかるわ!」


「「「え?」」」


 オカマとリーゼ以外の3人の声が重なる。


「ワタシも暴漢に襲われて、ピンチになったところをイケメンに助けられてみたいわ!

そこから始まるラヴ! ステキよねぇ~」


 うっとりしながら体をクネクネさせる、ナイフ使いのオカマさん。

 それを見ていた圭が「暴漢のお前が言うなよ」ってツコッミたかったが。

 話がややこしくなる気がしたから、口には出さなかった。


「でもね、お嬢ちゃん、残念だけどコッチもお仕事でお遊びじゃないのよ。

悪いけどそんなドラマチックな展開にはならないから諦めてね」


「おいお前ら、さっきから俺をシカトこきやがって!

いい加減にしねーとマジでぶっ殺すぞ!」


「ああー、すいません、なんかホントにすいません。

あの子、田舎から街に出てきたテンションでちょっと今おかしいんです。

普段はこんなことないんで、ホント空気読めなくてすいません」


「おう、わかればいいんだよ、わかればな」


「それで、いきなり物騒な得物ひっさげて、一体何の御用ですか?

田舎者2人襲ったところで、何の得にもならないでしょう」


「得になるかどうかは、お前らが持ってる金貨次第だな」


「あー、なるほど、そういうことですか。

非常にわかりやすいお話ですね」


 こいつは今『お金』ではなく『金貨』と言った、どう見ても金貨なんか持っていそうにない2人にだ。

 

「今持ってる金貨は35枚だ、そいつで見逃してもらえないか?」


「おい、ニイチャン、嘘言っちゃいけねーな、もうあと5枚持ってるだろ?

俺には金の匂いがわかるんだよ」


 はい言質いただきました、黒幕確定です。

 知るはずのない金貨40枚の情報をコイツは知っている、つまりはそういうことだ。


「ずいぶんとお粗末だな、黒幕の正体を吐いたようなもんじゃねーか」


「吐いたところで何も問題ないさ、どーせお前らはここで死ぬんだからな」


「つまりはこういうことか。

お前らはドレイク・コンプトンの依頼で、金貨40枚を奪い返してこいと言われ。

口封じ込みでその報酬として幾らかもらうと、そういう事だな?」


「ああ、そうだよ。

だが知ったところでどうにもなんねーぜ。

もうひとつ教えてやるよ。

お前らの命の値段、幾らだと思う?

たった金貨3枚だぜ!

ずいぶん安い命だな、ははははは」


「何から何まで説明どーも。

はあ、どうしようかな、ホントに困ったよ」


 こんなチンピラ倒すのに、リーゼ様から頂いた貴重なパンツを使うのは勿体無い。

 かといってこんな街中で魔族の姿を見せるのも、ためらわれる。


 動きにくいがシーツ被ったままでいけるか?

 やってみようか、なんとかなるだろう。


「オクダ・パンツ・カンパニー代表取締役、ブルーレット奥田圭、参る!」


 刹那、一足飛びでオカマの体を吹き飛ばし、2撃目でリーゼを拘束していた男のわき腹に。

 3撃目でアニキさんの鳩尾に。


 魔族の脚力はやはり凄いな、改めて思う圭だった。


「ぐっ」


 三者三様のくぐもった声で同時に地に崩れ落ちる。

 気絶するほどの攻撃はしていない、痛みでしばらく動けない程度だ。


 シーツの下に隠し持っていた、例の椅子に使ういつものロープ。

 それを適当な長さにちぎり、リーゼに渡す。

 まずは戦闘力の高そうなオカマからうつぶせに転がし。

 その頭を圭が踏みつける、無抵抗になった両腕を背中の後ろでリーゼが縛る。

 両足首も拘束。


 同じように残りの2人も拘束する。


 身動きの取れなくなった3人を、足蹴に転がし、一箇所に集める。


「さて、お仕事ご苦労さまでした。

残念なお知らせですが、お仕事は失敗いたしましたので、金貨3枚はもらえません。

ではインタビューしてみようと思います。

今の率直な感想をお聞かせください、まずはアニキさん!」


「てめぇ、このやろう、ふざけやがって! ぶっ殺す!」


「コメントありがとうございます、お芋、食べたいとのことでした」


「そんなこと言ってねーよ!」


「次はオカマさんです、率直な感想どうぞ!」


「お芋、食べたい。これでいいかしら?」


「はい、コメントありがとうございます、来年こそは優勝したいそうです」


「だからそんなこと言ってないわよっ!」


「最後に、えーと特徴のないおじさん」


「俺の名前はミゲルだっ!」


「ではミゲルさん、感想をどうぞ」


「なあ、このやりとり、なんか意味あんの?」


「はい、コメントありがとうございました、シゲルさんの健康の秘訣は毎日牛乳だそうです」


「シゲルじゃねーよ、ミゲルだクソがっ!」


 適当に3人をひやかして、ちょっとスッキリした圭。

 その隣ではリーゼが口元を必死に押さえて、笑いをこらえていた。



「さてと、冗談はこのぐらいにしておこうか。

とりあえずお前らを暴漢として街の官憲に引き渡す」


「官憲に引き渡すだと? 何もわかってねえな、そんな事しても無駄だぜ」


「無駄ってのどういう事だ?」


「官憲てのは領主様の言いなりだ、そして罪人を裁くのは領主様の仕事だ。

コンプトンの旦那は領主様と懇意にしてる、つまりはそういうことだ」


「はぁ~、つまりは領主と商会はツーツーで腐った関係ってことか。

こりゃ親切な解説どーも」


「官憲に突き出したところで、俺達は無罪放免なんだよ、相手が悪かったなニイチャン」


「なるほど、それじゃ今ここで殺すしかないな」


「くっ……ここまでか。

はぁ~、腹くくったよ。殺すなら殺せ」


「なんか、悪人らしくないな、命乞いするもんだと思ったけど」


「馬鹿にすんな、人を殺していいのは、殺される覚悟があるやつだけだ。

俺達はそうやって生きてきた、命乞いする奴を何人も殺してな。

そんな俺達が命乞いをして、助かると思うほど世の中甘くねーんだよ。

弱けりゃ死ぬ、ただそれだけだ。

この世界に足を突っ込んだ時点で、覚悟は出来てんだよ」


「なるほど、潔いな、殺すには惜しいよ」


「仮に、今助かったとしてもだ。

金貨40枚を奪う簡単な仕事をこなせなかった。

しかも田舎者2人相手に返り討ちにあった。

そんな失態犯したら、商会からは手を切られるし、この先シノギの仕事なんか来やしねー。

どのみち俺達は終わりなんだよ」


「ならその命、俺が買おう」


「買うだと!?」


「心を入れ替えて、悪事から足を洗うと誓うのなら。

新しい人生を用意してやる。

住む場所と食事に困らない生活だ。

仕える主は俺の友人だ。

街の生活に比べたら、娯楽もないつまらない生活かもしれないけどな」


「ブルーレットさん、もしかしてその人達をまさか」


「そのまさかだ」


「あああ~、お人好しすぎるでしょ!」


「お人好しで結構、でもね、救われる人が多いほうが、世の中楽しいと思わないか?」


「まあ、村長がいいって言うなら私は反対しないけど」


「というわけで、どうだ? ここで一度死んだことにして。

新しい生活してみないか?」


「言っとくが俺達は人殺しを平気でする人間だぞ。

それを簡単に信用していいのか?

金のためなら平気で裏切るかもしんねーんだぞ」


「それなら大丈夫、俺の姿を見たら、裏切るとかそんな気起きなくなるから」


「だね、それは私も保証する」


「どうする?」


「わかったよ、俺の命、お前にくれてやる、好きにしろ」


「アニキがそう言うならワタシもそうするわ」


「俺も同じだ、負けた時点で俺の命はアンタの物だ、好きにしてくれ」


「それじゃ3人ともオッケーってことでいいね」


「もうなんだろ、この変態王は、悪人改心させるとか変態すぎるよ」


 こうして街中の襲撃事件は幕を閉じ、村に男手が3人迎えられることになった。

 いや、男2人に、自称乙女1人か……。

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