第25話 コンプトン商会


 フィッツ・フォン・ノイマン子爵が治めるノイマン領。

 本来、子爵とういう爵位は、貴族階級の中でも低いほうに位置付けされ。

 子爵の地位で領地を持つ、という人間はわりと少ない。

 このノイマン領には、取り立てて発展性のある産業とかもなく。

 昔ながらの農業や畜産しか主立った産業しかないのだ。

 他の領地に比べてもそんなに大きくもない。

 おまけに王都から見れば国の南端に位置し、言い換えれば田舎なのだ。

 正直なところ子爵位でもなければ、誰も領主になりたがらない、そんな土地柄だったりする。


 それでも領地で唯一の街であるジェラルドは、田舎街ではあるものの。

 人口20000人と、それなりに住民を抱えている。

 市場、宿、教会、酒場、商会、その他小売店、などなど。

 そこそこのラインナップで、旅人や行商人も普通に行き来する街でもある。


 その街にたった今、リーゼ様とその従者が辿り着いた。


 人が行き交う街の中で、椅子ごと降ろされたリーゼ。

 その頭は横にガクンと倒れ、目はグルグルマークだった。


「ああ~、リーゼは目を回すタイプだったのか」


 手を外に出すと他人に見られるかもしれないから、圭は被った布越しに器用に椅子のロープを解いた。

 そしてこれまた布越しにリーゼのほっぺたをぺちぺち叩く。


 はたから見たら、それはシーツお化けだった。


「リーゼ様、街につきましたぞ」


「はうっ! あれ? 私……」


「リーゼ様、ヨダレが垂れていてございますぞ」


「うそ! やだっ」


「うそでございます」


「え?」


 口元を袖で拭おうしたリーゼの動きが止まる。


「ククククッ」


「笑ったなー! ブルーレット! あとでオシオキね。

私が履いたパンツと、ヘンリーお婆ちゃん(94歳・村最長齢)が履いたパンツ。

シャッフルして渡すから」


「ぐぉっ! そ、それだけはご勘弁を! お慈悲を、どうかお慈悲を!」


 シーツお化けが街の往来で土下座していた。


「頭に被るなら10代のパンツがいいです!」


 もう本音ダダ漏れである。


「はぁ~、この変態王に村の運命がかかってるとか、どうなんだろね」


 リーゼが言うのも尤もだ、10代のパンツを所望する自称パンツ伝道師。

 この魔族、大丈夫なのだろうか。

 のっけから緊張感のないこの2人、この人選が吉と出るか凶と出るのか。



 お約束的なコントをこなした圭とリーゼは、リーゼの案内でコンプトン商会の前に辿り着いた。


「とりあえず、交渉的な話は俺がするから、リーゼは俺に話しを合わせてくれ」


「うう~なんか緊張するね、こんな大きい商会に入るの初めてだよ」


 リーゼが見上げる商会の建物は、村では見たことの無い立派なものだった。

 商会のメイン出入り口の両脇には、立派な装飾剣や槍などの武器から、高そうな絨毯やら壷やら。

 そんな商品が軒下に陳列されており、入り口を入ると、これまた高そうな調度品の数々。

 外から見た本館の建物は3階建てで、1階部分がまるごと店舗になっている。

 

 その本館の右隣にくっつくように、屋根だけの荷積み荷卸し棟。

 ここは馬車の荷台ごと入れるようになっている。

 そして逆の左隣には大きな倉庫。

 南京錠で厳重に閉められる造りの、重厚な扉がついた倉庫だった。



 圭を先頭にしてリーゼが続いて中に入る。


 大きな風呂敷を持っている圭に、店員らしき若い男が話しかけてきた。

 いかにも店の小間使いといった感じの店員だ。


「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」


「この商会の会頭は今店にいるかい?」


「コンプトンさんですか? いますけどどのようなご用件でしょうか」


「売りたい物がある、狼の毛皮だ、査定してもらいたい」


「わかりました、お呼びしてきますので、そこのテーブルでお待ちください」


 案内されたのは売り場の脇にある商談スペースのような、テーブルが2つあるスペース。

 そのテーブルに風呂敷を置き、椅子に座って待つ圭とリーゼ。


 ほどなくして商会の会頭であるドレイク・コンプトンが現れた。

 恰幅のいい体格に出っ張った腹部。

 貴族が好みそうな貴金属に高そうな服に身を包んだ、いかにも金持ち商人、と言わんばかりの出で立ちだった。


「ようこそ我がコンプトン商会へ、私が会頭のドレイク・コンプトンです」


 ボロ布をまとった圭、田舎娘丸出しのリーゼ。

 見るからにお金にならなそうな客であろうと、丁寧にもてなすのが一流の商人の基本だ。

 見た目で判断すると大金を逃すこともある、これは商人の鉄則だ。

 それが出来ない商人は二流だとコンプトンは常に思っている。


「なんでもお売りしたい毛皮があるとか、お見せいただけますかな?」


「この大風呂敷に入ってるんだが、このテーブルに広げるには大きすぎる。

もっと広い場所はないか?」


「ええ、それでしたら荷卸し棟のほうに行きましょうか」


「案内してくれ」


 店の奥から建物右手に繋がってる荷卸し棟。

 屋根下の半分は土むき出しの馬車が横付けできるスペース。

 さらに半分は50センチほどの高さがある木板の床。

 馬車の荷台から段差なく荷の乗せ卸しができるようになっていた。


「ここなら大丈夫でしょう、早速毛皮を見ましょうか」


 綺麗に掃除された木の高床にリーゼが風呂敷の中身を広げていく。

 広げると畳3枚ぐらいの大きな毛皮。


「こいつなんだが、幾らの値がつく?」


「そうですね、ちょっと見させてもらいましょう」


 ドレイクは毛皮に触れ、毛並みの質、匂い、裏地の皮のなめし具合、見れるところを丁寧に調べていく。


「ほうほう、これはなかなかですね。

切り傷や刺し傷の痕が全く無い、こんなのは初めて見ましたよ」


 ドレイクは確認作業を終え、「ふーむ」とあごに手を当てて考えるポーズを取る。

 やや芝居がかった仕草にじっと待つ圭。


「お待たせしました。金貨2枚と銀貨10枚でどうでしょうか」


「おお、その値段で買い取ってもらえると?」


「はい、状態の良い狼の毛皮なら金貨2枚が相場ですが、お客様とは初めての取引なので。

今後の取引のために色をお付けして銀貨10枚です」


「この狼の毛皮が金貨3枚にもならない、本気でそう思っているのかい」


「むっ、それはどういう事でしょうか?」


「いやーすまないすまない、こんな田舎の商会じゃ、高額でも金貨2枚程度の取引しか出来ないってことだよな。

ほんと、無理言ってすまなかった。

やっぱりコイツは売るんじゃなくて、王都に持っていって国王様に献上でもしたほうが良さそうだ。

なあ、そう思うだろリーゼ」


「そうですね、せっかくの一角狼の毛皮です、しかもこれだけ状態の良い毛皮ですからね。

国王様に献上したほうが、はるかに利益になりますよ、どれだけ褒章がもらえるか」


「ということだ、悪いな、時間取らせてすまなかった」


「ま! まって下さいお客様!」


「ん、どうした? 結論は出たと思うが」


「またまたご冗談を」


「冗談で済まない値段を付けたのはソッチだと思うけど」


「いえいえ、これはなんといいますか、商人なら誰でも行う挨拶みたいなものなんです。

低めの値段を言ってから、売買の値段交渉を行う、それが高価な物を売り買いする時の定石といいますか。

そのやりとりで、お互いが損のないように合意できるまで話し合う、というのが商人の楽しみなんです」


「物は言いようだな、俺がさっきの値段で売るって言ったら、あんた適正価格で買い取ったりしなかったろ」


「いえ、決してそのようなことは!」


「それが証拠に俺が『狼の毛皮』と言っていたものが。

『一角狼の毛皮』だって気付いてたのに、そう口にしなかった。

騙す気満々だったんだろーが」


「それもきちんとお話するつもりでいましたよ」


「ならアンタが提示する適正価格って幾らだい?

これは一角狼の毛皮だ、それも傷ひとつ無い極上の状態の物だ。

この国に2枚とない、希少品ってことだ。

国王様に献上しても恥ずかしくない逸品とも言える。

どれだけ金貨を出しても買いたいって物好きがたくさんいるんだ。

わかるよな?」


「ええ、それはもちろん、わかりますとも。

私も商会を営む商人です、この毛皮の価値はちゃんとわかります」


「俺はまどろっこしいやり取りは嫌いでね。

チャンスは1回だ。

俺が納得のいく金額を提示できたら売ってやる。

納得できなかったらこいつは王都に持っていく、いいな?」


 これは参った、今まで商人としてこんな交渉したことない。

 相手は1枚も2枚も上手だ。

 値段を言い合って落としどころを見つける方法ではない。

 腹を探るやり取りもない。


 市場に出回ったことすらない完全品の毛皮に、納得のいく値段を付けろと言うのだ。

 値段を提示するのは相手ではなく自分。


 これで失敗したら、商人としていい笑いものだ。

 絶対に逃してはいけない商品を逃すなど、あってはならない。


 ドレイクは内心冷や汗をかきながら頭をフル回転させていた。

 だがこれでも街1番の商会の会頭である、あせりは絶対に顔に出さなかった。


「あと、もうひとつ、今現金で払える金額だ。分割や後払いは無しだ」


「ええ、その条件で大丈夫です」


「さあ、決めてくれ、幾ら出せる?」


「金貨……40枚でどうでしょうか」


「40枚か、合格だ。あんた良い買い物したな」


「ありがとうございます」


「これで契約成立だな」


「それではしばしお待ちを、金貨を持ってきますので」


 店の奥から2階に上がっていったドレイク。


「すごいですね! 金貨40枚って!」


「ああ、あのタヌキ、悪どい顔しても出す時はちゃんと出すんだな」


「40枚なら13年分の税払えますよ!」


「そんなに一気に払わなくてもいいだろ」


「まあ、そうですけどね、あはははは。

でもやっぱりブルーレットさんは凄いですね。

私じゃ商人相手にあんな交渉できないですよ。

多分、村長でも無理じゃないかな」


「伊達に変態王を名乗ってないだろ?」


「そうですね、ヘンリーお婆ちゃんのパンツは無しにしてあげます」


「ははっ、ありがたき幸せ!」


 リーゼとそんなやりとりをしていたら、店の奥からドレイクがお盆に小袋を乗せて戻ってきた。


「お待たせしました、こちらが金貨40枚になります、お確かめください」


「ああ、数えさせてもらうよ」


 お盆の上に載った白い巾着袋を開け、中身を確認する圭。手が使いにくいので数えるのはリーゼ。


「確かに、40枚だな」


「また、なにかございましたら、当商会へお越しください、これからもご贔屓に」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 挨拶もそこそこに商会を出る圭とリーゼ。



 浮かれっぱなしのリーゼはもちろんだが。

 布を頭まで被った圭は、視界が足元と少し前くらいなので気付いていなかったが。

 商会を出てから3人組みの男につけられていた。

 


 二人が細い路地を横切ろうとするところで、後ろから走ってきた2人組みにリーゼが押さえ込まれ、路地へとひきずりこまれる。

 

「おっと兄ちゃん動くなよ」


 残ったもう一人は周りから見えないように上手く手元を隠し、圭の背後からナイフをつき付けた。


「連れの女を殺されたくなかったら、おとなしくそこの路地に入りな」



 無事におうちに帰るまでが遠足です。


 圭の脳裏にそんな言葉が浮かんだが。

 どうやら村に帰る前に面倒事に巻き込まれたようである。


 ナイフを突きつけた男に促され、圭は路地へと入っていった。

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